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主役は言葉と音楽

 1970年代は、ジャマイカ国内のふたつの政党が激しく争っていた時代だ。与党だった人民国家党(PNP)が当時は社会主義寄りだったため、キューバ問題で頭を抱えていたアメリカがこっそり介入したり、ジャマイカ労働党(JLP)が手段を選ばずに影響力を伸ばそうとしたり。どちらもギャングを雇い、銃が蔓延っていた。ボブがPNPのマイケル・マンリーに近いと目され、自宅まで押し入った暴漢に銃撃されたのは史実である。キングストンのホープ・ロード56番地にあるこの自宅は現在、ボブ・マーリー博物館となっている。筆者は、観光客に人気の高い館内ツアーで、「こちらが、銃撃事件のときの弾痕です」とガイドの人に涼しい顔で説明されて驚いたことがある。ちなみに、リタ・マーリーがレコードを運ぶために乗っていた自転車も飾られている。

 映画ではロンドンで新しいサウンドを模索しつつ、父親不在だった生い立ちや盟友でもあったリタとの葛藤、独立して間もない国の文化を紹介する難しさなど、彼の人生の重要なポイントを押さえる。それらの出来事とボブ・マーリーの歌詞が重なり、歌詞の深さとすばらしさがより際立つ構成だ。ボブは汎アフリカ主義に賛同し、世界中に散らばる同じ肌の色の同胞を励ます曲を書き続けた。それらが人間の基本的な権利に触れているため、遠く日本にいる私たちにも、距離や時代を超えて響く。

 また、ボブは恋多き男でもあった。ジャマイカは西アフリカ由来の母系社会と、キリスト教的な一夫一妻が混ざり合った社会であったため、複数の女性との間に子どもを作ることは、特に珍しくはない。思想に基づいたレベル・ミュージックと、ストレートなラヴソングの両方を作れたからこそ、ボブは天才なのだ。