
60年代マイルス・クインテットとの向き合い方
――“Footprints”(ウェイン・ショーター作)も、たいていのミュージシャンが取り上げるであろう、あの有名なイントロは出てこない。とことん自然発生的な二重奏だと感じました。
山口「ライブでは何度も演奏してきた曲ですが、こういうアプローチで取り組んだのは初めてかもしれません。やはり普段は決まったテンポに沿って演奏することが多いので」
――山口さんの問いかけに、片倉さんが即座に対応しているかのようです。
片倉「なにしろカルテットとは全然感じが違いますからね。ベースやドラムがいない分、ピアニストが雰囲気を作る場面も多くなるし。どういうふうに演奏すれば調和するかと……」
――“Circle”(マイルス・デイヴィス作)はメロディが覚えづらい曲だと思っていましたが、山口さんの演奏を聴いて、〈こういう曲だったのか〉とようやくわかりました。
山口「ちょっと変わった曲ですよね。明確なメロディがあるのは最初の16小節ぐらいで、その先はコード進行しかありません。それなのに、マイルスもショーターもまるでテーマメロディのように吹くんですよね」
――ところで、山口さんは60年代マイルス・クインテットの『Sorcerer』や『Nefertiti』等は、リアルタイムでお聴きになっていましたか?
山口「いや、そうでもないんです。それらが出たのは大学の頃で、すでにジャズを演っていたから知ってはいたんですが、先ほども言ったように、当時の好みはチャーリー・マリアーノでしたからね。1969年に大学を卒業し、その後本格的に音楽の道に進むようになって好きになり、やがて繰り返し聴くようになりました」
――そのうち、自分でもこの中の曲を独自に演奏したいと思うようになったのですね。
山口「そうです。もちろんとても難しい課題だし、今もって満足な演奏が出来ているとは思いませんが……」
――いっぽう片倉さんは、この辺のアルバムにすっかり歴史的な評価が下された後の世代です。
片倉「大学では50年代を含めたマイルス・クインテットは〈聴いて当たり前〉の存在でした。リズムセクションがレッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズだった50年代マイルス・クインテットを〈これが基本だ、このリズムセクションのあり方を学べ〉と叩き込まれましたし、もちろんハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスに代わった60年代のリズムセクションも同じように重要だと」

テナーでもソプラノでも〈真文さんの音〉が聴こえてくる
――『Next Standards』では、“Chan’s Song”というハービー・ハンコックが80年代に発表した、ちょっとポップな曲も選ばれています。とても軽快なリズムにアレンジされていて、ピアノの響きがちょっとギターのように聴こえてきます。
片倉「〈こういうリズムで演奏したい〉という真文さんのアイデアであんな感じになりました」
山口「カルテットのライブで演奏を重ねているうちに、このルンバみたいな感じが良さそうだと思うようになって」
――ピアノが同じ音を繰り返し演奏する、“Prince of Darkness”(ウェイン・ショーター作)の出だしも新鮮ですね。
片倉「それも真文さんのアイデアです。イントロはピアノの単音だけでいこうと」
山口「デュオなので、アルバムを通して聴いたときに単調に聞こえないように、曲ごとに特徴をつけたいと思って」
――山口さんは曲によってテナーとソプラノを使い分けていますが、その基準は何でしょうか?
山口「〈どちらの楽器で吹くと、より自分の耳に美しく響くか〉ということで選んでいます。もっとも、例えば今回“Prince of Darkness”をテナーで演奏していますし、ライブでもほとんどテナーを吹くんですが、たまにソプラノでやることもあって、必ずしもどちらかに確定しているわけでもないんです」
――片倉さんはピアニストとして、テナーとソプラノの違いについてはいかがですか?
片倉「楽器の違いはそれほど意識しません。どちらからも〈真文さんの音〉が聴こえてきますから」