はちみつぱいのベーシストが振り返る香ばしくてほろ苦い青春放浪記
それはどこか“土手の向こうに”や“月夜のドライブ”のベースラインにも似て。ポップ・カルチャー、ヒッピー、アングラなどカウンター・カルチャーのうねりが押し寄せるなか、賑やかなで刺激的な空気を存分に吸収しつつ、独特なリズムを刻みながら小気味良く駆け抜けていく様子から得られる飄々としていながらしっかりとした芯のようなもの。それを発見するにつけ、あゝこれはたしかに和田さんの青春記なんだなぁとつくづく思う。

はちみつぱいのベーシストであり、〈ムーヴィン〉&〈和田珈琲店〉のオーナー、著名アーティストのマネージャー、数々の名アルバムを手がけた音楽プロデューサー、そしてオーディオ評論家と、これまでさまざまな実績を積み重ねてきた和田博巳が、ロック喫茶の嚆矢となった〈ムーヴィン〉の頃、そして彼のキャリアにおいてもっとも魅惑的な光沢を帯びたはちみつぱい活動期を振り返った回想録だ。大学浪人のために上京し、ジャズと映画に開眼、新宿DIGの従業員を経験(写真)したのち、高円寺に自身の店を開き、ひょんなことからミュージシャンの道に入り、意中のロック・バンドに加わることとなって、歴史的な名盤を生み出す。そういった変遷は必然的とも言える偶然の連続によって成り立っているのだが、ユニークな人たちをいろいろと巻き込みつつ巧みにルートをチョイスしながらメロディアスな人生を奏でていく、元来そういったセンスに長けた人間であることを本書は実に楽しく(ときにほろ苦さを添えて)教えてくれる。
日本のロック史に精通している読者ならば、渡米計画を目論んでいた山口富士夫から赤のギブソンES335を買い取った出来事や、DNAのイクエ・モリが高校時代にムーヴィンの常連客だったという話など、随所に散りばめられた香ばしいエピソードにいちいち反応してしまうだろう。なかでも興味深いのは、名盤『センチメンタル通り』の制作風景を振り返った章。レコーディング時のリアルな空気感をスタジオに配備されていた機器に触れながら詳述していく文章はまさに面目躍如たるものがある。
東京のジャズ喫茶、ロック喫茶の歴史に関心を寄せる人にとってもたまらなく魅力的な一冊だと思う。