©Tomoya Takeshita

仲道郁代と井上道義、そして演奏者全員が〈特別の時間〉を愛しむ唯一無二のモーツァルト

 2024年末に引退した指揮者、井上道義がピアニスト仲道郁代たっての希望にこたえ、モーツァルト“ピアノ協奏曲第20番 & 23番”の2曲を最後の演奏会2週間前のセッション録音で残していた! 井上のデビュー盤は1971年にミラノ・スカラ座主催のグィード・カンテッリ国際指揮者コンクールに優勝した直後、ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団と録音したモーツァルトの交響曲3曲(第29、35、40番)だった。ショスタコーヴィチやマーラーでの名演がとりわけ記憶に残るマエストロだが、盤歴はモーツァルトに始まりモーツァルトで終わったことになる。

仲道郁代 『ザ・ラスト・モーツァルト』 RCA Red Seal(2025)

 仲道は若い頃からモーツァルトの協奏曲を国内外で独奏してきたが、正規録音に臨んだのは今回が初めて。

 「2023年にオーケストラ・アンサンブル金沢と第20番、群馬交響楽団と第23番を井上さんの指揮で弾き、群響東京公演(2023年10月29日、すみだトリフォニーホール)が〈最後だ〉と思ったら、本当に悲しくなったのです。思わずマエストロに〈録音とか何かもう1回、できないかしら?〉と話すと、〈いいよ、やろう!〉と快諾され、ソニーミュージックが実現に向けて動き、〈奇跡のパズル〉が完成しました」

 井上の2024年は多忙を極めたが、11月末にかつてシェフを務めた楽団全てと〈最後の共演〉を済ませた後は12月30日の引退公演まで少しだけ、空き時間を設けていた。12月16 & 17日の第一生命ホールにはコンサートマスターの長原幸太はじめ38人の奏者が〈アンサンブル・アミデオ〉の名の下に集まり、井上の希望によって全員が白い服装でセッションを重ねた。

 「これまでのどの録音とも異なる、とても特別な雰囲気の中で全員がマエストロとの〈最後の演奏〉をかみしめ、瞬間瞬間をいとおしみながら奏でる喜びを共有しました」

使用したピアノはヤマハのCFX。

 「モーツァルトの音は1つのパッセージの中に喜びや悲しみ、さらに言えば死の感触など様々な世界観が浮かんでは消える玉虫色の球体です。CFXはそうした〈成分〉をもれなく含有、ポンと打鍵した瞬間にも底がなく、球体としての音が自在に宙を舞います。モーツァルトに、とても合っている楽器です」

 全員が気持ちを1つにして、しみじみと奏でるコンチェルト。

 「人生の中には必ず〈終わり〉というものがある、と痛いほど感じながら弾いていました」