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エンジニアの口コミで広まった佐橋の評判

能地「そんな佐橋さんは腕もいいし、アイデアも持っているし、おまけに人柄もいい。なので、当時の最前線にいたエンジニアの方々が〈佐橋、いいよ。使ってみたら?〉って口コミを伝えてくれたんですよね。実は、80~90年代のJ-POPにおいてそのエンジニアのネットワークってすごく大事だったんですが、意外と語られていないんですよね」

佐橋「そうですね。どなたかそういう本を書けばいいのに……」

能地「だから出したんじゃないか(笑)!」

佐橋「あっ、ここにあったね(笑)!」

会場「(拍手)」

佐橋「エンジニアが重要になったのは、たぶん70年代の終わりぐらいからなんですよ」

能地「昔はエンジニアはレコード会社についていて、演歌でもなんでも録音している状況でしたからね」

佐橋「昔は白衣を着てましたからね。技師だから」

能地「えっ、そうなの?」

佐橋「ビートルズの時代のそういう写真が残っているんですよ。この前、念願叶ってリイシューされたUGUISSの幻の2枚目(『Presentation』)は当時超売れっ子だった梅津達男さんに録音していただいたんですけど、梅津さんはその頃ビクターの社員エンジニアで、元々、人事異動で録音科にいって初めて録音する仕事に就いた方だったんですよ」

UGUISS 『UGUISS (1983-1984) ~40th Anniversary Vinyl Edition~』 Sony Music Direct(2024)

能地「それから時代がだんだん変わって、みなさんご存知の吉田保さんを筆頭にクリエイティブで音作りにも関わっていくエンジニアの方々が出てくるんですよね」

佐橋「僕の仕事がエンジニアを介して広がっていったのは、それこそ80年代だったからかもしれませんね。よく一緒に仕事をしていた伊東俊郎さんというエンジニアは、それこそ(山下)達郎さんの『僕の中の少年』や佐野(元春)さんのデビューアルバム(『BACK TO THE STREET』)もやっていた方なのですが」

能地「TM(NETWORK)もそうだよね。〈4人目のメンバー〉って言われていた」

佐橋「そうそう。僕が知り合ったのは、師匠の清水信之さんに〈今度、俺たちの後輩がデビューするらしいよ〉ってことで呼ばれた、渡辺美里さんのファーストアルバム(『eyes』)の“きみに会えて”というてっちゃん(小室哲哉)の曲の録音なんですね。

渡辺美里 『eyes』 エピック/ソニー(1985)

その直後に、同じ信之さんがアレンジした大江千里さんの“REAL”ってヒットシングルがあるんですけど、それも伊東さんがエンジニアだったの。今思えば、伊東さんが〈佐橋くんってギターの子、いいよ〉って推薦してくれたのかもしれませんね。エンジニアって音をまとめる責任があるから、録りやすさとかそういうところに一番敏感な職種なんですよね」

能地「この本で佐野元春さんと対談してもらったんですけど、佐野さんも〈佐橋くんのギターはすごくクリアでチャンキーだ〉とおっしゃっていました」

佐橋「佐野さん、〈チャンキー〉って言葉好きだよね(笑)。

佐野さんっていうと、サカゲン、坂元達也さんってエンジニアがいて、それこそヒムロック(氷室京介)とかの現場で僕はめちゃめちゃ仕事していたんです。なので、サカゲンが佐野さんに僕のことを話してくれたのかも」

能地「佐橋さんってソニー系の仕事が多いイメージあるけど、それは単に人脈の問題じゃなくて、そういうエンジニアのコネクションも関係しているんだろうなって」

佐橋「この本の最後に除川(哲朗)さんが作ってくれたすごく詳細な年表が載っていますけど、あれがすべてじゃないんですよ。アイドルやもう忘れられてしまったアーティストの仕事もやっていて、そういうのも入れるとソニーだけでもないよなって」

 

TM NETWORKの〈ピコピコ〉に挑んだギタリスト

能地「本当に幅広いですよね。今回初めて知ってびっくりしたけど、『(魔法の天使)クリィミーマミ』の太田貴子さんに楽曲提供されていて(“Long Good-bye”)」

佐橋「僕は、バンドが解散した時に信之さんとEPO先輩がいた事務所から〈うちに来て裏方として頑張ってみないか〉って誘われて、作曲家として入ったの。だから、あの頃は日常的に曲を書いていたね」

能地「最初は作曲家になりたかったんですか?」

佐橋「なりたかったっていうか、できることはそれぐらいかなって。でも、伊東さんやいろんな方が〈佐橋いいよ〉って言ってくれたおかげでギターを弾く仕事がくるようになって、それは嬉しかったです。

さっきTMの話が出たけど、彼らはUGUISSと同じレコード会社から翌年にデビューしたんだよね。当時、サンプル盤をカセットでもらって家で聴いたら、ピコピコいってるから〈やべえ! こんな時代になっちゃうのか! どうしよう?〉なんて思って(笑)」

能地「UGUISSの敵みたいな音楽だったからね(笑)」

佐橋「でもスタジオミュージシャンとしてキャリアを積み重ねていくなかで、なぜかそのピコピコの現場に呼ばれるようになるわけですよ。最初は何をすればいいかわからなかったけどね。てっちゃんが〈この曲はこうなっていて、ここにワイルドなギターが欲しいんだよね〉って言うので、打ち込みの音楽におけるギターの役割がわかっていって。僕は、それを発明したギタリストかもしれないよね。……あっ、いや、先輩がいました。YMOで弾いていた大村憲司さんがいらっしゃいます(笑)」

能地「小室さんは〈YMO的なテクノでも、ギタリストは顔がちゃんと見えるぐらいで弾いていていい〉って考えだったのでしょうね。クレジットがないのでどれに佐橋さんが参加しているのかわからなかったんですけど、言われて聴いてみるとTMのギターはサハシ節ですね」

佐橋「TMの『Self Control』ってアルバムが再発されたんだけど、その特集企画があった時、なぜか僕のとこに〈各曲にコメントしてもらえませんか〉と連絡がきて。僕も忘れていたけど、ひさしぶりに聴いてみたんですよ。そうしたら、全曲のギターを誰が弾いているのかわかっちゃった。〈あっ、これはB’zの松本(孝弘)さんだ。これは木根(尚登)ちゃんが弾いてる。これは俺。これは窪田晴男だな〉とか。そのリストをメールしたら、〈すごいですね〉って言われて。てっちゃんは新しいロック系のギタリストを積極的に使っていたんだよね」

TM NETWORK 『Self Control』 エピック/ソニー(1987)

能地「松本さんから佐橋さんまでギタリスト名鑑みたいな感じなので、その視点でTMを聴くと面白いんですよね。80年代ってまだヒットのマニュアルがなかったから、意外とそういう……」

佐橋「冒険をみんなしていましたよね。そういうのに付き合ってあげられる、面白がれるかどうかが大事だったんじゃないですか」