二人だけで奏でるブルース&フォークの生々しい熱情が、らしさ全開のままバンドを従えてグレードアップしたメジャー初作の登場! とけない魔法の時間は続いていく!

食らいついていくことの楽しさ

 「とにかく夢中でした」というのは、メジャー第1弾アルバム『MAGIC TIME』のレコーディングを振り返っての、伊東妙子(ヴォーカル/ギター)のひと言。先行シングル“美しき人”で示された通り、T字路sはここで初めて本格的なバンドでの録音を敢行。プロデューサーに日本ロック界屈指のギタリストでもある佐橋佳幸を迎え、数多の現場でいくつも成果を残してきた百戦錬磨の名プレイヤーを従えての新たな試みは、ふたりにとって目を瞠るような体験となった。

T字路s 『MAGIC TIME』 エピック(2025)

篠田智仁(ベース)「オリジナル・アルバムって『BRAND NEW CARAVAN』(2020年)以来で、実はけっこう久しぶりなんです。一昨年にベスト・アルバム『THE BEST OF T字路s』を発表した時点でメジャーに行くことは決まってなかったものの、〈次は新しいスタートを切ろう〉〈新しい段階に進もう〉という意識が少なからずあって。で、図らずも今回のアルバムがそれに当たったという」

伊東妙子「メジャーに移って新たな旅路が始まるわけですから、これまでと違うことがやりたいという気持ちはもちろんありました。バンドでレコーディングしたらT字路sらしさが減るかも……って不安がなかったわけじゃないけど、出来上がったものを聴いたら、もうむちゃくちゃT字路sだなと。ただ、畑から引っこ抜いてきた素材はこれまでと同じなのに、調理方法が違うとこうも変わるものなのかと驚くばかりで」

 確かに核で鳴っている音の感触は、むちゃくちゃT字路s的。特に豪華な装いを施されているわけでもないし、何かが失われたようでもない。ただし曲ごとに実に最適なサウンド・アレンジがなされた結果、バンド史上かつてないほどの高い完成度を獲得しており、曲が変わるたびその都度ニンマリさせられたことも確か。曲作りを除くほとんどの面で勝手が大きく違った今回のレコーディングで戸惑ったこととは?

伊東「まず、譜面が送られてきたぞ!ってことですかね(笑)。ただ考えてみると、テーマソングのオファーとか課題のある仕事がもともと好きで、その延長にこのレコーディングがあったとも思える。〈難しいお題だけど何とか乗り越えていくぞ〉って気持ちで臨んだら、出来上がったものが物凄くカッコ良かったわけじゃないですか。なんでしょうね、食らいついていくことの楽しさを全編通して味わいつつ、懸命に駆け抜けたって感じですかね」

篠田「これまで基本一発録りのスタイルでしたから、ドラムと合わせることにいろいろ苦労もありました。ただ、これまでずっとふたりだけでデモを作り上げる過程でも、頭の中だけで鳴っていた音が常にあって。もしも鍵盤がいたらこういうフレーズを弾いているだろうな……とか、いい演奏ができたときにこそそういったイメージが広がることがあった。そんな頭の中で鳴っていた音を具現化させたのが今回のアルバムで、それをスムースに具現化してくれたのが佐橋さん。もちろんイメージを上回るような音も入っているんだけど、これが欲しかった!と我々に思わせてくれる自然な完成形になっているのがすごい」

 

頭の中に鳴っていた音

 バンド演奏が付くことによって楽曲個々のカラーがより明確化されている印象がある。例えばケルト風味を注入した“燃やせ燃やせよ”、あるいはニューオーリンズ調スタイルを採用した“あたしのトラック”、それからマナサスあたりを連想させるラテン・ロック・アプローチの“素晴らしき日々”など、これまで隠し味として潜らせていたアレンジのエッセンスが前面に出されており、従来路線の拡張工事がかなり進んだ感じとでも言えばよいか。

伊東「ふたりだけだと地味になりがちだったところを拡げてくれたんですよね。あと、佐橋さんのギターがいろんな色を足してくれたことも嬉しい。これまでいろんな大ヒット曲を輩出してきた方なのに、ひとたびギターを握ると少年のように楽しんでいたのが印象的でした。“ブギーマンブギ”のギター・ソロやアウトロの歪みとスライドの感じとか、音楽を好きになった日からずっとそのまんま、って感じのプレイで」

篠田「当然プロデューサーとしてはプレイに対しては厳しかったです。従来のレコーディングならOKを出していただろうテイクも、彼は徹底的にやり直そうって采配を振られていた。1/1000秒のズレに気付いて修正を施していくところは勉強になりましたね」

 坂田学と古田たかしという持ち味の異なるドラマーのふたりが、個性ある色合いを持ち込んでいる点も見逃せない。とりわけ古田のキャラクターの爆発ぶりは顕著で、代表曲を再演した“泪橋”での暴風雨的なドラミングは呆気にとられるほど(「生き様が垣間見えた」とは篠田の弁)。また「何気ないようなピアノなのに、独特のグルーヴを紡いでいるのがすごい」と篠田が称賛するDr.KyOnの鍵盤捌きも特筆ものだ。とにかく胸のすくような名演の連続に「皆さん、もうバケモノみたい」と伊東も笑うばかりだ。

篠田「僕らが勝手に良く捉えてるだけかもしんないけど、おそらく皆さん久々に楽しいレコーディングだったんじゃないかなって思う。イナタい芋侍みたいな僕らの音楽に見事に反応し、何度も諦めず細部にわたって表現してくれて。〈俺もっとカッコ良く弾けるからもう一回やらせて〉って直訴する姿を目の当たりにして、仕事の枠を超えてなんとかこのプロジェクトを成功させたい、っていう皆さんの気持ちが伝わりました。レコーディングは真夏に地下の狭いスタジオで録ったんですが、そこは灼熱の空間で、在りし日のスタックスやモータウンのセッションってこういう感じだったのかな?って想像したりもした。あのときの熱さがまだ身体に残っているんですよ」

 

精一杯のご挨拶

 いまだ〈MAGIC TIME〉の余韻冷めやらぬ様子の両者だが、路上育ちのふたりがさまざまな色のペンキを手にし、より大胆に筆を揮っているところが何よりも本作の魅力だと言っておきたい。見逃せない注目ポイントは、伊東がヴォーカルを重ねてコーラスを付けていること。ひょっとするとその部分に何よりの変化を感じるリスナーはいるかもしれない。

伊東「これまでずっとライヴ録音みたいにほぼ一発録りだったわけですが、歌の面では、ここはもっとグッと踏み込みたかった、もっと揺らしたかったな、って思ったこともあるっちゃあるわけですよ。で、今回は気が済むまで歌い込ませてもらって、自分の強みだと思っている歌い方を納得いくまで追求できたんです。以前と今回のどちらがT字路sっぽいか、って言われるとわからないけど、こだわってやらせていただいたことがすごく嬉しかった。これまでと変わんないよ、って言われるかもしれないけど、ここが私のかっこいいところなんだよ、って部分を出せたことがとにかく幸せで」

 最初に伊東が言った通り、こんなにも夢中になった跡がそのまま刻まれているアルバムもそうはない。T字路sの新しい軸が確かに見えた気にさせられる本作だが、近い未来にはまたアッと驚くような作品が届くかもしれない。ひとつお伝えできるのは、本作を引っ提げたツアーは4人編成のバンドで行われるということ。とにかく彼らのマジカルな時間はこの先も続いていきそうだと言っておこう。

篠田「次のこととか計算できないので、またふたりだけでやるかもしれないし。とにかく自分たちの持ち球でしか勝負できないですから。とにかく今回の作品は、現在の自分たちをしっかり提示した挨拶状になったと思います」

伊東「そう、精一杯のご挨拶だね」

参加ミュージシャンの関連盤を一部紹介。
左から、ピーター・ゴールウェイ&佐橋佳幸の2025年作『EN』(ヴィヴィド)、Dr.kyOnと佐橋によるDarjeelingの2019年作『8芯二葉~雪あかりBlend』(GEAEG)、古田たかしの在籍するANZAiFURUTAの2023年作『う~ゆばりあ』(Turfull Studio Label)、坂田学の在籍する坂田明SOSの2025年作『In a Sentimental Mood』(DAPHNIA)

 

これさえあれば……T字路sの作品を紹介!

 このたびメジャー・デビュー……とはいえ、全編のサントラを書き下ろしたTVドラマ「だが、情熱はある」(2023年)や、映画「雨に叫べば」(2022年)で使用された“雨zing Blues”のように、映画やドラマ、CMなどを通じてすでにT字路sの音楽に親しんでいる人は多いことだろう。芦田愛菜&宮本信子が“これさえあれば”を歌った映画「メタモルフォーゼの縁側」(2022年)の劇伴など未ソフト化のものもある。また、ザ・ストリート・スライダーズの“かえりみちのBlue”、服部良一/淡谷のり子の“別れのブルース”のような先達をトリビュートする機会は今後も増えていきそうだ。

左から、2023年のサントラ『だが、情熱はある オリジナル・サウンドトラック』(バップ)、2023年のザ・ストリート・スライダーズのベスト&トリビュート盤『On The Street Again -Tribute & Origin-』(エピック)、2024年のトリビュート盤『世紀のうた・心のうた 服部良一トリビュート』(コロムビア)

T字路s 『マヅメドキ』 ギャラクティック(2012)

自主制作の初CD『T字路s』(2010年)に続く6曲入りの第2弾作品。突貫するような勢いで迫る代表曲“泪橋”をはじめ、“蛙と豆鉄砲”など人気曲のオリジナルはここに。浅川マキ“あたしのブギウギ”とストリート・スライダーズ“のら犬にさえなれない”というカヴァーの2曲もいい。

 

T字路s 『これさえあれば』 ギャラクティック(2013)

西内徹やCOOL WISE MANの市村知之、カンザスシティバンドの上山実と下田卓というゲストも交えてヴィンテージな苦み渋みを追求した6曲入り。“その日暮らし”などのやさぐれた人情味が滲むなか、親しみやすい歌謡マナーの“これさえあれば”はその後を拓く代表曲となった。

 

T字路s 『Tの讃歌』 Hanx(2015)

沢田研二やBO GUMBOS、ブルーハーツら先人の名曲カヴァーで固めた初のフル・アルバム。幕開けの“銀座カンカン娘”からシメの“愛の讃歌”まで伊東の歌声がとにかく圧巻で、ここから“襟裳岬”が話題になった。継続参加の面々に加えて佐藤良成(ハンバート ハンバート)も演奏に参加。

 

T字路s 『T字路s』 ヴィヴィド(2017)

セルフ・タイトルに相応しい初のオリジナル・フル・アルバム。ピアノも軽やかな“はきだめの愛”で始まり、メランコリックな“最後の手紙”、スカ調の“月明かりの夜”、前向きな決意表明の“鐘は鳴る”など表現の幅もグッと広げている。自主制作盤から“T字路sのテーマ”など3曲を再録。

 

T字路s 『PIT VIPER BLUES』 felicity(2018)

ほぼ二人のみの録音に回帰しつつも佐藤良成が“暮らしのなかで”など数曲のアレンジや演奏にも関与し、エディ“タンタン”ソーントンと大和田誠(COOL WISE MAN)を迎えたロックステディ“Eddie”もあるなど、多彩な聴き心地で飽きさせない意欲作。“泪橋”の再録音も熱い。

 

T字路s 『BRAND NEW CARAVAN』 Mix Nuts(2020)

コロナ禍の状況を受け、一発録りではなくプライヴェート・スタジオでじっくり制作するスタイルで取り組まれたサード・アルバム。名曲“夜明けの唄”やガレージの“宇宙遊泳”を筆頭に曲ごとのアレンジが練り込まれ、いつも以上にリズム&ブルース〜ソウル色の濃い姿が楽しめる。

 

T字路s 『COVER JUNGLE 1』 Mix Nuts/ユニバーサル(2022)

日常を鼓舞する応援歌のように響く“三百六十五歩のマーチ”を筆頭に、定評のあるカヴァーで固めた一枚。ちあきなおみで知られる“星影の小径”やRCサクセション“スローバラード”、小林旭、松崎しげる、The ピーズ、ザ・クロマニヨンズの名曲と並んで“これさえあれば”の再録も。

 

T字路s 『COVER JUNGLE 2』 Mix Nuts/ユニバーサル(2022)

ハマりすぎの“あの鐘を鳴らすのはあなた”をはじめ、さだまさし“まほろば”や玉置浩二“メロディー”、井上陽水、高田渡、真心ブラザーズといった選曲も楽しいカヴァー企画の第2弾。オズワルド畠中悠の“コンビニエンスマン”が耳を惹くほか、“その日暮らし”の再演も収録。

 

T字路s 『THE BEST OF T字路s』 Mix Nuts/ユニバーサル(2023)

リスナーによる人気投票と本人たちのセレクトによって構成された初のベスト盤。とはいえ“泪橋”や“蛙と豆鉄砲”“T字路sのテーマ”など7曲はゲスト・ミュージシャンも交えながら新録され、配信のみだった“夜も朝も午後も”もあるなど満足度は高い。入門編にも最適の一枚だ。

 

T字路s 『美しき人/マイ・ウェイ』 エピック/ソニー(2025)

オズワルド出演のMVも話題となった“美しき人”を含むメジャー・デビュー・シングル。アルバム未収録の“マイ・ウェイ”は布施明の歌唱で知られる中島潤の日本語詞ヴァージョンを熱唱している。付属のBlu-rayには2024年12月1日の東京キネマ倶楽部公演の模様を収録! *出嶌孝次