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録音現場で重要な〈出前〉

佐橋「あっ、また変なエピソードを思い出しちゃったんだけど、大丈夫かな。80年代の終わりから90年代にかけてヒットがあった、これまた有名なシンガーソングライターのレコーディングに呼ばれたことがあって。

ベースは当時EPO先輩のサポートをやっていた有名な富倉(安生)さんって元トランザムの方で、若い頃すごくお世話になって。ドラムは山木さんだったんですが、セッションが長くなったんですよ。そうしたらそのシンガーソングライターがすごく横柄で、先輩たちに向かって〈今の感じ、違うんですけど〉なんて言うわけです。で、録音に付き合っていたんですが、僕らが押さえられていたのは19~21時だったのね。でも、やれどもやれども終わらないから、エンジニアもディレクターもみんな黙り込んじゃって。

そうしたら、あの温厚な富倉さんが〈ふざけんなよ!〉ってまずキレたの。それで山木さんが〈まあまあまあ〉って宥めて、また録音ボタンを押してレコーディングが始まったのね。と思ったら、山木さんが録音中なのに腕時計チラチラ見ながらパッてスティックを置いて、〈21時になったので、お疲れ様でした〉って帰っちゃったの。で、スタッフが真っ青になって〈ちょっと待ってください!〉って止めたんだけど、〈こいつの仕事は二度とやらないから。じゃあ、お疲れ〉って行っちゃったんだよね。あの時はね、山木さんに一生ついていこうって思った(笑)」

会場「(笑)」

能地「でも佐橋さんのセッションに集まってくれる方々は、みんなあったかい人ばかりですよね」

佐橋「そう。でも、この業界は人として酷いやつがいっぱいいたからね! いい人がいい音楽を作っているとは限らないですから。こういう書けなかったことを今度、続編で話しませんか(笑)?」

能地「私が面白かったのは、喜納昌吉さんの“花(〜すべての人の心に花を〜)”の話です。大巨匠の星勝さんは佐橋さんを重用していたんだけど、“花”のセッションで佐橋さんが張り切りすぎたがために、それ以降お声がかからなくなってしまったんですよね」

佐橋「〈こういう楽器は入りませんかね〉って喜納さんご本人が言い出してマンドリンとかを弾いちゃったんですけど、星勝さんが置いてけぼりになっちゃったんですね。〈勝手にやりやがって〉みたいなムードになっていたのを察していたんですけど、ご本人に言われたからやるしかない。それで、それからちょっと疎遠になっちゃったんですけど。

それから数年後に、僕が松さんと初めて仕事をしたツアーの打ち上げに星勝さんがいらっしゃってご挨拶したんだけど、〈あっ、根に持ってるな〉って思いました(笑)。

それからまた数年後にソニーのスタジオへ行ったら、隣のスタジオが明らかに浜田省吾さんのレコーディングをやっている感じだったんですよ。〈これは絶対、浜田さんだな〉と思っていたらエレベーターの扉がバッと開いて、麻布の有名な高級中華店の岡持ちを持った人が現れたんです。それで〈絶対に星勝さんだ!〉と思って。星勝さん、必ずそこの出前を取るんですよ。予算で。なので、今日は隣のスタジオに近づくのはやめようって(笑)」

会場「(笑)」

能地「データだけを見ると〈星勝さんはこのスタジオにこだわりがある〉と思われるんでしょうが、実はその中華屋の出前の範囲内にあるスタジオを使っていただけだったりしたら面白い(笑)」

佐橋「あと、松武さんは僕と同じ蕎麦粉アレルギーなんです。で、スタジオで出前を取る時にディレクターの人が〈○○屋にしようかな〉なんて言ったら、〈佐橋、あの店は俺たちは無理だ。うどんとそばを同じところで湯がいているから。外に食べにいこう〉って教えてくれて。……出前にまつわる話だけで1時間は話せるな(笑)!」

会場「(爆笑)」

能地「今はスタジオに集まって〈せーの〉で音を出すなんて特別なイベントになっていますけど、バブルの頃は都内のスタジオが常に全部埋まっていて、佐橋さんは毎日そこを渡り歩いていたんですよね。そりゃ出前にも詳しくなるわ(笑)」

佐橋「そこが大きく今と違うね」

 

人と人が会って音楽を作っていた時代

佐橋「急に思い出したけど、当時はアレンジャーがパート符を全部書いていて、シンセのシーケンサーのフレーズも全部オタマジャクシで書いてあったんです。で、配られた譜面見ながらプログラマーがワーッて打ち込んでいって。彼らはプロ中のプロだったね。

僕が未だによく仕事をしている石川鉄男くんってプログラマーがいるんですけど、彼がまだ師匠の迫田(到)さんの機材を運んでいたような頃、コンピューターの前で〈石川、いくぞ〉ってストップウォッチで計りながら譜面の打ち込みを同時に始めたのを見たことがありました。で、迫田さんが〈はい、終わった。石川、負けたから腕立て100回な〉なんて言ってて」

能地「デジタルな割に、めちゃくちゃ体育会系ですね(笑)」

佐橋「そういう時代だったんです。いろいろ思い出すね」

能地「だから、この本は佐橋さんの歴史でもあるけど、人と人が会って音楽を作っていた時代の記録でもありますよね」

佐橋「まあ今回、必ず言っていることがあって、それは〈僕が書いたのは後書きだけです〉ってことですね。それ以外、何もしてませんから(笑)!」

能地「いやいや、ようしゃべったな~って思いますけどね(笑)。連載も毎回1,000~2,000字にするはずが、会うとね、しゃべっちゃうんですよ。で、初回が4,000字になって、だんだん6,000字とかに増えていって(笑)」

佐橋「今日もそうなんですけど、しゃべりながら……」

佐橋&能地「思い出しちゃう!」

能地「会ってしゃべるのって大事ですよね。ミュージシャンもライターも会わないまま仕事することは多いですが、やっぱり音楽も人肌の温もりが宿ったものは違う。いいですよね」