実験的だがポジティブな楽しさに満ちた『Baby』
最新作の『Baby』は、こうした他アーティストの楽曲でも見せたディジョンの取り組みが結実した、控え目に言っても凄まじい作品だ。それはトラックリストからしても象徴的で、冒頭から“Baby!”“Another Baby!”“HIGHER!”“(Freak It)”と、フィーリングをそのまま投影したかのようなタイトルが並んでいるのが痛快である。きっと今のディジョンは、〈Baby〉という一言で自らを全て表現できると思ったのだろう。
だが、シンプルなタイトルの向こう側には、驚くほどに混沌とした世界が広がっている。楽曲の中心にあるのがディジョンの美しい歌声であることは変わらないが、一つひとつの楽器の音色は幾重にも重ねられている一方で、突然消失してしまったり、そのフォルムを縦横無尽に変えていく。ファンキーなリズムやメロディに酔いしれていると、不意にやってくる謎の音や声に気付いて、つい気を取られてしまう。素材をそのまま活かすような生々しいサウンドもあれば、異様なほどにエフェクトがかけられている楽曲もある。
そもそも、拍が均一ではない場面だって珍しくない。本作屈指の名曲である“Yamaha”も、最初こそスウィートなバラードであるように感じられるかもしれないが、後半になるにつれて宇宙的とも言える異様なサウンドスケープがリズムの隙間から少しずつ侵食してくる。そうして翻弄されているうちに、気付けばこの世界から抜け出せなくなって、再びアルバムをリプレイしてしまう。
あらゆる音源が寸断され、感覚に従うまま再配置されている。それは、録音作品における見事なコラージュアートと形容できるものだが、個人的には大量のレコーディングテープが乱雑に置かれた真夜中のスタジオで、まるで映画「トイ・ストーリー」のキャラクターたちのようにテープ同士が無邪気にセッションをしているような、奇妙な光景を想起してしまう。間違いなく実験的だが、あくまでその根底にはポジティブな楽しさが満ちているのだ。
もちろん、これは自然発生的に生まれたものではなく、ディジョンが培ってきた〈音楽がただそこに在る〉感覚に基づいて、巧みに配置された結果である。これはまさに、分解と再構築という自己探求とも重なるプロセスを繰り返した果てに生まれた、彼しか持ち得ない特異な感覚によるものだろう。
異端者こそがポップスを変えていく
そして本作における重要人物はディジョンだけではない。ソロワークスにおける盟友でもあるミック・ギーやBJバートン、バディ・ロスといった近年のポップシーンを支える名プロデューサー陣に加え、ピノ・パラディーノといった名プレイヤーが『Baby』の世界を共に作り上げている。その多くが、フランク・オーシャンやボン・イヴェール(ちなみに彼も“HIGHER!”に参加している)の作品群に関わっていたこと(何より、作品自体から感じられるムードやボーカルプロダクション)を踏まえると、ディジョンをその系譜に位置付けて語ったとしても、きっと間違いではないだろう。
伝統的でありながらも未来的で、普遍的でありながらも実験的。ここまでに触れた多くの才能ある人々もまた、ディジョンがこうしたヴィジョン(理想像)の継承者であることを確信したからこそ、彼のもとへと集まってきたのではないだろうか。
2025年の活躍ぶりを踏まえれば、今後のポップシーンにおいてディジョンがさらに重要な存在となっていくのは想像に難くない。彼が鳴らすサウンドは、リスニング環境の変化などを経て、ある種〈最適化〉された現在のシーンでは異端中の異端のように思える。だが、プリンスやディアンジェロ、ボン・イヴェールやフランク・オーシャンがそうであったように、ヴィジョンを持つ異端者こそがポップスを変えていくのだ。
参考文献
Dijon on spontaneity, keeping his music raw, and learning to love life on tour https://www.thefader.com/2021/11/16/dijon-fader-interview-podcast-absolutely
Abhi//Dijon: We’re Simple People https://medium.com/@yourstrulysf/abhi-dijon-we-re-simple-people-7bcc917bb6df
Dijon:A singer-songwriter imagines a better Americana. https://www.thefader.com/2018/09/20/dijon-fall-fashion-interview
