「マーラーの〈細かすぎる指示〉に後世の指揮者は悩まされています」
――バッティストーニ、東京フィルとの『交響曲第7番《夜の歌》』をリリース

 アンドレア・バッティストーニ(1987年ヴェローナ生まれ)が首席指揮者を務める東京フィルハーモニー交響楽団と、2024年11月の定期演奏会で披露したマーラー『交響曲第7番《夜の歌》』のライヴ盤が日本コロムビアから出た。2014年1月の『第1番《巨人》』、2022年9月の『第5番』に続く同一コンビのマーラー第3作。「第7番はマーラーが第1~6番までの長い音楽の旅路を締めくくり、世界を完璧に一変させた第8番、さらに先を行く第9番へと展開していく寸前のマイルストーン(里程標)。私にとって長く〈お気に入り〉の作品でしたが、実演に挑んだのは今回が初めてでした」

ANDREA BATTISTONI, 東京フィルハーモニー交響楽団 『マーラー:交響曲第7番《夜の歌》』 コロムビア(2025)

 バッティストーニが“第7番”を節目の作品ととらえる理由をきく。「第5番まで多用された歌曲集“子どもの不思議な角笛”の民俗調の旋律や木管楽器による鳥のさえずり、カウベル、軍楽隊の行進曲などの一方ではワーグナー、とりわけ“ニュルンベルクのマイスタージンガー”からの影響もみられ、マーラーの本質をついた交響曲だからです」

 第7番は長く「マーラーの中でも最も摩訶不思議、捉えどころのない交響曲」とされ、ラファエル・クーベリックのように、ハイドン以来の交響曲の様式と何とか折り合いをつけようと努める指揮者も多かった。最近はサイモン・ラトル、ケント・ナガノが過去2年の東京で示したように、バロック音楽の管弦楽組曲に近い性格的ナンバーの羅列として再現する演奏が増えている。バッティストーニもそれぞれの楽章に対し、個別具体的なイメージを持っている。「第1楽章はロマンティックでドラマティック。マーラーの典型ですが、第5番の闘争的な怒りではなく受容です。第2楽章は奇妙な行進曲でグロテスク、非常に表現主義的な手法で暗闇の世界への好奇心が描かれます。第3楽章は典型的なマーラーのスケルツォ。第4楽章はギターとマンドリンによるセレナーデで、本当に魔法のような音楽が夜の美しさを全面的に受け入れます。第5楽章フィナーレにはアルプスの夏の朝の光のような明るさがありますが、カウベルや教会の鐘(の模倣)といった自然主義ではなく、快活に飛び跳ねるダンスに近い。対位法はバッハよりワーグナー、ブルックナーを思わせてドイツの伝統を踏まえつつも、オッフェンバックやベルリオーズの側からの皮肉や遊びもとり混ぜ、陽気に進むのです。ミュート(弱音器)をつけたホルンの奏でる旋律は後年のミュージカル、『オズの魔法使い』のナンバー“Ding Dong The Witch Is Dead!(鐘を鳴らせ、魔女は死んだ)”の〈もと歌〉だと、私は確信しています」

 自身が優れた指揮者だったため、マーラーのスコアには細かな注釈がある。「彼は自分の欲しい響きを明確に把握していて、楽譜のあらゆるページが無数の音符と指示で埋め尽くされています。マーラーは人助けのつもりだったのかもしれませんが、より多くの問題を残してしまった、情報を詰め込みすぎてしまったというのが私の本音です。同じピアノの指示も、指揮者によってまったく違う意味を持つのですから。私はマーラーのスコアを学ぶ際、すべての指示をまず〈翻訳〉した上で、ディスクに残された数多くの歴史的解釈と比較します。私自身のマーラーも絶えず変化します」

 24歳で初来日、東京フィルと「一目惚れ」の関係に陥ったバッティストーニも今年38歳。4月に父親となったが、娘さんの名前は〈アルマ〉。マーラーの元妻にちなんだ訳ではなく「イタリアの古風な名前を選んだだけ」だそうだ。2025年1月にはイタリアのトリノ歌劇場(テアトロ・レージョ・トリノ)の芸術監督に招かれ、10月にザンドナイの「歌劇《フランチェスカ・ダ・リミニ》」で新シーズンの幕を開けた。さらに12月、かねて客演指揮者として良好な関係を築いてきた南半球オーストラリアのシドニー歌劇場の音楽監督に就く予定だ。「建物はすごく有名、管弦楽団も優秀ですが、芸術的にやや停滞していたオペラ部門の立て直しに最善を尽くします。最初の演目は『蝶々夫人』です」。どこまでも日本に縁のありそうなマエストロだ。

 


アンドレア・バッティストーニ(Andrea Battistoni)
1987年、ヴェローナ生まれ。国際的に頭角を現している同世代の最も重要な指揮者の一人と評されている。2013年にジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場の首席客演指揮者、2016年10月に東京フィル首席指揮者に就任。「ナブッコ」、「リゴレット」、「蝶々夫人」(二期会)、グランドオペラ共同制作「アイーダ」のほか、ローマ三部作、“展覧会の絵”“春の祭典”等数多くの管弦楽プログラムで東京フィルを指揮。東京フィルとのコンサート形式オペラ「トゥーランドット」(2015年)、「イリス(あやめ)」(2016年)、「メフィストーフェレ」(2018年)で批評家、聴衆の双方から音楽界を牽引するスターとしての評価を得た。同コンビで日本コロムビア株式会社よりCDのリリースを継続している。

 


LIVE INFORMATION
『カヴァレリア・ルスティカーナ』オペラ全1幕 字幕付原語(イタリア語)上演
『道化師』オペラ全2幕字幕 字幕付原語(イタリア語)上演

2026年2月12日(木)東京文化会館 大ホール
開場/開演:17:00/18:00

2026年2月13日(金)東京文化会館 大ホール
開場/開演:13:00/14:00

2026年2月14日(土)東京文化会館 大ホール
開場/開演:13:00/14:00

2026年2月15日(日)東京文化会館 大ホール
開場/開演:13:00/14:00

■出演
アンドレア・バッティストーニ(指揮)
ダミアーノ・ミキエレット(演出)

『カヴァレリア・ルスティカーナ』
サントゥッツァ:岡田昌子/土屋優子
ローラ:小泉詠子/郷家暁子
トゥリッドゥ:前川健生/村上公太
アルフィオ:今井俊輔/大川 博
ルチア:与田朝子/小林紗季子

『道化師』
ネッダ:竹多倫子/中川郁文
カニオ:樋口達哉/下村将太
トニオ:今井俊輔/大川 博
ペッペ:高田正人/吉田 連
シルヴィオ:与那城 敬/又吉秀樹

二期会合唱団
東京フィルハーモニー交響楽団

https://nikikai.jp/lineup/cava_pagli2026/