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音楽が主役となった「Q」での名シーン

ここまでは一般的な劇伴の話に終始してしまったが、「エヴァ」における音楽の魅力はそれだけにとどまらない。劇中では音楽そのものが重要な物語要素として機能する場面があるのだ。

たとえば、主人公の碇シンジが常に持ち歩くS-DAT(架空のポータブルオーディオプレイヤー)から再生される楽曲群である。このプレイヤー自体が物語内で象徴的な位置付けにあるが、そこから微かに聞こえてくる音楽が、独特の感情描写や現実とのリンクを示唆する役割を果たしている(再生される曲には各キャラクターを担当する声優の楽曲や、制作元に所属する歌手の楽曲が使われている)。

これもある種のメタ的な演出だが、S-DATとそこから流れる音楽が情景を支配するシーンでは、通常の劇伴や無音では描き出せない閉塞感やリアリティが生まれている。また、音楽が主役となるシーンとして欠かせないのが、「新劇場版:Q」におけるシンジと渚カヲルの連弾シーンだろう。ここでは2人の交流の象徴として、鷺巣が作曲した“Quatre Mains (à quatre mains) =3EM16=”が演奏される。その映像美と相まって、このシーンは「エヴァ」の音楽世界を堪能する上で欠かせない名場面となっている。

さらにもう一つ触れておきたいのが〈既存楽曲の引用〉である。引用という手法は、もちろん「エヴァ」に限らず様々な創作で用いられるが、その利点は引用元が既に持っている〈意味やニュアンス〉を借用し、それに沿ったり、あるいは裏切ることで世界観をより高次元に拡張できる点にある。

この手法が鮮烈に活きていると感じるのが、「新劇場版:破」での“今日の日はさようなら”の使用だ。元々は1967年に森山良子によって発表され、その後NHK「みんなのうた」でも放送された昭和を代表する名曲である。フォークソングでありながら童謡としても認知されており、切なさはあるものの非常にピースフルで穏やかな曲調のナンバーだ。

しかし、「エヴァ」の劇中でこの曲が流れるシーンは、ここで描写するのも憚られるほど残酷なものだ。そのギャップが観る者に強烈な印象を刻み込むのである。

同じく「新劇場版:破」には“翼をください”が使用されるクライマックスシーンがあり、同様の効果をもたらしてくれるのでこちらも必見だ。

鷺巣詩郎 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 オリジナル サウンドトラック』 スターチャイルド(2009)

 

重要な役割を担うクラシック音楽の引用

個人的な解釈ではあるが、「エヴァ」という作品の魅力の一つに〈安易にカタルシスへ至らせない不条理さ〉があると考えている。これは鑑賞者に対し、わずかなカタルシスの萌芽を見つけるために作品の解釈を〈強いる〉仕掛けとなっており、それゆえに人々の心に深く刻まれるのではないだろうか。なぜこの曲が選ばれたのか――人の数だけその解釈はあるが、この〈不条理さ〉を音楽が体現していると考えると、実に凄まじい演出である。

またクラシック音楽の引用も、作品の印象を大きく変える要素となっている。有名なところでは、TV放映版の終盤で使用されるベートーヴェンの“交響曲第9番《合唱》”が挙げられ、作品全体でも重要な役割を担う楽曲だと言えるだろう。

また、旧劇場版「DEATH (TRUE)²」では、弦楽四重奏の調弦という細部から始まり、バッハの“無伴奏チェロ組曲 第1番”“無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第3番”、パッヘルベルの“カノン”などが全編にわたって登場し、構成面での演出を担っている。

鷺巣詩郎, 新日本フィルハーモニー交響楽団 『エヴァンゲリオン交響楽』 スターチャイルド(1997)

こうした数々の楽曲が〈意味の重層化〉という効果を作品にもたらし、それが最大限に活かされることで僕たちの心に深い爪痕を残す。これこそ「エヴァ」という作品が30年も愛される所以ではないかと僕は考える。

音楽という観点に絞っても、「エヴァ」という作品の魅力はまだまだ語り尽くせない。サウンドトラックを聴くも良し、アレンジアルバムや企画盤を楽しむも良し。そして、あらためて音楽に着目しながら映像で作品を振り返ってみてもいいだろう。もしかしたら、それまで気づかなかった新たな見方が生まれるかもしれない。

30周年という節目に、ぜひ「エヴァンゲリオン」の豊かな音楽世界を堪能してほしい。