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田舎の景色に響くギターと都会的な電子音楽

――セルフライナーノーツの中では、Kawara, Senさんご自身で1曲ずつ解説されていますけど、その中に出てくる固有名詞などを拾いながら、それがKawara, Senさんにどのようなインスピレーションを与えたのかを伺いたいです。まず、村上春樹という名前が何か所か出てきますよね。恐らく今回のアルバムが表現しているものと、村上春樹作品が表現するものの間にあるリンクをKawara, Senさんが感じられている、ということだと思うんですけど、いかがですか?

「村上春樹さんの小説は結構読んでいるので、影響も強いとは思いますね。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる、〈世界の終り〉。……音楽で〈世界の終り〉って言うと、別のものが連想されそうですけど(笑)」

――確かに(笑)。

「あの小説に出てくる、壁に囲まれた世界みたいなもの。それは、このアルバムのイメージに近いものはあると思います」

――では、“Baggage Claim”の解説で〈間奏では、アシッドベースと909系のリズムパターンから、哀愁のギターソロへと展開していく〉と書かれていますが、たとえばアシッドハウス的な音楽というのは、Kawara, Senさんの影響源にあるものですか? というのも、今回のアルバムには確かに、どこにも行けない袋小路感や、多摩川沿いの景色のような、牧歌的でありながらも、どこか切なさの宿る空気感が捉えられていると思うんですけど、その根底には猛烈なパッションとか、ひとりの人間の内側から沸き上がる力強さを感じる部分があって。それが、初期のアシッドハウスが持つような猥雑な生命力に繋がっているんじゃないか?と感じたんです。

「アシッドハウスと言われて、具体的な例が思い浮かばないくらいに詳しいわけではないんですけど、ただ、いわゆる電子音楽はすごく好きで、日頃聴くことは多いです。そこからの影響を自分が作る音楽に入れ込もうとしている部分はありますね。

自分が触れてきた音楽って、小学校の合唱に始まり、フォークソングやバンド音楽を聴いてきて、いろんな音楽を聴くようになったあとも、まず中心にあったのはバンドサウンドなんです。ただ、そのあと徐々に電子音楽も好きになっていって。でも、だからと言って〈ギターを捨てて電子音楽をやろう〉ということではなく、自分が〈いいな〉と思ってきたものを、ジャンル云々ではなく、自分なりの形で集積できていたらいいな、と思っています。

で、こじつけるようですけど、自分の原風景にある、空が開けたような田舎の景色……それは決して綺麗なだけのものではなく、荒涼とした景色でもあるんですけど、そういう景色って、歪ませたギターをバーンと弾くのが合うと思うんです。それに対して、電子音楽は都会的な感覚がある。それが、どちらか一方だけというわけではなく、混在しているのが自分の音楽なのかなと思います」

――電子音楽という範疇で、好きなミュージシャンはいますか?

「名前を挙げるとなると難しいですけど、有名どころで言うと、フローティング・ポインツ、アンダーワールド……他にも、いろいろいます。アシッドハウスに分類されるのかわからないですが、電気グルーヴ、ダフト・パンクも好きでよく聴きます。こちらも有名ですよね」

 

孤独な袋小路でも魂を燃やし、ポジティブなエネルギーを届ける

――では、セルフライナーで“Lost City”のオマージュ元として書かれているF・スコット・フィッツジェラルドの「マイ・ロスト・シティー」は、Kawara, Senさんにとってどのようなインスピレーションをもたらした作品ですか?

「フィッツジェラルドの『マイ・ロスト・シティー』は好きな作品だし、このアルバムの世界観と通じ合うものがあると思います。それこそ袋小路感というか、〈もう変わらないんだ〉という感覚が近いと思う。そもそもフィッツジェラルドを読もうと思ったのも村上春樹さんが翻訳されていたり、いろんな場所で名前を挙げていたからなんです。

で、この作品は小説ではなくエッセイなんですけど、すごく好きな場面があって。主人公がタクシーに乗りながら、〈自分はこれ以上、幸せになれっこないんだ〉と声にならない声で叫ぶ場面。その場面が、僕はすごく好きなんです。あと、これは自分だけのイメージなんですけど、その場面がたしかNHKの『映像の世紀』で引用されているのを見た記憶があって、それも自分の印象として残っている気がします」

――Kawara, Senさんは、何故そんなに袋小路感や〈もう変わらない〉という感覚、あるいは出口のない感覚に引き付けられ、それを表現しようとするのだと思いますか?

「袋小路感そのものには、希望がないと思うんです。でも、だからと言って〈はい、もう何をやっても意味ないですよ〉と、冷めていたくはないというか。袋小路なら袋小路なりに、自分は燃えていたい。それに、自分の音楽を聴いた人が、ちょっとでも燃えてくれたら嬉しい。そういう気持ちがあるんだと思います」

――こうしてアルバムを作り上げられて、Kawara, Senさん自身、袋小路の中で燃えている状態を残すことができた感覚はありますか?

「そうですね、〈作品を出す〉って大変だなとやってみて思いましたし(笑)。その大変なことをやるのは、燃えていないとできないですよね。〈どうでもいいや〉と投げ捨てていたら、こんな面倒くさいことはできないです」

――この音楽を通して、聴き手とコミュニケーションを取っていきたいという思いも強いですか?

「もちろん作ったからには、ひとりでも多くの人に聴いてもらえたら嬉しい。それに、あまり単純化して言いたくはないですけど、敢えて単純化して言えば、今、この袋小路感に共感して聴いてくれる人がいればすごく嬉しいです。袋小路とは言わずとも、孤独感みたいなものを感じている人。どちらかと言うと、部屋で、ひとりで音楽を聴いているような人の、その時間に寄り添えたらいいなと思っています。

孤独と言っても、家族がいる・いないとか、友達がいる・いないとか、そういう話ではなくて。みんなそれぞれ抱えているかもしれない孤独に寄り添いたい。もちろん〈袋小路だし、みんなで孤独に生きようぜ〉と言いたいわけではないんですけどね(笑)。

1曲目“Ever Since June”の歌詞で〈孤独に生きると決めたのは〉とは歌いつつ、人は、孤独じゃ生きられないですから。逆説的ではありますけど、このアルバムの孤独が、誰かがポジティブなエネルギーになるきっかけになれば嬉しいです」