いまあらためて蘇るエネスコの名演、フルトヴェングラーの貴重な録音

 考えてみると、20世紀のエンターテインメントはテクノロジーの発達と一体であった。今でこそ、スマートフォンを使いデジタル配信で音楽を聴くという人が大多数だろうが、つい10年ほど前まではCD、その前はオールド・ファンには懐かしいLP、さらにその前に伝説のSPの時代があった。録音が始まったばかりの頃のSP時代には19世紀末から20世紀を飾った名演奏家の録音がたくさん残され、それを追いかけて集めている方も多かっただろう。それらが今、新たな形で蘇ろうとしている。キングレコードの〈ダイレクト・トランスファー〉シリーズである。

GEORGE ENESCU 『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(全曲)』 キング(2026)

WILHELM FURTWANGLER, YEHUDI MENUHIN 『フルトヴェングラー:Polydor/HMV録音』 キング(2026)

 第1弾としてリリースされるのは、作曲家であり名ヴァイオリニストであったジョルジュ・エネスコのJ. S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(全曲)(2CD)、そして巨匠ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ユーディ・メニューイン(ヴァイオリン)&ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ルツェルン祝祭管弦楽団などによるベートーヴェン&シューベルト(4CD)の2タイトルである。

 エネスコのバッハは1949年に、当時のマイナー・レーベルであったと言われるコンチネンタル・レコードから、一説によると関係者に渡すことを中心にニューヨークで録音されたLPだが、晩年を迎えたエネスコが生涯追い求めたバッハの“無伴奏”の理想像を追求した名盤として知られ、世界中の音楽マニアがその原盤を求めて高値で取引されることでも有名だ。またフルトヴェングラーは1930年代のSPでの録音だが、今回のリマスターによって、SP時代の豊かな情報量を感じられる録音となっており、フルトヴェングラーの音楽のファンだけでなく、1930年代という第2次大戦直前の時代に演奏された姿の真価に触れることができる録音である。

 そのサンプルを聴かせていただいたが、確かにエネスコのバッハは細部までの響きが活き活きと蘇り、おそらくいまバッハを学んでいる人が聴けば、フィンガリング(指遣い)までも分かってしまうのではないのだろうか、というぐらいのクリアさが際立っている。またヴァイオリニストとしてのエネスコの音色の魅力、高音から低音までの充実した響きの姿をやっと認識することが出来たと言って過言ではない。

 フルトヴェングラーはSP盤から復刻なので、オリジナル由来のノイズも多少は残っているが、その奥に、演奏団体によって違う様々な楽器の響きも掴める。当時のベルリン・フィル、ウィーン・フィルのサウンドとは、現在のサウンドに較べてこんなにも暖かみがあったのかという発見があった。SP時代の録音は、場合によってはオーケストラの音が全体として鳴り響くために、内声部の音が聴き取れないという録音もあるが、今回のリマスターによって、その内声部の音も聴き取れ、SP時代の録音技師たちの素晴らしさや熱量が感じ取れるはずだ。リマスタリングの過程で、細かなノイズのひとつひとつを取り除いたそうで、これまで以上に聴きやすいだろう。オリジナルのSPを聴く時に5分ごとに盤をひっくり返して再生をするという手間を考えると、音楽そのものに集中できる仕様である。

 こうした録音の存在を知ることで、かつての音楽の演奏スタイルはどんな感じだったのか、そしてそれぞれの演奏家の個性とはどういうものだったのかが分かりやすくなるはず。それは現在の均質化した演奏とはかなり違っていたと思う。まだまだ<お宝録音>がたくさんあり、それらを順次、CD化して発売して行く計画だそうで、オールド・ファンだけでなく若い音楽ファンにも聴いてほしいシリーズとなる。名前だけしか知らない伝説上の名匠の音は、こんな風に響いていたのか、と新たな発見をすることが出来るし、それによって、演奏されている音楽自体のイメージも変わって聴こえて来るはず。デジタル音源だけで生きてきた若い世代にとっては、アナログ音源の魅力を初めて知るのに絶好な、一度、手に取って欲しいシリーズとなるだろう。今後のリリースにも期待しよう。