〈聴くこと〉が未来を変える。マリア・シュナイダーの新作EP『American Crow』と、9年ぶりのオーケストラとの来日公演

 今年2月、2020年以来の新作EP『American Crow』をリリースしたマリア・シュナイダー。その音楽は、現代アメリカ社会の危機に警鐘を鳴らしている。8月には、9年ぶりに自らのオーケストラを率いて来日し、ブルーノート東京で5日間、大阪、高崎でコンサートを催す。来日直前の彼女に新作に込めた想いと、日本公演への抱負を訊く。

MARIA SCHNEIDER 『American Crow』 ArtistShare(2026)

 『American Crow』のアルバム・アートワークは前作の『Data Lords』を手がけた同郷のアーティスト、アーロン・ホーキーの細密画と、分厚い紙にミシンの縫い目を施した凝った作りだ。「アルバム・カバーでは、カラスたちが足を鎖に繋がれ、ワイヤーにつながり一方的に情報を送られる目が遮蔽されたヘルメットを被り、叫んでいるイラストです。バックグランドの地平線には炎が燃え盛って危機が迫っています。カラスは賢く、強い絆に結ばれたコミュニティを形成し、互いに助け合いながら暮らしています。カラスを今のアメリカの人々になぞらえ、インターネットを通じて流れ込む偏った情報によって怒りが増幅され、迫り来る危機にも気づかないままに翻弄される姿を描いています。また今回初めて作ったミュージック・ヴィデオ(MV)のオープニングで、崩壊していく古き良きアメリカの象徴としての米国旗の糸が解けてバラバラになる映像を挿入しました。私たちは、かつての世界に戻ることができるのでしょうか?という疑問を象徴して、ミシンの縫い目を、アルバムに施しました」と、マリアはアート・ワークのコンセプトを、詳細に解説してくれた。

 マリア・シュナイダーは、“American Crow”で、初めてMVを制作した。ヴィデオは、レコーディング・スタジオでのオーケストラの演奏と、象徴的な映像で構成されている。「演奏シーンを見せるだけではなく、音楽のメッセージを正しく伝えることを目指して制作しましたが、その両立は大きな挑戦でした。マイク・ロドリゲス(トランペット)の素晴らしいソロを通じて、〈互いに耳を傾けること〉というテーマを表現したかったのです。アルバム・インナーには、対話の重要性を説いた古今東西の多くの引用を載せました。最初のセクションでは、マイクとアンサンブルが対立しせめぎ合いが繰り広げられる。社会の中で皆が声だかに、自己主張ばかりしているような感じにしたかったのです。その後に、アンサンブルがフレーズを演奏し、マイクがそれに応える。対話のような構造を作りました。〈お互いを聴いて反応し、より良い音楽にする〉という概念こそ、ジャズの本質であり、ひいては民主主義の本質だと思います」と、マリアは“American Crow”に込めた、熱い思いを語る。ヴィデオでは、モノクロからカラー、そして再びモノクロへと移り変わるスタジオ演奏の映像と、カラスの群れを象徴的に用いたシーンによって、現実と幻想が交錯する世界が描かれる。「カラスは、人間のコミュニティの象徴です。その群れがバラバラになっていく様子は、分断と崩壊の危機にある現代アメリカ社会を表しています。また中間部に挿入される1960年代ごろの、家族で海水浴をする様子や、子供たちがサッカーで戯れる牧歌的な風景は、かつて人々が互いをいたわり、円滑なコミュニケーションが成り立っていた時代を表現しています。後半では、それまでに登場した映像が逆再生され、時間を巻き戻すかのように再び登場します。それは、〈人々が互いに耳を傾けていた時代に、私たちは戻ることができるだろうか〉という問いかけを表現しています。音楽では、マイクとアンサンブルの協調が崩れ、皆が叫んでいて、大きなノイズの塊になっていく。そこに、ジェフ・マイルスのギターのメロディが入り、マイクが応える。そこに“私たちはあの頃に戻れるだろうか”という問いかけを表現したかったのです」。

 

 CDには、2020年の『Data Lords』に収録された“A World Lost”の再演と、カラスの声のフィールド録音、そして“American Crow”の別テイクが収録されている。「『American Crow』は当初、LPでリリースする計画でした。なのでB面を構成する対になる曲を考えたときに、“A World Lost”を選んだのです。前作ではピアノのイントロで、リッチ・ペリーとベン・モンダーをフィーチャーしました。新しいヴァージョンでは新加入のジュリアン・ラブローのアコーディオンがイントロを奏で、同じく新加入のジェフ・マイルスをフィーチャーしました。やや短めですが、楽しいアレンジになっています。その後アルバムは、LPではなくCDのEPでリリースすることになり、もう1曲入れる必要性が出てきたので、とても気に入っていた“American Crow”の別テイクを採用しました。そのテイクの前にカラスの声を入れました。このカラスたちは、お互いを聴き合って反応しています。それが突然、一斉に鳴き始める。それはまさに集団の意識のようで、そこから音楽が始まるように構成しました」。8月の日本公演では、1日のうち1回は“American Crow”を演奏する予定だそうだ。マイク・ロドリゲスは、毎回異なったアプローチを聴かせてくれるという。どのようなヴァージョンが聴けるのか、期待が高まる。

 自らのオーケストラを伴った9年ぶりの来日公演について、マリアに語った。「大阪のセットリストは、決めました。大阪では、学生の皆様と私のオーケストラのメンバーが、一緒に演奏をするクリニックも行います。日本の学生の皆様のレベルは高く、楽しみです。ブルーノート東京では、セットごとに異なるアルバムのレパートリーを取り上げ、何度来ても楽しんでいただけるようにします。最終日に素晴らしい音響の高崎芸術劇場で演奏するのは、大きな喜びです。観客の皆様と、特別な時間を共有できると思います。新たなメンバーとして、ジェフ・マイルスと、ジュリアン・ラブローが加わりました。ジェフは新しいアプローチを、オーケストラにもたらし、素晴らしい変化を起こしてくれました。2020年末に、長年のレギュラーだったフランク・キンボロウが亡くなり、アコーディオンのゲイリー・ヴェルサーチがピアノにシフトしました。フランス出身のジュリアンは、アコーディオンをメインにプレイするアーティストです。とても美しい演奏を聴かせてくれる、今のオーケストラにとって重要な存在です。きっと彼の演奏を、気に入っていただけると思います。オーケストラのメンバーは、日本で演奏するのに特別な喜びを感じています。日本のオーディエンスの皆様からは、いつも大きな力をいただいています。皆様の前で演奏できるのを楽しみにしております」。

 


LIVE INFORMATION
MARIA SCHNEIDER ORCHESTRA

2026年8月2日(日)大阪・森ノ宮ピロティホール
開場/開演:16:00/17:00
https://www.eight-islands.com/maria-schneider-osaka-2026

2026年8月4日(火)ブルーノート東京
開場/開演:1st:17:00/18:00
開場/開演:2nd:19:45/20:30

2026年8月5日(水)ブルーノート東京
開場/開演:1st:17:00/18:00
開場/開演:2nd:19:45/20:30

2026年8月6日(木)ブルーノート東京
開場/開演:1st:17:00/18:00
開場/開演:2nd:19:45/20:30

2026年8月7日(金)ブルーノート東京
開場/開演:1st:17:00/18:00
開場/開演:2nd:19:45/20:30

2026年8月8日(土)ブルーノート東京
開場/開演:1st:15:30/16:30
開場/開演:2nd:18:30/19:30
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/maria-schneider/

2026年8月9日(日)高崎芸術劇場 大劇場
開場/開演:16:15/17:00
https://www.takasaki-foundation.or.jp/theatre/concert_detail.php?key=2243