坂本龍一における、時間の解体、時間の否定、そして未来
1984年に坂本龍一は、映像作品「Tokyo Melody」(エリザベス・レナード監督)の中で、音楽というものが、いままではふつう始まりから終わりまで順を追って作られてきたが、現在ではどこか途中から作り始めて、次に全然違うところを作り、一曲というものが別々に作られた部分をつなぎ合わせて作ることが可能になっていると言う。それは、「時間というものが線的なリニアな一方向の時間ではなくてバラバラに分断された時間のかたまり」としてあり、それをあとでどのように組み合わせてもいい、解体された時間の再構成の方法であろう。

フランスのテレビ番組のために制作された「Tokyo Melody」は、坂本龍一と東京という都市を記録した映像作品であり、1984年という時代とその文化のドキュメントでもある。その中で、ソロアルバム『音楽図鑑』の制作中の坂本がフェアライトCMIを操作しながら、サンプリングや音声の波形を加工が可能なことなどが説明される。『音楽図鑑』は、音楽の「自動筆記」と本人が言うように、さまざまな音楽の断片や音が最終的に再構成された作品であり、坂本の音楽や時間についての考え方や制作の方法論が実践されている。

坂本と高谷史郎(ダムタイプ)による舞台作品「TIME」は、2017年より構想され、4年ほどの制作期間をへて、2021年にオランダ・アムステルダムで初演された。作品について坂本は、「パフォーマンスとインスタレーションの境目なく存在するような舞台芸術を作ろうと考え、『TIME』というタイトルを掲げ、あえて時間の否定に挑戦」したものだと言う。それは、坂本の置かれた状況を考えるならば、いくつもの意味を汲み取らせずにはいないだろう。雨音だけが聴こえる、しかし静謐な空間に、闇と光と水の反射、そしてさまざまな時間と夢と現実のあわいを表現する高谷の映像が映し出される中、田中泯、宮田まゆみ、石原淋の三人が演じる。夏目漱石「夢十夜」(第一夜)、「邯鄲(かんたん)」、「胡蝶の夢」の物語を引用したテキストとともに、百年という時間を待ち続け、一瞬の夢によって一生を生き、現実がまるで夢であるかのように儚いものであることが語られる。坂本の音楽は、音楽が時間とともに進行するものである、ということに抗うかのように空間に漂い、笙の音は立ち上るように垂直的時間を表す。
日本でも、坂本の逝去からちょうど一年となる2024年3月28日に、東京・新国立劇場で初演された。のちには、東京都現代美術館での展覧会〈坂本龍一|音を視る 時を聴く〉でも、映像インスタレーション版が展示上演され、さらに展覧会は国外にも巡回している。 舞台装置がすでにインスタレーションであることが、「パフォーマンスとインスタレーションの境目」のない作品のあり方を表している。それは展示された映像版とも異なるものである。それゆえ、舞台の記録としての映像が、もうひとつの作品の様態となりえる。
1984年と2024年という40年をへだてた、このふたつの映像作品には、しかし坂本龍一というアーティストがいかにその時代に対峙してきたかが表れている。かつて坂本は、政治の季節はとっくに過ぎ去ってしまい、文化的な主流といったものを喪失してしまったと語った。晩年の坂本は時間を遡行するかのように、もういちどそれらを回復するように活動を展開していった。その後、さらにサンプリング技術を駆使して制作されたシングル“G.T.”も再発される。その時坂本は〈未来派〉を標榜していた。