ジョビンの自宅でジョビンのピアノを使ってレコーディング。
2026年最新リマスターで発売決定!!

 随分昔のこと。あるジャズピアニストが「ジョビンの曲とかボサノヴァはギターの音楽、だからピアノであの音楽の雰囲気を出すのは難しい」とこぼした。しばらく、その一言はまるで呪いのようにその後しばらく私のブラジル音楽の印象を支配した。事実、よく知られた60年代のジョビン関連のアルバムから聞こえていた音楽はもっぱらボサノヴァとラベルが貼られ、アンサンブルの中心にはギターがあった。ブラジル音楽のサウダージはギターが醸すものという印象は一面真理に思えた。

 70年代になってようやくクラウス・オーガマンの重厚なオーケストレーションに包まれたジョビンの音楽が聞こえてくる。それはまるでラヴェルの“シェヘラザード”のような、作曲家ジョビンがブラジルを物語る夢のような管弦楽だった。以降、ジョビンが1994年12月に亡くなるまでの間、ライヴも含め数多くの録音が残された。最後の録音であり、ジョビンの自宅で制作されて没後発売された『イネーヂト』は、彼に息づく西洋音楽のブラジル音楽への影響を彼らしい手法で記録したアルバムだった。2000年にリリースされた『Tom Canta Vinicius』でも、ボサノヴァの持つあの親密な空気感が室内楽の濃密な空間に置き換えられてジョビン独自のサウンドを響かせた。

 2001年、MORELENBAUM2/SAKAMOTO『CASA』がリリースされた時、ジョビンの音楽の輪郭がピアノ、チェロと声によって明確に提示され、ジョビンの音楽のもつユニヴァーサルな価値が明らかになったと感じた。あらゆる音楽を演奏し楽しむチェロのジャキス、声のパウラ・モレレンバウムとピアノの坂本龍一だからこそ感じとれるジョビンの音楽に染み込んだ様々な音楽に流れる血や景色を交換し合った結果だった。この三人がいなければジョビンの音楽はこんな風に響くことはなかっただろう。

Morelenbaum2/Sakamoto 『CASA-2026 Remaster-』 ワーナー(2026)

 2026年6月にリマスター盤が、海外盤のみに収録されていた2001年の赤坂でのライヴ音源“SAMBA DO AVIÃO (LIVE)”と“IMPROVISATION (LIVE)”の2曲をボーナストラックに加えてCDと2枚組LPセットでリリースされる。あらためてすでに高音質配信されているヴァージョンを視聴してみても、ピアノの音色、タッチ、チェロの音色やダイナミクスの微妙な変化が『CASA』の音楽の穏やかで静かな表情に色彩の変化を与えていることが聞こえるが、新たにリマスターされたCDの音が何を伝えてくるのか楽しみだ。

 解像度の上がった音源を聴いていると、以前には聞こえていなかったことが耳に入るようになる。例えばトラックごとのピアノの音色の違いだ。リリース時には全く気がつかなかったが、冒頭の“AS PRAIAS DESERTAS”と終盤の“O GRANDE AMOR”。後者にはなんだかツンとした硬質な響が混じっているようだし、逆に前者にはそれがまったく感じられない。2001年発売時のラティーナの取材記事(文・中原仁氏)によれば、教授がジャキスの案内で訪問した時、ジョビンの家には2台のピアノがあって、それぞれにショパンのプレリュードとドビュッシーの譜面が置かれていたという。しかし当時のプレスリリースや取材記事には、レコーディンングで2台のピアノが使われていたかどうかは記されていなかったと思う。さらにジョビンが自宅で録音した『イネーヂト』でも同じようなことが起きているように聞こえ、“O GRANDE AMOR”のピアノに近い音色が多くのトラックで聞こえる。整調、整音や調律の問題にすぎないのかもしれない。それにもはやあくまで個人の印象にすぎない。

 ジャキスはイギリスの音楽誌の取材で、ジョビンと教授の印象についてこんな風に話していた。「ジョビンと演奏していると芸術的な美しさと構造的なわかり易さを最大限に両立するには様々な表現手段を無駄なく使う必要があることが分かるようになる。坂本からは、息遣いについて、沈黙がいかに表情豊かな表現手段なのか、生きることってどういうことかをどんな風に音楽が物語っているかを教わった」。

 教授があの時、ジョビンのピアノを沈黙から目覚めさせてボサノヴァが忘れていたブラジルの音楽を息づかせた。〈芸術は長く、人生は短い〉ということか……。