世界に影響を与え続ける〈ブラジルの声〉とミナス派とは?
映画「ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー」公開を機にもう一度ミルトンを考える

 ブラジルには様々なジャンルの音楽が存在する。日本で誰もが思い浮かべるのはまずサンバで、次にボサノヴァだろう。そして「次は?」となるとこれがなかなか難しいのだが、MPB(エミペーベー)ではないだろうか。ポルトガル語〈Musica Popular Braseleira〉の略称で、60年代後半に萌芽を見せ現在に至る、ボサノヴァ以降のブラジルの“今”を表現する大衆音楽のことだ。音楽的には既存のブラジル音楽に、ビートルズをはじめとするロックのリズムやポップスの空気感を取り込み、さらにジャズ/フュージョンやフォルクローレ、レゲエなど様々なジャンルまで融合したもので、そのバランスのサジ加減でアーティストごとの特徴が見えてくる。このMPBの中で最も偉大な功績を残した一人が、ミルトン・ナシメントだ。

MILTON NASCIMENTO 『Courage』 Ojo De Mujer/ユニバーサル(1969)

WAYNE SHORTER, MILTON NASCIMENTO 『Native Dancer』 Columbia/ソニー(1975)

 ナシメントは、ブラジル内陸部に位置するミナス・ジェライス州の音楽好きコミュニティ〈クルビ・ダ・エスキーナ=街角クラブ〉の中心人物だが、60年代中頃に参加した国際音楽祭をきっかけに、その後盟友となるハービー・ハンコックも参加したアメリカ録音の『コーリッジ』(69)をリリース、それが彼の名を世界に知らしめたウェイン・ショーターとの共演盤『ネイティヴ・ダンサー』(74)にも繋がる。

 ブラジルでは『トラヴェシア』(67)でデビュー。その後ロー・ボルジェスとの共同名義でMPBの金字塔『クルビ・ダ・エスキーナ』(72)を発表。街角クラブの仲間はミナス派とも呼ばれ、ブラジル音楽界に大きな影響を与える存在になって行く。ミナス派はMPBの中でもより内省的で、大自然を感じさせる土着的で変拍子も含むリズムと、宇宙的な広がりと浮遊感のある複雑なハーモニーとコード進行が融合したサウンドが特徴だ(プログレッシブロックの影響も)。そこにナシメントが〈ブラジルの声〉、〈神の声〉とも言われるファルセット・ボイスで叙情的なメロディーを歌えば、それはもう悶絶するしかないだろう。

MILTON NASCIMENTO, ESPERANZA SPALDING 『Milton + esperanza』 Concord/ユニバーサル(2024)

 その後もナシメントは『ミラグリ・ドス・ペイシェス』(73)や、対となる『ミナス』(75)と『ジェライス』(76)など次々と傑作を生み出し、長きに渡りブラジル音楽界を牽引する存在であり続けたが、90年代の深刻な糖尿病を経て、2022年にはライブ活動からの引退を表明した。しかしナシメントの遺伝子を受け継ぎ進化させた、新世代ミナス派と呼ばれる多くの才能が既に現れている。例えば現代ジャズのアプローチが特徴のアントニオ・ロウレイロや、ナシメントの最後のツアーにも参加したゼー・イバーハ。さらにカルロス・アギーレやアカ・セカ・トリオなどのアルゼンチンのコンテンポラリー・フォルクローレ周辺にも、明らかなミナス派の影響が見られる。彼らは日本でも人気が高く、来日公演も行っている。そしてなんと2024年にはエスペランサ・スポルディングとナシメントとの夢のコラボ作品『ミルトン+エスペランサ』がリリースされ、タイニー・デスク・コンサートではエスペランサやシャバカ・ハッチングス、ギンガらの演奏で、ナシメントも感動的な歌を聴かせてくれた。

 最後にナシメントをもっと知りたければ、7月3日(金)公開の映画「ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー」をお勧めする。〈ビトゥーカ〉はナシメントの愛称で、ライブ引退表明から故郷にして街角クラブが生まれたベロオリゾンチでのツアー最終公演までを追ったドキュメンタリーだ。彼の生涯が描かれ、彼を敬愛する世界中の錚々たる音楽家と文化人も熱いメッセージを寄せている。

 


MOVIE INFORMATION
映画「ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー」

©GULLANE ENTRETENIM ENTO S. A / ReallyLikeFilms + Palmyra Moon

監督:フラヴィア・モラエス

■豪華な出演者(抜粋)
世界的アイコン/ジャズ・ポップスの巨匠:ポール・サイモン(Paul Simon)/クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)/スパイク・リー(Spike Lee)/ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)/ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)/パット・メセニー(Pat Metheny)/エスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)

ブラジル音楽(MPB)のレジェンド/重鎮:カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)/ジルベルト・ジル(Gilberto Gil)/シコ・ブアルキ(Chico Buarque)/セルジオ・メンデス(Sergio Mendes)/エリス・レジーナ(Elis Regina)/ジャヴァン(Djavan)/イヴァン・リンス(Ivan Lins)/ジョアン・ボスコ(João Bosco) シモーネ(Simone)

配給:リアリーライクフィルムズ/パルミラムーン
(2025年|ブラジル|115分)
総合監修:中原仁
2026年7月3日(金)公開決定!
恵比寿ガーデンシネマ、アップリンク吉祥寺、テアトル梅田ほかにて全国順次公開!
https://www.reallylikefilms.com/bituca