ドイツのインディペンデント・レーベルであるヘンスラー・クラシックは日本でもかなりその名前が浸透して来ていると思う。特にサー・ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団の録音シリーズは注目を集めて来た。また、ドイツの宗教音楽の巨匠のひとりであるヘルムート・リリングが監修に加わった「バッハ大全集」(2010年リリース)はCD172枚組で、新バッハ全集の楽譜(ベーレンライター社)によるバッハ作品の完全な全集として話題を呼んだ。現在フランソワ=グザヴィエ・ロトが率いている南西ドイツ放送交響楽団もヘンスラーと協力して録音をリリースしており、ロトの前任者であるシルヴァン・カンブルランの録音も、日本の聴衆にはお馴染みかもしれない。

【参考音源】フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮、南西ドイツ放送交響楽団の演奏による2014年作
『リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」/交響的幻想曲op.16』

 

 そのヘンスラーのセールス&マーケティング担当者であるウルリケ・レーマンさんが来日して、主に2015年にリリース予定のラインナップをいろいろと紹介してくれた。

 「まず大きなニュースとしては、ヴァイオリニストのフランク・ペーター・ツィンマーマンが私たちのレーベルに加わってくれました。彼のような素晴らしい演奏家が、大手以外のレーベルで録音をするということは珍しいことだと思います。まず2015年の2月にモーツァルトのヴァイオリン協奏曲の第1弾(第3、4番など)をリリースします」

 共演するのは、バイエルン放送室内管弦楽団、指揮はバイエルン放送響のコンサートマスターでもあるラドスラフ・スルクである。

 「シュトゥットガルト放送響と南西ドイツ放送響との録音シリーズも継続中で、ノリントンの新譜としては5月に『ドイツ・レクイエム』をリリースする予定です」とレーマンさん。インディペンデント・レーベルとはいえ、なかなか豪華な顔ぶれとなっているのがヘンスラーの特徴だろう。

 「一方で、若手の演奏家に対しても継続的な録音をサポートするなど、若い世代を育てるための協力も行っています。これまでの録音では、チェロのヨハネス・モーザーを日本の皆さんにも紹介してきましたが、2015年はフローラン・ウーリヒ(1974~)をプッシュしたいと考えています。彼はすでにヘンスラーに数多くの録音を残していますが、2015年3月にはシューマンの『ダヴィッド同盟集』などを収録した録音をリリースします。期待のピアニストなので、ぜひ聴いて頂きたいと思います」

【参考音源】フローリアン・ウーリヒの2014年作『ラヴェル:ピアノ独奏曲全集』

 

 さて、ヘンスラーと言えば現役の演奏家だけでなく、様々なアーカイブからの録音リリースも注目されてきた。

 「特にシュヴェツィンゲン音楽祭の膨大なアーカイブが南西ドイツ放送局に残されています。これらはかなり貴重なもので、その中からさらに厳選された録音をリリースしています。その際には、ドイツ以外の国でどんな演奏家が求められているのかを知る必要もあるので、こうして各地を訪問して、その国のディストリビューターの方々と意見交換をする必要があると思います。例えば、ヴァイオリンのヨハンナ・マルツィの録音に関しては、日本で彼女に対して関心が高いということを聞いたので、マルツィの遺産を探し、リリースしました。こうした協力関係が重要ですね。シュヴェツィンゲン音楽祭に限らず、放送局に残されたアーカイブはかなりたくさんあります。スタジオ録音も含めて、膨大です。2015年には、ラ・サール弦楽四重奏団ヘンリク・シェリングジーナ・バッカウアーイヴリー・ギトリスなどの録音もリリースされます」

 日本でどんな録音が求められているのかについては、ヘンスラーとしてもかなり関心を持っていて、例えば合唱、吹奏楽など、学校の活動の中で参加人口の多いジャンルに注目しているという。

 「合唱の録音に関しては、世界的な合唱大会のライヴ録音を毎年リリースしています。その水準はとても高く、ヨーロッパではとても注目されているイヴェントで、CDのセールスもかなり好調です」

 とレーマンさん。その他でも様々な新しい取り組みを行っているという。

 「例えば、2015年の2月にリリースする『Once in a Blue Moon』というアルバムは、クラシックとジャズの接点を探るような面白いアルバムとなっています。チェロ、ピアノ、打楽器という構成でエネスクバルトーク、ジャズのスタンダード・ナンバーなどが収録されています。ちょっと気分を変えたいような時にぴったりのアルバムになると思いますよ」

【参考音源】ヨハネス・モーザーの2014年作『ショパン:チェロ・ソナタト短調/ピアノ三重奏曲 ト短調』

 

 ヘンスラーの魅力は、シュトゥットガルトを中心とした地域の放送局、音楽団体との深い結びつきだが、ちょっと気になる事もある。2016年にシュトゥットガルト放送交響楽団と南西ドイツ放送交響楽団が合併するという点である。それに関しては同席していたヘンスラーの広報の前任者であるマイヤー=エラー氏が答えてくれた。

 「2012年にその合併が発表された訳ですが、その具体的なスケジュールに関しては、まだよく分かっていません。そして音楽監督がどうなるのかも重要ですが、それも決定していません。おそらく2015年には様々なことが動き出すと思いますが、ヘンスラーとしては、2つの団体と協力して行って来た録音活動は継続して行きたいと考えています」

 ということだった。いずれにしても、少人数で毎年40~50の新譜をリリースしているヘンスラーの活動には注目していきたい。