初のフル・オーケストラとの共演は、20周年を迎える横須賀芸術劇場で
2月8日、玉置浩二は、横須賀芸術劇場の舞台に立った。ロック&ポップ系シンガーとオーケストラとの共演で好評を得ているシリーズ「billboard classics プレミアム・シンフォニック・コンサート」に初めて出演する、その初日である。会場は、馬蹄形のオペラ仕様の趣あるコンサート・ホール。大友直人指揮による東京フィルハーモニー交響楽団が演奏する《序曲》に続いて、ダンディなスーツで登場する。
玉置浩二がフル・オーケストラとの共演でコンサートを行うのは初めて。ライヴにしても、レコーディングにしても、当日に至るまでのプロセスを大切にし、緻密に準備を重ねるアーティスト、という評判を共演経験のある人から聞いている。事前に読んだ大友直人さんとの対談では「オーケストラ・アレンジのデモに合わせて歌っていると、自分自身が感動して泣いてしまう」と語っている。その興奮をコンサートでどう見せてくれるのか。
大友直人さんは、指揮者であると同時に「プレミアム・シンフォニック・コンサート」シリーズの音楽監修も務めている。その彼が前述の対談で、「敢えてドラムやベースなどのリズム隊を外しているので、ポップス系シンガーの方は、まずそこに不安を感じるようです」と語っているように、彼にとって当然の存在であるバンドはいない。異種の他流試合にひとりで臨むような状態である。
プログラム一部の1曲目は、85年のヒット曲《悲しみにさよなら》、流麗なストリングスに導かれるようにして静かに歌い始める。キャリア30年以上を誇り、誰もが認める実力派のただならぬ緊張感が客席からもわかり、驚くと同時に、そこから音楽に対する彼の真摯な思いが伝わってくる。名曲であらためて感じるのは普遍的なメロディの美しさであり、ストーリーテリングなヴォーカルの存在感であり、同時にリズムのない難しさだ。何十年と歌ってきた自作曲のリズム、ポップスのリズムは、体に染みついているもの。それがない怖さは、例えるなら、灯台のない闇夜の真っ暗な海に漕ぎ出すようなものかもしれない。曲のアウトロで、オーケストラの演奏が静かに静かにフェイドアウトしていくなかで、《悲しみにさよなら》とシアトリカルに歌う。年齢的に成熟した今だから歌える《悲しみにさよなら》。
前半は、安全地帯のヒット曲で構成。選曲は自身で行っているが、そのなかで少し意外だったのは、初期の代表曲《ワインレッドの心》を《じれったい》と《熱視線》のメドレーにしたこと。他には《碧い瞳のエリス》、《恋の予感》、《Friend》を歌う。これらの歌を通して強く感じたのは、オーケストラのアレンジが玉置浩二の歌を主役に引き立てるための伴奏にはなっていないこと。もっと言ってしまえば、双方が同じ位置に立ち、真っ向勝負をしながら、緻密に構築されたオーケストラのアレンジが56歳の彼に潜むまだ見ぬ可能性を引き出そうとしているようにさえ思える。そのなかでヴァイオリン、コントラバスなどのストリングスがリズムを奏で、ドラマティックに展開していく《恋の予感》で見事な一体感が生まれ、ピアノの伴奏で歌い始めた《Friend》でエネルギッシュな熱唱が爆発し、最後に彼の涙が見えたように感じた。
これはすごいチャレンジ。対談で語っていた「この企画をいただいた時に“今の場所で甘んじていていいのか? この高みまで来ないか?”というメッセージをもらったような気がして」という言葉が思い出された。オーケストラのアレンジは、若手を含む4人の編曲者が担当しているが、本人から何かリクエストされたことも、やり直しを依頼されたこともなかったそうだ。表現は違うかもしれないが、提案されたものに真っ白な気持ちの自分、裸の自分を乗せて、彼らの色に染まろうとしたのだろう。その気迫から生まれるエモーショナルな熱唱に胸が熱くなる。
一部は、安全地帯の曲、二部は、ソロの代表曲で構成されたプログラム
20分の休憩の間、余韻に浸りながら、驚くほど言葉が途切れ途切れになり、うまく話せなかったMCを思い出して微笑ましい気持ちになる。ポップ系コンサートではMCの楽しさも観客に期待されるので、絶対にいつもは笑いで会場が湧きあがるようなおしゃべりをしているはず。それなのに観客が少し戸惑うほどの緊張感が漂うMC。でも、潔いのは曲間に自分の緊張を誤魔化すような不必要な言葉を挟まないこと。MCがないことで、コンサートに美しい流れが生まれている。
プログラムの二部は、ソロの代表曲を集めた編成。東京フィルハーモニー交響楽団の演奏によるブラームス《ハンガリー舞曲第一番》に続いて、少し緊張が解れた表情の玉置浩二が登場する。若手の編曲者による《あこがれ》から始まり、《ロマン》、《GOLD》、《それ以外に何がある》と続く。ストリングスを中心にハープ、ピアノ、管楽器が優美な音色を奏で、そのサウンドをとらえて、気持ちよさそうな熱唱が会場を包む。
いつもとは異なるスタイルのコンサートに緊張気味だったのは観客も同じかもしれない。叫ぶことはできないが、その分大きな拍手の渦が1曲ごとに倍増するように起きる。それが頂点に達したのが《サーチライト》、《MR.LONELY》、《メロディー》のメドレーだった。間をうまく使ったアレンジもよく、3曲それぞれが持つストーリーのイマジネーションを膨らませるのに十分効果的だった。
二部の最後を飾ったのは《コール》。鳴り止まぬ拍手で、アンコールは、1996年のヒット曲《田園》。これはいつものコンサートでお約束なのだろう、イントロで手拍子が自然に湧き起こり、会場の空気が一変する。観客は、自分達が参加したいのだ。クラシックの常識からすると、歌と演奏に手拍子を合わせることはないけれど、オペラにだって観客が手拍子する演目があったりする。今後、このシリーズで観客が手拍子で、ポップ系コンサートと同じような一体感を味わえるようになったら、すごく素敵かもしれない。
最後にはア・カペラも! 6月まで続くツアーの進化系に期待!
アンコールの2曲目、《夏の終りのハーモニー》を最初ア・カペラで、しかもマイクを使わずに歌い始める。声量たっぷりの玉置浩二の肉声が会場の隅々にまで届く。マイクを通さない肉声特有の剥き出しの素顔の親密感と神秘性、この相反する2つの感覚が組み合わさるから、心を揺さぶられるのだ。最後にまたア・カペラで締めくくり、会場はスタンディングオベーションで、いつまでも大きな拍手が鳴りやまない。不慣れな感じでカーテンコールに応じつつ、両手を何度も何度も胸の前で強く握りしめて、歓びを表現していた。
「billboard classics プレミアム・シンフォニック・コンサート2015」は、横須賀芸術劇場を皮切りに6月8日まで続くが、開催地によって組む指揮者とオーケストラが交替されていく。関西地区の2公演、2月27日、西宮・兵庫県立芸術文化センター、3月8日、大阪・フェスティバルホールでは柳澤寿男が指揮を執り、京都フィルハーモニー室内合奏団を中心に特別編成されたビルボードクラシックスオーケストラが演奏。3月11、12日の東京文化会館大ホールでは柳澤寿男の指揮で、再び東京フィルハーモニー交響楽団と共演する。3月26日の福岡シンフォニーホールは、山下一史指揮で、地元の九州交響楽団と組み、4月30日の札幌・ニトリ文化ホールでは札幌交響楽団を福岡公演に続いて山下一史が指揮する。最後の3公演は、東京で開催される。5月29、30日、東京文化会館大ホールで、2012年まで同会館の初代音楽監督を務めた大友直人が再びタクトを振り、日本フィルハーモニー交響楽団が演奏する。そして、フィナーレを飾るのは6月8日のサントリーホール。“世界一美しい響きを目指す”クラシック音楽の殿堂である同会場で、玉置浩二が自身の歌声をどう響かせるのか。ここで再び彼の肉声を聴いてみたいと思う。
玉置浩二の「billboard classics プレミアム・シンフォニック・コンサート2015」は、一心に高みを求めるアーティストの姿と、彼の音楽への深き愛にたっぷり浸れるコンサート。きっと新しい経験が出来るはずだ。
LIVE INFORMATION
billboard CLASSICS
KOJI TAMAKI PREMIUM SYMPHONIC CONCERT
○2/27(金)19:00開演
西宮・兵庫県立芸術文化センター大ホール
○3/8(日) 17:00開演
大阪・フェスティバルホール
○3/11(水)12日(木)19:00開演
東京・東京文化会館大ホール
○3/26(木)19:00開演
福岡・福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)
○4/30(木)19:00開演
札幌・ニトリ文化ホール
○5/29(金)30(土)
東京・東京文化会館大ホール※
○6/8(月)
東京・サントリーホール※
※追加公演。詳細は後日発表いたします。
出演:玉置浩二
音楽監修:大友直人
指揮:大友直人(名古屋、東京5/29、5/30、6/8)山下一史(札幌、福岡)柳澤寿男(大阪・西宮・東京3/11、3/12)
管弦楽団 東京フィルハーモニー交響楽団(東京3/11、3/12、6/8)/セントラル愛知交響楽団(名古屋)/ビルボードクラシックスオーケストラ(西宮、大阪)/九州交響楽団(福岡)/札幌交響楽団(札幌)/日本フィルハーモニー交響楽団(東京5/29、5/30)
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