世界のトミタ、2枚のアルバムを同時発売!
今年83歳を迎える〈世界のトミタ〉こと冨田勲が、またしても驚くべきアルバムを作り上げた。1枚目は、『宇宙幻想』『バミューダ・トライアングル』『火の鳥』の3つの名盤から厳選されたトラックを新たに4チャンネル・サラウンド化してSACD収録し、さらにこれまで未発表だった秘蔵音源をステレオでCD収録した『SPACE FANTASY』である。
「今回のアルバムは、まずサラウンドの鑑賞を前提にして作りました。例えば“パシフィック231”の猪突猛進で走っていく機関車の精神力というか生命力、これなどは是非サラウンドで聴き直していただきたいんですよ。それから、アルバムとしての音楽性を踏まえ、曲の構成も以前とは大幅に変えています。『宇宙幻想』の時に入っていた“ツァラトストラはかく語りき”は、もはや映画やテレビで使われ過ぎですし、あの曲のオルガンの重低音にしても、当時流行していた(センサラウンド方式の)映画『大地震』の重低音をLPでどこまで再現出来るか、という側面が強かったんです。今どき重低音なんて珍しくありませんし、そこに音楽的な精神性は感じられない。ですから、今回は“ツァラトストラ”はカットし、代わりに“悲しきワルツ”のコーラスが宇宙の中に広がっていくという始まり方にしました。僕のサラウンドは、前後左右、4つのスピーカーのどちらを向いても音が聴こえてくる作りになっていますから、コーラスがどこか宇宙のかなたからきこえてくるような感じにきこえると思います。宇宙に〈正面〉はありませんからね。そんな宇宙の広がりから現れるシベリウスのコーラスが、次の“ワルキューレの騎行”に繋がっていくんです」
その“ワルキューレの騎行”が、冨田の意図する通りのサラウンドで収録されたことに深い感慨を覚えるファンも多いかもしれない。周知のように、『宇宙幻想』の制作と相前後する時期、冨田はフランシス・コッポラ監督から「地獄の黙示録」の音楽を依頼されていた。もし実現していれば、有名なヘリコプター襲撃の場面で流れる“ワルキューレの騎行”も、冨田が手がける予定になっていたのである。
「ヘリコプターの音がサラウンドで移動するイメージは、僕の“ワルキューレの騎行”にも確実にありますよ。いやあ、あの映画は本当にやりたかった。フィリピンのロケ地や、サンフランシスコのコッポラの事務所に何度か行ったんですよ。彼が言うには〈俺の映画をやれば、トミタは有名になるんだから、レコード会社は喜ぶはずだ〉と。コッポラという人は、この音楽が合うと思うと、それが100%実現可能だと思い込んじゃう。レコード会社も、当然自分に従うだろうと。『ゴッドファーザー』の世界的な監督が自信を持って言うんだから、こっちもその気になりますよね。それと、彼はサラウンドにものすごく拘っていたんです。当時のドルビーシステムのように、後方のチャンネルがモノラルになってしまう3・1方式のサラウンドではなく、新しいサラウンドをやりたいと議論していました。ところが、サントラ盤が(ドアーズが専属契約をしていた)ワーナーから出ることになって、当時の僕の専属だったRCAが〈他社から出すなんてとんでもない!〉と。その頃、僕の『惑星』がビルボード・チャートの上位に食い込んでいたので、レコード会社も鼻息が荒かったんですね。それで結局出来なかったんです。とにかく、『地獄の黙示録』をやっていたら、僕の人生観も変わっていたかもしれません」
冨田版“ワルキューレの騎行”を、仮に「地獄の黙示録」のための〈架空のサウンドトラック〉と呼ぶならば、『SPACE FANTASY』のDISC 2に収録された秘蔵音源は――“魔法使いの弟子”“くるみ割り人形”“田園”という曲目が端的に示しているように――まさにディズニー「ファンタジア」のための〈架空のサウンドトラック〉だ。80年代に冨田が制作したこのシンセサイザー音源は、それ自体でも音楽的に高い完成度を誇っているが、試しに「ファンタジア」のDVDやブルーレイを再生し、該当場面と見比べながら聴いてみると、リスナーは驚愕の事実に衝撃を受けるはず。つまり、全ての音が本編の画の動きとシンクロするように作られているのだ。
「当時のRCAの担当者が、冨田の感覚で『ファンタジア』のビデオを出したら面白いんじゃないかと、アイディアを出したんです。そこで僕が先走って作り始めたんですが、その企画には絶対の自信を持っていました。当時としては、かなり力を入れた仕事だったんです。ところが、いろいろな問題が出てきて〈進められなくなった〉という連絡があり、これから“花のワルツ”が盛り上がるぞ、というところで中断せざるを得なかったんです。もうひとつ残念なのは、マルチトラックで録音したマスターテープがクラッシュして、ワカメ状態になっちゃんたんですよ。幸い、2チャンネルのステレオは別に残してあったのですが、残念ながらサラウンドは作ることが出来なかったんです。こういうものは、連続して作らないとダメなんですよ。仮に続きを作ったとしても、付け足した部分から違和感が生じてしまいますので、下手に弄らず、そのまま収録することにしました」
ちなみに未完と言えば、巷間噂されている“春の祭典”――「ファンタジア」の曲目のひとつでもある――の冨田版はどうなったのだろうか。
「途中で挫折しました。あくまでも自分から止めたというだけで、楽譜出版社が横槍を入れたとか、そういうことは全くないです。生演奏の持つ強い力に勝てないというか、それに近い音までは出せますけど、やっぱり打ち込みで表現できる曲ではありません。凄い大曲ですよ。でも、レスピーギの“ローマ三部作”などは、まるで現代のミックスダウンを意識しているかのように楽譜が書かれているんです。あれをベートーヴェンやブラームスのようにドイツ風で演奏しても、真価は発揮されない。コントラバス奏者8人を舞台の上手側に固めてしまうと、重低音が右に寄ってしまうのですが、低音というのは家の土台のようなものですから、ヤジロベエのように真ん中に置かないとバランスが悪くなってしまう。ですから、まだ実現には至っていないですけど、いつか自分の考えで“ローマ三部作”をサラウンドでやってみたいと思っているんです」