尽きることのない進歩への渇望は人類をどこへ導いていくのか――透徹した美意識と漲る才気を融合してマーク・プリチャードとトム・ヨークが紡ぐ音世界は、この不穏なディストピアの空気を有機的に映し出す!
いままで来たことがない場所
昨年はザ・スマイルのアルバム2枚やソロでのサントラ『Confidenza』を届ける一方、レディオヘッドやアトムス・フォー・ピースの楽曲も交えたキャリア包括的なソロ・ツアー〈Everything〉の開催でも話題を呼んだトム・ヨーク。さまざまなプロジェクトを矢継ぎ早に繰り出す彼の次なるアクションへの端緒は、そのツアーで披露された新曲“Back In The Game”にあった。同曲を手掛けたマーク・プリチャードとのコラボレーションが、このたび連名でのアルバム『Tall Tales』に結実したのだ。

マーク・プリチャードといえば、奇しくもレディオヘッド『Pablo Honey』と同じ93年にリロード名義での初作『A Collection Of Short Stories』を発表して以来、複数の名義やプロジェクトを走らせながら30年以上も最前線で活躍してきた、現在オーストラリアを拠点とするUKエレクトロニック・ミュージックの重鎮である。トム・ミドルトンと組んだグローバル・コミュニケーション名義でのアンビエント大作『76:14』(94年)が特に名高いほか、テクノ/ハウスを入り口にしたサウンド・カラーはヒップホップからドラムンベース、グライム、ダブステップ、フットワークに至るまで先駆的にして多種多様。リミキサーとしてはエイフェックス・ツインやオーブ、スロウダイヴ、エイミー・ワインハウス、ボノボらも手掛けてきた。ディープ・メディやハイパーダブ、プラネット・ミューなどレーベルを跨いで多様なスタイルの作品を残し、その活動の広がりゆえに掴みどころのなさもあったが、2013年には別名義の使用をやめることを宣言し、以降は本名のみを用いてワープからコンスタントに作品を発表している。
両名の直接的な絡みはマークのソロ作『Under The Sun』(2016年)に収録された“Beautiful People”にトムが招かれて以来となるが、もともとマークは2011年にレディオヘッド“Bloom”を2つの名義でリミックスし、その後もトムのソロ曲“Not The News”(2019年)をリミックスした経歴があった。その延長線上にある今回のプロジェクトは、もともと2020年に始まっていたという。
「ロックダウン中にマークがアイデアの詰まった大量のMP3ファイルを送ってくれたんだ。素晴らしいものがたくさんあって、すぐにこれは〈いまやっていることを置いてでも取り組まなければ〉と思った。 ヘッドフォンをつけて、ヴォーカルや言葉、音を探しはじめた瞬間から、〈こんな場所に来たことはいままでなかった〉と強く感じた」(トム)。