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ジョデシィ20年ぶり新作『The Past, The Present, The Future』を機に振り返る、R&Bの新しい扉を開いた4人の足跡

【PEOPLE TREE】 ジョデシィ Pt.1

15年ぶりに誰が帰ってきたって? こっちは20年待ってたぜ! ストリートギアに身を包んだ4人のエモーショナルでソウルフルなヴォーカリゼーションは、表通りのカラフルな景色をナスティーな漆黒へと塗り替え、R&Bの新しい扉を開いた。革新者たちのエモーショナルなホットラインが結ばれて、世紀を跨いだスロウ・ジャムが鳴り響いたら、まるでジョデシィが帰ってきたみたいに叫べばいい。だから言っただろう、過去も現在も未来も永遠に愛し続けると……

 

 

 95年に『The Show, The After Party, The Hotel』を出したきり、ホテルにしけこんだまま出てくることがなかったジョデシィ――とんだ放蕩野郎たち、だったのか? 過日ディアンジェロが約15年ぶりに新作を発表して世を騒がせたが、ジョデシィはディアンジェロのデビューと入れ替わるように、この20年近くグループとして表舞台から姿を消していた。途中、新作発表がアナウンスされたり、DJクイックのアルバムへの登場などはあったものの、結局ジョデシィでの作品は出ず。彼らの元・後見人アンドレ・ハレルが送り出したアトランタの4人組、ハミルトン・パークがデビューEP(2011年)のジャケットでジョデシィの『Forever My Lady』にオマージュを捧げていたのを見た際には、もう彼らは過去の偉人として崇められるだけの存在で終わってしまうのか?と、そんな気持ちにもさせられたものだ。

 が、彼らは帰ってきた。過去だけじゃない、いま、そして未来だってあるとでも言いたげな新作『The Past, The Present, The Future』で。しかもアルバムを聴いてみれば、グループとしての休止期間などなかったかのように涼しい顔で熱い咆哮を放っている。まるで90年代からタイムスリップしてきたかのように。 

JODECI The Past, The Present, The Future Sphinx/Epic/ソニー(2015)

 

伝統的な歌声とヒップホップのマインド

 ノースキャロライナ州シャーロットを地元とするジョデシィは、K-Ciことセドリック・ヘイリー(69年生まれ)とジョジョことジョエル・ヘイリー(71年生まれ)、デヴァンテ・スウィングことドナルド・デグレイト(69年生まれ)とMrダルヴィンことダルヴィン・デグレイト(71年生まれ)という、2組の兄弟で結成。グループ名(JO-DE-CI)はジョジョとディヴァンテとK-Ciの名前を繋いだもので、ダルヴィンは後から加わったため名前が反映されていない。リード・ヴォーカルがヘイリー兄弟、サウンド・プロダクション担当がデグレイト兄弟で、全員ゴスペルをバックグラウンドに持つ。なかでもプリンスの大ファンだったディヴァンテは、16歳の時にミネアポリスのペイズリー・パークに赴き、毎日売り込みをかけていたほどプロ願望が強かった。

 結局ディヴァンテが殿下に認められることはなかったが、地元に戻った彼は、89年、29曲が入った3本のデモテープを持って他の3人と共にNYへ向かう(『VIBE』95年8月号より)。めざしたのは、MCA傘下でアンドレ・ハレルが主宰していたアップタウン。最初はまったく相手にされなかったが、たまたま曲を耳にしたヘヴィDが彼らをハレルに推薦し、契約を勝ち取った。するとディヴァンテがアルB・シュア!ジェフ・レッドの作品に楽曲制作で関わり、ヘイリー兄弟もファーザーMCの“Treat Them Like They Want To Be Treated”(90年)に客演。サントラへの参加を経て、91年、レーベルの先輩にあたるガイに倣ったようなニュー・ジャック・スウィング曲“Gotta Love”でデビューを飾る。

【参考動画】ジョデシィの91年のシングル“Gotta Love”

 

 やがて彼らは同年にモータウンから登場したボーイズIIメンと比較されることになるが、アイビールックに身を包んで品行方正な優等生を演じたボーイズIIメンとは対照的に、ジョデシィはヒップホップ的なファッションで初作『Forever My Lady』(91年)のジャケに写り、ストリートの悪ガキを気取った。そんな〈バッド・ボーイ〉なイメージを彼らに植え付けたのは、当時アップタウンでA&Rを務めていたパフ・ダディことショーン“パフィ”コムズ。むろん、そのイメージは音楽と直結していて、彼らの言葉を借りれば、〈マスにアピールするのがボーイズIIメン、黒人コミュニティーにアピールするのがジョデシィ〉だった。その違いは、万人を魅了した老舗のモータウン、ゲットーに住む黒人の若者を主な顧客とした新興のアップタウンという所属レーベルのカラーとも重なるものだっただろう。

【参考動画】ジョデシィの91年作『Forever My Lady』収録曲“Forever My Lady”

 

 ただし、彼らを有名にしたのは、アルバム表題曲の“Forever My Lady”をはじめ、“Stay”“Come & Talk To Me”という、連続でR&Bチャート1位を記録した3曲のスロウだ。荒々しい熱血シャウターのK-Ciとマイルドなジョジョのヴォーカルが際立つこれらは、10代初めから母親に半強制的にゴスペルを歌わされてきたというヘイリー兄弟のルーツを感じさせる正統派のR&Bバラード。そもそもグループの顔役であるK-Ciは、10代だった83~87年にリトル・セドリック&ヘイリー・シンガーズ名義でゴスペルのリーダー・アルバムを3枚出し、後にソロでボビー・ウーマックニュー・バースで知られる名曲をカヴァーしたほどソウルの伝統に忠実なシンガー(泥沼の恋愛劇を繰り広げたメアリーJ・ブライジからも〈現代のボビー・ウーマック〉と言われたほど)で、彼の感性はプリンス経由の革新的なサウンド・センスを持つディヴァンテとはある意味対照的だった。もっとも、そのディヴァンテも教会出身なのだが(だからこそアル・グリーンを手掛けたのだ)、ジョデシィは、そうしたゴスペルに基づくヴォーカル&ハーモニーとヒップホップ以降のサウンド&マインドを結びつけたところに新しさがあったのだ。

 

 

絶頂、そして活動休止

 〈スロウのジョデシィ〉というイメージは、『Uptown MTV Unplugged』(93年)で披露したスティーヴィー・ワンダー“Lately”のカヴァーが大ヒットしたことでも増長される。そして、セカンド・アルバム『Diary Of A Mad Band』(93年)から先行シングルになったのも、スロウ・バラードの“Cry For You”だった。アルバムのジャケで仁王立ちする彼らの〈腰パン〉な衣装は漁師の仕事着とされ、となると兄弟で闘いに挑む彼らはまるで鳥羽一郎“兄弟船”の世界そのものだが、漁師もとい黒人コミュニティーに訴えかける姿勢は、ファンクネスを秘めたロウなサウンドとメランコリックな曲調でK-Ciのヴォーカルを際立たせた楽曲からビンビンに伝わってきたものだ。制作/演奏面では、前作でのアルB・シュア!と入れ替わるように、当初はルックス担当とも言われたダルヴィンがディヴァンテのサポートを開始。まだ無名だったティンバランドや(当時シスタにいた)ミッシー・エリオットがラップで参加し、彼らをスウィング・モブというコレクティヴで囲い込んでいたディヴァンテは、この後、外部プロデューサーとしても手腕を発揮していく。

【参考動画】ジョデシィの93年のシングル“Cry For You”

 

 ただ、アップタウンがアルバムのプロモーションに力を入れなかったこともあり、サントラ『Murder Was The Case』(94年)収録の“Come Up To My Room”でドッグ・パウンドと共演した彼らは、やがてデス・ロウの総帥シュグ・ナイトと親密に。これが後の2パックとのコラボに繋がっていくのだが、こうしてサグなモードを強めていくなかで制作されたのが、Gファンク調の“Bring On Da Funk”を含むサード・アルバム『The Show, The After Party, The Hotel』(95年)だった。なかでも“Freak'n You”は90年代を代表するスロウ・ジャムとして語り継がれるほどの人気曲となるが、諸々の要因が重なってジョデシィは活動を休止してしまう。その後、ディヴァンテの弟子にあたるティンバランドがジニュワインアリーヤのプロデュースで成功を収めたことは多くの人が知るところだろう。

【参考動画】ジョデシィの95年作『The Show, The After Party, The Hotel』収録曲“Freak'n You”

 

 

 

一度も解散したことはない

 ジョデシィが活動を休止すると、それに代わるようにスタートしたのがヘイリー兄弟によるデュオ、K-Ci&ジョジョだ。野生的で襲い掛かるような声のK-Ciと、兄の激唱をクールダウンさせるようなジョジョの好対照なヴォーカルを売りとした彼らは、全米No.1ヒットとなった“All My Life”(97年)に代表される、よりソウル~ゴスペルのルーツを強調したオーセンティックなバラードを中心に歌っていく。2人が参加したマイルストーン“I Care 'Bout You”(97年)もそんな一曲だろう。一方のデグレイト兄弟は、ダルヴィンが2000年にソロ作『Met.A.Mor.Phic』を発表し、ディヴァンテもわずかながらプロデュースをこなしていた。その後、K-Ci&ジョジョの2000年作『X』で隠しトラック的にジョデシィとしての新曲“Slip And Fall”を披露。同作のインナーでも予告していたように新作を翌年に出す手はずを整えていたのだが……結局アルバムは未発表のうちに終わっている。また、K-Ci&ジョジョも2002年作『Emotional』の後は活動が停滞し、ジョジョは後にリアリティー番組で告白したようにアルコール中毒などで一時休養。その間、ソロで孤軍奮闘したK-Ciの口からはジョデシィ復活も間近と伝えられ、H・タウンの“Knockin' Your Heels”(2009年)に4人が客演したり、デグレイト兄弟をもうひとり加えた5人組で復活するという噂が飛び交うも、進展はなかった。

【参考動画】K-Ci&ジョジョの97年のシングル“All My Life”

 

 そうしたなか2013年に発表されたのが、K-Ci&ジョジョの11年ぶりとなるオリジナル作『My Brother's Keeper』だった。以前からK-Ciは「ジョデシィは一度も解散したことはないから〈再結成〉するんじゃないし、メンバーの活動はすべてジョデシィのプロジェクトの一環だ」と話していたが、いま思えば同作がジョデシィ復活の伏線でもあったのだろう。2014年11月の〈Soul Train Awards〉出演と合わせて発表したB.o.B客演の新曲“Nobody Wins”でファンを歓喜させた彼らは、2015年、ついにエピックから復活作『The Past, The Present, The Future』を発表。ディヴァンテの全面制作で、ティンバランドと再会して手掛けた“Those Things”では過去の名曲フレーズも織り込んでみせるなど、セルフ・オマージュを捧げたジャケからして復活の心意気を感じさせるアルバムは、ゴツゴツした感触も含めて徹頭徹尾ジョデシィ節となっている。が、この復活は、先行曲“Every Moment”を聴いても明らかなように、K-Ciがあの濃厚な激唱をキープしていたことも大きかったに違いない。

 思えばジョデシィの不在期はヴォーカル・グループが激減した時代でもあった。それだけに多くのフォロワーを生んだ彼らの復活は、今後のシーンに与える影響も含めて興味深い。4人が一体となったいま、90年代懐古とは違ったヴェクトルでブラック・ハーモニーの伝統を守りながらR&Bを革新していくことに期待したいものだ。  

 

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