シーンはこんなソウルフードを必要としている。オーガニックなライヴ・サウンドのフルコース、ロウで美味なる舌触り……彼女はいまも最高にテイスティーだ!!
単に生音になっただけ
抜け殻になった緑のウェディングドレスをぼんやりと眺める男に対し、女はもうそれについて語ることもない。ちょうど離婚が成立した年に前のアルバムをリリースしているから、実に4年ぶり。ケリスが待望の新作『Food』を携えて帰ってきた。しかも新たな根城はUKのニンジャ・チューンだ。ニンジャのフードといえばDJフードだが……なんて冗漫はともかく、プロデューサーにデイヴ・シーテック(TV・オン・ザ・レディオ)を迎えているあたりからも心機一転を感じさせる。
「だいぶ前からデイヴとは知り合いなの。ずっといい関係だし、だからとてもナチュラルな感じで始めたのよ。あんまりはっきり覚えてないけど……たぶん去年の頭くらいから作業しはじめたのかな……期間は3、4か月くらいだと思う」。

新進気鋭だった頃のネプチューンズと意気投合し、七色に染めたカーリーヘアを振り乱して歌う“Caught Out There”で鮮烈なデビューを果たしたのが99年。ネプチューンズとの関係は“Milkshake”の大ヒットを生んだサード・アルバム『Tasty』(2003年)まで続くも、結婚を挿んでの次作『Kelis Was Here』(2006年)では多様なクリエイターと手を組み、新たな代表曲としてバングラディッシュによる“Bossy”をヒットさせた。その後は同作にも参加していたウィル・アイ・アムのレーベルと契約し、2010年にはベナッシ兄弟やデヴィッド・ゲッタらと組んだ5作目『Flesh Tone』を発表している。
とはいえそうした変遷が驚きでないのは、もともと彼女が欧州で人気を博し、ディディの〈イビザ・アルバム〉用に作られた“Let's Get Ill”(2003年)やティモ・マース“Help Me”(2002年)、リチャードX“Finest Dreams”(2003年)といったダンス・トラックに早くからその歌を乞われてきたから。もちろん『Flesh Tone』の前後に残したベニー・ベナッシ“Spaceship”(2011年)やクルッカーズの“No Security”(2009年)、そしてカルヴィン・ハリスの全英ヒット“Bounce”(2011年)という成果もよく知られるところだ。
カルヴィン・ハリスの2012年作『18 Months』収録曲“Bounce”
今回の新作『Food』はサウンドの様相もオーガニックなバンド・アレンジのオーセンティックなものに一変、前作からの反動という印象を煽りたいのか、資料には〈これこそ本物の音楽よ!〉などともっともらしい言葉が並ぶものの、当のケリスは「単に生のアルバムだから前と違うってだけだと思う。どちらもその時々にやろうとしたことを反映したアルバムであることは同じだし」と語る。
偽りのないクリエイション
「自分自身を重複させることは絶対したくないし、自分がやってきたことのなかで、〈前と同じ〉っていうものはなかったと思う。『Flesh Tone』を作った時はいまほどダンス・ミュージックが人気じゃなかったし、それも自分にとっては、前とは少し違う方向へ向かうというだけの行為だった。でも、共通して言えるのは、私は音楽を愛していて、自分から自然に発生する音楽を作るということ。私のクリエイションには偽りがない。自分が愛せるものを作ろうと思っただけ」。
オープニングの“Breakfast”では、「前作のレコーディング中は妊娠していたの。だから、新作の幕開けにはやっぱり彼が相応しいんじゃないかと思って(笑)」という理由で冒頭に愛息の声をフィーチャー。晴れやかなホーンのアレンジメントは、今作を覆うオーガニックな昂揚感やゴスペル・フィーリングを予告するものでもあるだろう。それに続くのは、生まれたハーレムや父親について回想し、「自分の歴史を込めた」という先行シングル“Jerk Ribs”。ここでもホーンがパーカッシヴなアフロ・ファンクを牽引するが、隠し味のストリングスも効いている。ゴスペル作法のダイナミックな“Forever Be”、エイドリアン・ヤング仕事を連想させる流麗でブルージーな“Floyd”、あるいは小気味良いラテンの“Cobbler”など、シーテックらとの作業から生まれた楽曲は字面以上に多彩。なかでも異色なのはラビ・シフレのカヴァー“Bless The Telephone”で、カントリー調のアコギだけをバックにシンプルな歌を聴かせるケリスが新鮮だ。
「みんな毎日の生活でとても忙しいけど、必要なのは電話一本だけ。誰かが〈やあ、君のことを考えてたんだ〉って電話をかけて、私の生活にちょっと割り込んでくれるだけで、一日が明るくなる。そこには何か単純で美しくてロマンティックなものがあると思う。そういうのが好きなの」。
喜怒哀楽を率直に剥き出し、性的に奔放な楽曲でイメージされてきたケリスも大人になった……と言ってしまうのは短絡的なのだろう。本人も「アルバムにはそれ以外の曲も存在していたのよ。ただ、〈そういう曲〉で自分の存在が認められたというだけ」と説明する。
「正直言って、私はプライヴェートと仕事を切り離すのがとても上手なの。例えば、とても正直なアルバムを作っても、私が本当はどんな人間かということは誰にもわからないのが普通。私の音楽は私自身のすべてじゃないわ。私がやる行為のひとつであって、それ以外の時、私は女性であり、母親である。妹であり、娘であり、恋人でもある。私自身とはそのすべてのことよ。みんな、音楽と私生活をいっしょくたにして〈それが君自身だ〉なんて言いたがる。〈君はあの曲でああ言っていたじゃないか〉とか言われるけど、〈はぁ、はいはい〉って思うだけよ(笑)」。
▼関連作品
左から、ベニー・ベナッシの2011年作『Electroman』(Ultra)、カルヴィン・ハリスの2012年作『18 Months』(Fly Eye/Columbia)、デュラン・デュランの2010年作『All You Need Is Now』(Tapemodern)、ケリスのベスト盤『The Hits』(Virgin)、ラビ・シフレの71年作『The Singer And The Song』(EMI)
※ジャケットをクリックするとTOWER RECORDS ONLINEにジャンプ
