ロバート・グラスパーを中心に、ここ数年活況が続いている新世代のジャズ・シーン。その盛り上がりを反映するように、この秋は旬のミュージシャン/バンドの来日公演が続々とアナウンスされており、注目のステージが目白押しだ。

「個人的にも年間ベストに入りそうな新譜を出したばかりの人たちが中心に、いま真っ先に観ておきたいミュージシャンが理想的なタイミングで日本にやって来る。世界的にもニーズが高まり、ブッキングも難しそうな旬のビッグネームが続々と来てくれるのは本当に興奮するし、ジャンルを横断した音楽性に加えて、演奏力がずば抜けたライヴ・アクト揃いなので、コアなジャズ・ファン以外が観ても絶対におもしろいと思う」と語るのは、監修を手掛けたムック「Jazz The New Chapter 3(以下JTNC3)」が刊行されたばかりの音楽評論家・柳樂光隆(関連記事はこちら)。Mikikiでも連載企画「〈越境〉するプレイヤーたち」を担当する最新ジャズ・シーンの道先案内人に、来日フィーヴァーの見どころを前編/後編の2回に分けて紹介してもらう。

この前編では、9月27日(日)に横浜赤レンガ野外特設ステージにて開催の迫った〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN(以下BNJF)〉にも出演する気鋭の3組、ロバート・グラスパー・トリオ、ハイエイタス・カイヨーテ、スナーキー・パピーに改めてスポットライトを当てて、その魅力を語ってもらった。

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★「BNJF pre event vol.2 Pingpong DJ ピーター・バラカン×柳樂光隆」アーカイヴ映像をストリーミング・メディア「タワレボ」で期間限定公開中(10月4日24:00まで)
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ハイエイタス・カイヨーテ
日時/会場
9月26日(土) BLUE NOTE TOKYO (公演詳細はこちら
9月27日(日) Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN

〈BNJF〉開催の直前に単独公演も控えている新世代フューチャー・ソウル・ユニット、ハイエイタス・カイヨーテ。冨田ラボ氏も自身が執筆した記事で〈いまもっとも聴かれるべきバンド〉と強調し(記事はこちら)、今年発表されたセカンド・アルバム『Choose Your Weapon』も好評を集めるなど、初来日を目前にして4人組の名前は一気に浸透しつつある。彼らのサウンドの代名詞ともいえるのが、予測不可能で変幻自在なミクスチャー・センスだ。

「音楽的にはネオ・ソウルを受け継ぎながら、ダーティー・プロジェクターズなどのインディー・ロックや、フライング・ロータスみたいな最先端のエレクトロニック・ミュージックにも通じるところがあったり、ジャンルレスな音楽が一般的になってきた昨今でも、ここまでジャンル分けしづらい超越的なサウンドも珍しいよね」

その異質なサウンドにおいて、特に注目すべきはリズム面。

「ロバート・グラスパーのバンド(エクスペリメント)に在籍し、いまはディアンジェロのヴァンガードで叩くクリス・デイヴが得意とする、J・ディラのビートを人力で叩きなおした〈あの感じ〉ですよね。普通の4ビートや8ビートと比べると不自然な、もたったりズレたりしている感じ。それをサンプリングでループしたビートで生み出したのがJ・ディラで、クリス・デイヴはそれを人力で叩きなおして……という話はcero黒田(卓也)さんのインタヴューでもしていますけど(記事はこちら)、そのドラム・スタイルをハイエイタス・カイヨーテも取り入れている」

ドラマーのぺリン・モスは、ヒップホップ畑の出身だという。

「彼はもともとビートメイカーで、あとからドラムをやるようになってバンドに参加しているそうです。ベースのポール・ベンダーはジャズをアカデミックに勉強している人で、キーボードのサイモン・マーヴィンはクラシックの素養もある。そして、ヴォーカルのネイ・パームエリカ・バドゥの系譜を踏襲しつつ、アフリカ音楽やワールド・ミュージックの影響も色濃く受けているシンガー・ソングライター。まったく出自の違う4人が集まっているんですよね」

D.A.N.がインタヴューでテイラー・マクファーリンについて〈ジャズの新しい流れにおいても、少し違うところがある〉と評しているが(参考記事:D.A.N.ロング・インタヴュー:ジェイミーXXを横目に新たなポップの地平を切り拓く若者たち)、テイラーが巧みな手腕でジャズ的なサウンドをビート・ミュージックへと転換してみせたように、ハイエイタス・カイヨーテもまた、今日のジャズが育んだ可能性を背景に覚醒した存在だともいえるだろう(ちなみにネイ・パームは、テイラーの2014作『Early Riser』にも参加している)。

「ハイエイタスのファースト・アルバム(2012年作『Tawk Tomahawk』)に参加していたQティップは、自身のソロ作『Kamaal The Abstract』(2009年)などでカート・ローゼンウィンケルら優れたジャズ・ミュージシャンを起用して、生演奏とポスト・プロダクションによって新しいヒップホップを生み出そうと挑戦していました。トライブ・コールド・クエストロン・カーターをゲストに迎えて、その演奏をサンプリングするための素材としていたのとは似ているようで異なる、ジャズ・ミュージシャンの演奏力のすごさを音楽の核と考えて作っているような感覚がQティップ以降にはあると思う。フライング・ロータスの『You’re Dead』(2014年)とかもそうですよね。ジャズ・ミュージシャンの個性がトラックの魅力にダイレクトに反映されている」

【参考音源】ハイエイタス・カイヨーテ『Tawk Tomahawk』収録曲“Nakamarra”
この曲にQティップが参加

 

【参考音源】Qティップ『Kamaal The Abstract』収録曲“Even If It Is So”

 

ハイエイタスは、そんなQティップ以降の流れにおける最新形とも位置付けられるのではないか。そう柳樂氏は語る。

「たとえばディアンジェロの『Voodoo』ではソウルクエリアンズのような職人集団が活躍したわけだけど、ハイエイタスは自分たちのバンドだけで後継的なサウンドを実践しているのもおもしろい。〈JTNC3〉に掲載された鼎談記事で冨田ラボさんも語っていましたが、それはグラスパーやクリス・デイヴ、ホセ・ジェイムズらの活動によって〈J・ディラ的なサウンド〉を人力で表現する術がフォーマット化されたことによって生じたアップデートだといえるはずです。実際にハイエイタスはルーツやディアンジェロからの影響も公言しているし、クエストラヴがこのバンドを賞賛する理由のひとつもそこにあるのではないかと」

その革新的なクリエイティヴティーと共に、ネイ・パームの個性とバンド全体がもつ〈天然〉なキャラクターにも注目したい。

「『Choose Your Weapon』のアートワークもそうだし、アニメやゲームからアイディアを拝借したり、奔放な好奇心も魅力的ですよね。サウンドも譜面で組み立てるというよりは、サンプリングやプロツールスなりを用いて音をサクサク重ねながらインスピレーションとセンスで作っていくのと感覚的に近そう。その作業プロセスを生演奏に置き換えることで、アマチュアイズムとプロフェッショナリズムが合わさったような新鮮さが生まれている。それから、エリカ・バドゥに影響を受けたヴォーカリストは2000年代以降に山ほどいたけど、ひょっとしたら彼女をも凌駕しそうなくらいエキセントリックなカリスマ性をネイ・パームは持っている気がします。ここまで個性が強くて、パンチの利いたフロントマンは昨今いなかったんじゃないでしょうか。『Choose Your Weapon』も目が覚めるような出来栄えでしたが、ライヴはそれ以上の驚きと迫力があるのは間違いないと思いますよ」