「最初はただポップアップ・ストアのためのサウンドトラックをいくつか作ろうと考えていただけなんだ。それでコンビニみたいな雰囲気を持つものにしたいというアイデアがあった。そこからどんどん進めていくうちに、〈80年代や90年代みたいなスムースな感じのヴァージョンがあったらおもしろいんじゃないか?〉っていう話になって。最初はそんな感じで始まったんだよね。で、作れば作るほど楽しくなってきて、いろんな曲の別ヴァージョンを次々に作っていったんだ。その過程で、Instagramとかで1、2曲ほど先行公開したら、たくさんのコメントが寄せられてね。それで、もしかしたらもっと続けてみてもいいかも、って思うようになったんだ。最初から計画していたわけじゃなくて、ごく自然にそうなっていったんだけど、ツアー中に作っていたこともあって、自分たちが本当に楽しんでいた感じが音からも伝わると思う」(サイレントジェイ:以下同)。

ハイエイタス・カイヨーテのポール・ベンダーとサイモン・メイヴィンが、初期からのコントリビューターでツアー・メンバーでもあるサイレントジェイことアレハンドロ・アバポと結成した3人組、トレス・レチェス。昨年は単独来日ツアーを成功させ、今年10月の〈朝霧JAM 2025〉でヘッドライナーを務めることも決定するなど、日本でも人気のハイエイタス・カイヨーテだが、このトレス・レチェスはハイエイタス本隊の楽曲をカヴァーして聴かせるサイド・プロジェクトで、このたびそのファースト・アルバム『The Smooth Sounds Of Tres Leches, LHCC Mart Vol. 1』が一般流通されることになった。中心にトレスレチェケーキを配して謎のキラキラなコラージュが施されたオブスキュアなアートワークからもわかるように、ここではハイエイタスの楽曲がヴェイパーウェイヴ以降の感覚で、モールソフトやエレベーター・ミュージック的なBGM、洒落たスムース・ジャズ〜フュージョンのようなスタイルに生まれ変わっている。
「このプロジェクトはまず音楽作りから始まったんだけど、そのサウンドが80年代や90年代のスムース・ジャズから大きな影響を受けたものだったんだ。あの時代の、あのサウンドの滑らかさやクリーミーさ、バターのようなコクを、味覚的なイメージで捉えられるデザートのようなものを探していて、それで〈トレス・レチェス〉はまさにぴったりだと思った。トレス・レチェスは〈3種のミルク〉という意味で、それを使ったケーキがあるんだけど、僕たちも3人だから凄くしっくりきたんだよね。このアルバムはちょうどUSツアーしていた時期に制作して、オフの日やちょっとした空き時間がある時に、ホテルだったりツアー・バスの中だったり、時には出演する会場の楽屋でも作業に取り組んでいたんだよ。それで、確かカリフォルニアにいた時にこの名前を思いついたんだ。トレス・レチェスがポピュラーな土地だったから、それを目にして〈これ、いい名前じゃない?〉って(笑)」。
アルバム・タイトルだけを見ればハイエイタスの最新作『Love Heart Cheat Code』(2024年)のカヴァー集のようだが、初期の“By Fire”や“Nakamarra”も含めた全アルバムから選曲されている。
「最初は『Love Heart Cheat Code』の曲だけにするつもりだったんだけど、作っていくうちに他のアルバムの収録曲でもこれをやったらおもしろいんじゃない?っていうアイデアがどんどん出てきて。〈あの曲をこの世界観でやってみたらおもしろそう〉とか〈この曲も同じ感じにアレンジしたら楽しそう〉っていう話になっていった。スムース・ジャズとか80年代っぽいコンテンポラリーな感じとか、エレクトロ・ポップ、シンセ・ポップ、ドリーミー・ポップみたいな世界観。あとは80年代のニューエイジはそのアイデアに含まれていたね」。
ふわっとしたイメージ的な話だが、その曖昧な気持ち良さがトレス・レチェスの魅力の本質だ。オープニングの“Get Sun”はアルチュール・ヴェロカイをフィーチャーした『Mood Valiant』(2021年)収録曲がオリジナルで、ブラック・コンテンポラリー的な洒落たドラムマシーンの響きが官能的な雰囲気をクリスタルに演出してくれる。多くの人がうっすら共有しているノスタルジックな感覚でもあり、あるいは異空間に生じた架空のテンプレートのようでもあり。ある種のスノッブな消費を促すようなプロジェクトなのは確かだが、そうした理屈を振り払って、無意識にBGMとして空間に満たしておくのが素敵なマナーかもしれない。
トレス・レチェス
ハイエイタス・カイヨーテのポール・ベンダー(ベース)とサイモン・メイヴィン(キーボード)、そのサポートも務めるサイレントジェイことアレハンドロ・アバポ(キーボード)による3人組ユニット。バンド本隊の北米ツアー中に結成され、ツアーのオフ日を活用してホテルでレコーディングを進めていく。今年6月に先行曲“Telescope”を配信し、ファースト・アルバム『The Smooth Sounds Of Tres Leches, LHCC Mart Vol. 1』(Brainfeeder/BEAT)を8月15日にリリースする。