サンバの世界で最も愛され続ける作曲家/詩人、ノエル・ホーザ。1937年までに彼が残した300曲近くの楽曲群は、現在もなお幾多のシンガーによって録音されているが、今回そこにひときわユニークなアルバムが加わった。ギターで伴奏されることが殆どのその楽曲を、すべてピアノによる伴奏と歌のみで録音。しかも22名のピアニストがほぼ一曲ずつを演奏するという意欲作である。
ピアニストの人選も驚きの充実度。ジョアン・ドナート、ジルソン・ペランゼッタといった大御所から、ハファエル・マルチニ、デュオ・ジスブランコなど話題の新鋭まで一分の妥協もない顔ぶれが並ぶ。はたしてその内容は、ピアノ伴奏集であることを差し置いてなお、原曲のイメージから飛躍するアレンジの宝庫となった。たとえば、オープニングを飾るアンドレ・メマーリ。トレードマークの饒舌で華やかな和声、迸る急流と大河の雄大さまでを行き来する奔放なリズム、古今のクラシックの技法を凝縮した高度な演奏によって、聴き手をはるか彼方へ誘い出す。しかし終盤、二拍目にスルド(サンバの代表的な大太鼓)の低音を感じさせる数小節を折り込むことで、この音楽を育んだリオの風景、その華やかなりし1930年代の空気感をフラッシュバックさせている。ここに参加するピアニストたちはかようにクラシックやジャズにも長けた名手ばかりだが、サンバのリズム、バチーダはすべからく体得しており、その上で個々のオリジナリティを競うように響かせている。よくある歌伴の域を軽々と越え、自らも歌い遊ぶピアノ演奏の隣で、凛とした落ち着きで歌を紡いでいくヴァレリアの凄み。その歌はエゴと無縁の透明さを保ちながら、誰にも似ていない。有名曲も通好みの隠れた名曲も、いずれも初演のような瑞々しさ。逆説的だが、浮かび上がるメロディとピアノが織り成すその音楽は、のちのアントニオ・カルロス・ジョビンに直結するものだ、とも。