この世を覆い尽くさんばかりの内なる闇。〈彼〉が自身の暗黒面を完全に解き放ったとき、あらゆる意味でゴシックな、美しい漆黒の音楽が地の底から鳴り響く――
徹底した漆黒
櫻井敦司(BUCK-TICK)のソロ・プロジェクトとして結成されたバンド、THE MORTAL。その漆黒の世界観が凄いことになっている。リリースされたばかりのミニ・アルバム『Spirit』にはオリジナル曲である“PAIN DROP”“夢”の2曲に加え、バウハウス“Spirit”とダムド“Shadow Of Love”、スージー&ザ・バンシーズ“Cities In Dust”という〈ゴス〉のルーツにあたるオリジナル~ポスト・パンク・バンドのカヴァー3曲が収録されているが、先行試聴トレイラーが公開された時点で、BUCK-TICKファンのみならず、80年代のパンク~ニューウェイヴ、なかでもゴスやポジティヴ・パンクといったダークでコアなポスト・パンク・ファンからも注目を集めて話題に。かねてからバウハウス周辺への愛を公言していた櫻井が、ついにここまでやってくれたか!という感じである。カヴァー曲のセレクトのセンスも流石だが、ここで注目すべきはそのアレンジ。特に、妖艶でダンサブルなナンバーである原曲を、まるで中世ヨーロッパの葬送行進曲やレクイエムのように塗り替え、独自に置き換えられた日本語詞と櫻井の歌唱力によってまるで別物に生まれ変わった“CITIES IN DUST”の出来は秀逸だ。そして、グラマラスかつ邪悪で猟奇的な楽曲に、痛みに喘ぐ狂人の如きヴォーカルを乗せた“PAIN DROP”と、幻想的な夢世界を櫻井が艶やかな色気満点に歌い上げる“夢”も素晴らしく、バンドの方向性を打ち出すには充分すぎるインパクトを見せてくれた。加えて、この徹底したヴィジュアル・イメージだ。〈MORTAL=死ぬべき運命の〉という、まるでホラー映画のタイトルを思わせるバンド名とロゴ、そして爪先まで黒く染め、シルクハットをかぶった櫻井のヴァンパイア感が全面に出たと言えるモノクロのメイン・ヴィジュアルも含め、このバンドは徹頭徹尾ダークなコンセプトを基盤に存在することが強烈なまでに窺えるではないか。
そんな彼らが、ミニ・アルバムの発表から1か月と空けずに全12曲のフル・アルバム『I AM MORTAL』をリリースする。THE MORTALは、ヴォーカルの櫻井のもとに彼の良き理解者たち――ギタリストとしてJake Cloudchairと村田有希生(my way my love)、ベースに三代堅(元M-AGE)、ドラムに秋山タカヒコ(downy)という強力なメンバーが集い、楽曲も櫻井が書き綴った歌詞に合わせて弦楽器担当の3人が制作するという形で作り上げられたという。ミニ・アルバムの段階で方向性をハッキリと示していたものの、その全貌が明かされるとなれば、本作の期待値は高まるばかりである。
あらゆる意味でゴシック
ところで、〈ゴス〉というジャンルは、楽曲やサウンド面だけでは非常に定義が難しい。『Spirit』でカヴァーされているイギリスの3バンドやキュアー、後続するポジパン世代のスペシメンやセックス・ギャング・チルドレン、シスターズ・オブ・マーシー、アメリカのクリスチャン・デスといった70~80年代のポスト・パンクから派生したオールド・スクールなゴシック~デス・ロック(≒ゴシック・パンク)はもちろん、デス・イン・ジューンを筆頭とするネオ・フォーク系、スキニー・パピーや初期ナイン・インチ・ネイルズのように80年代中期以降にアンダーグラウンド・シーンで広まったインダストリアル、さらにそこから進化したダーク・エレクトロに軸を置くサイバー・ゴスと呼ばれるようなサブ・ジャンルまで存在し、その音楽性はさまざまだ。では、〈ゴス〉とはいったい何なのか。そこに共通するものはズバリ世界観。光よりも闇、生よりも死、希望より絶望に沿った観点やその対比、そして世紀末的に描写される詞や視覚的要素を多く含み、楽曲だけでなく、それらを総合的に捉えて〈ゴス〉と形容されている。
では、THE MORTALはどうか。楽曲面で言えば、いわゆるオールド・スクールでクラシカルな80年代初期のゴシック・ロックを踏まえつつ、90~2000年代以降のオルタナティヴ・ロックの要素も消化した、興味深い配合のバンド・サウンドを完成させている。繊細な音色で悲壮感を表現するアコギのアルペジオもあれば、魔物が襲ってくるかのような轟音が聴き手を飲み込むノイジーなギターもあり、さらには不安感を煽るシンセサイザー、大地の唸りを感じさせるベース、多彩なリズムで物語のシーンを切り替えていくドラムと、各パートによる表現力も非常に高い。加えて、そこに乗る櫻井の歌唱力である。自身も「(こういう世界観を)やり切った、出し切った」とメディアで語っている通り、死や狂気、エロスや人間の根底にある悪意などに満ちた表現で描かれる歌詞を、まるで悪魔か冷血なヴァンパイアが乗り移ったかのように、ときには激しく邪悪に、ときには妖艶に歌い上げる。自身の暗黒面を完全に解放し、内包していた闇でこの世を覆い尽くすかのような櫻井のヴォーカリストとしての存在感は、まさに〈ゴスの帝王〉と言って良いだろう。なかでも“Fantomas - 展覧会の男”“ギニョル”といった曲で描かれる世紀末の見世物小屋的デカダンスな詞世界と歌唱表現はその極みだ。
『I AM MORTAL』を聴けば、まるで「カリガリ博士」や「吸血鬼ノスフェラトゥ」といった20年代のモノクロ・ホラーの名画の現代版を観ているように、楽曲それぞれの情景がワンシーンごとにハッキリと目に浮かんでくる。コクトー・ツインズやデッド・カン・ダンスといった、かつての4AD作品を思わせる叙情的なオープニング“天使”から、聴き手を魔の潜む地獄に一気に突き落とすかのように性急なナンバー、その名も“DEAD CAN DANCE”へ──そうした冒頭の流れを聴くだけで、そこから繰り広げられる美しく深い暗黒世界の魅力に引き込まれないわけにはいかないだろう。THE MORTALが魅せる狂気に満ちた物語はいま、ようやくその幕が開かれる。