ロックンロールをシンフォニックに表現してみよう、きっとそこには誰もまだ見たことのない魔法のような世界が広がっているはずだから――希望を胸に、エレクトリック・ライト・オーケストラは飛び立った。あれから45年。ジェフ・リンの描く煌びやかな光は、いまなお私たちを虜にし続ける。しばしの休息を挿み、大いなるコスモスをめざして離陸のサインが点灯しはじめた。夢の時間はまだ終わらない……

 ビートルズのベスト・アルバム『The Beatles 1: Deluxe Edition』が世界中で話題を呼んでいるなか、まるでタイミングを合わせたかのように、遙か空の彼方に未確認飛行物体がキラリ。それはUFOの姿を借りたELOだ。ビートルズ亡き後にそのブリットなポップセンスを受け継いだ、史上初のロック・オーケストラ・バンドである。

 

前代未聞の試み

 ELOことエレクトリック・ライト・オーケストラの誕生は、いまから50年近く前まで遡る。ロック・シーンにとって激動の時代だった60年代後半、バーミンガムのバーで野心に満ちたミュージシャンが、毎日のように新しいバンドの構想を語り合っていた。それが、ムーヴのフロントマンとして注目を集めていたロイ・ウッドと、〈バーミンガムのビートルズ〉と呼ばれたアイドル・レースジェフ・リンだ。お互いに才能を認め合う2人が計画していたのは、クラシックな楽器の音色とロックの融合。彼らはビートルズが“Eleanor Rigby”や“I Am The Walrus”でロックに持ち込んだアイデアを、独自に発展させようとしていた。そこでまず、ロイがジェフをムーヴに引き入れて2枚のアルバムを制作。2人の息が合ってきたところでムーヴを計画的に解散させ、ELOを始動してファースト・アルバム『The Electric Light Orchestra』(71年)をリリースする。

 ELO結成時の主要メンバーは、ロイとジェフ、そしてムーヴのドラマーだったベヴ・ベヴァン。そこにオーディションで集めたストリングスやホーンなどの演奏家が加わっていく。その後、メンバーは流動的に変化したが、長きに渡ってジェフと共にELOを支えたのは、ベヴとキーボード担当のリチャード・タンディだ。ギターの替わりにストリングスがヘヴィーに鳴り響く初作は、プログレ的なシリアスさも感じさせた。そのなかで存在感を放っていたのが、ジェフのペンによる“10538 Overture”。アルバムのセールスが伸び悩むなか、同曲が全英TOP10入りするヒットとなったのは、バンドの行く末を暗示しているようでもあった。というのも、2作目『ELO 2』(73年)を制作中にロイが突然脱退して新バンド、ウィザードを結成。残されたジェフはグループの立て直しを迫られるからだ。

 確かにアイデアが先走りしている部分もあるが、初期の作品では後にバンドの代名詞となるシンフォニックなポップ・サウンド、すなわちELO版ウォール・オブ・サウンドの雛形が確認できる。何しろロイとジェフは共にオールディーズをこよなく愛し、『ELO 2』からのシングルがチャック・ベリー“Roll Over Beethoven”のカヴァーだったほど。ロイがウィザードでもストリングスを大胆に用いながら、オーケストラではなくビッグバンドの要素を加えてマッドな音楽性を炸裂させる一方、ビートルズを信奉するジェフはELOのコンセプトを守りつつ、ポール・マッカートニー直系のポップセンスを楽曲に反映させていった。

 そんななか、サウンド面でひとつの転機となったトピックが、『Eldorado』(74年)のアレンジャーにルイス・クラークを招いたことだろう。ルイスの指揮するオーケストラが加わって、ストリングス・パートはより洗練された。さらに次作『Face The Music』(75年)はラインハルト・マックをエンジニアに迎え、ディープ・パープルから薦められたというミュンヘンのミュージックランド・スタジオで録音。『Time』(81年)まで長い付き合いとなるラインハルトの助けにより、ストリングスとバンド・アンサンブルを自然に同居させたジェフ体制のELOサウンドの基礎が、ここで出来上がった。余談だが、エレクトロ・ディスコ・ブームを巻き起こしたミュンヘンにレコーディングの拠点を置いたことが、以降のディスコ・サウンドやシンセの導入に少なからず影響を与えたに違いない。ともかく、初めて全米チャートTOP10入りした『Face The Music』を機に、バンドは右肩上がりで人気を高めていくのであった。

 

スタジオにこもる日々

 6作目『A New World Record』(76年)のアートワークには、グループのトレードマークとなるUFOが登場。ここから“Telephone Line”など4曲のシングル・ヒットが生まれ、ELOは世界的なブレイクを果たす。その勢いに乗って発表されたのが、ジェフの多彩なポップセンスが全開した2枚組の『Out Of The Blue』(77年)。ELOサウンドの完成形とも言えるこのアルバムは、英米のチャートで4位というキャリア史上最高のヒット作になった。

 ところが『Out Of The Blue』のリリース後、ストリングス奏者が全員脱退してしまう。しかし、そこでジェフは替わりのメンバーを入れず、ストリングスをシンセに替えて『Discovery』(79年)を制作。ストリングスを活用するアイデアから卒業し(弦楽隊を率いることが彼の重荷になっていたようだ)、シンセという魔法のような楽器を駆使することでバンドはモダンな輝きを手に入れた。この時期からジェフはスタジオ・ワークにのめり込むようになり、前作よりもさらにエレクトロニックなプロダクションを追求した『Time』(81年)で、シンセの心地良い音の膨らみに強烈なビートを加えた新たなジェフ・リン・スタイルを提示。彼のソロ・プロジェクト色を強めた同作のジャケットに、UFOの姿はなかった。

 『Time』以降、ELOは『Secret Messages』(83年)と『Balance Of Power』(86年)を残して活動を休止。ジェフはプロデューサーとしての手腕を発揮していく。彼が関わった作品にはジェフ印がしっかりと刻まれ、それゆえにオーヴァー・プロデュースと批判されることもあったが、音の鳴りがより重視された80年代において、その現代的なウォール・オブ・サウンドは最強の発明だったと言えよう。

 そして、ジェフは憧れのビートルズの元メンバー、ジョージ・ハリソンの『Cloud Nine』(87年)をプロデュース。全米No.1ヒット“Got My Mind Set On You”を献上してジョージを表舞台へ復帰させたことで、裏方としての名声も獲得することに。また、ジョージが中心となったドリーム・バンド、トラヴェリング・ウィルベリーズへ参加。さらに、ビートルズの『Anthology 1』『Anthology 2』用に作られた〈新曲〉で、プロデュースとオーヴァーダビングを担当するという栄誉まで与えられた。

 

ときめきは続く……

 そんな彼がふたたびELOに目を向けはじめたのは20世紀最後の年。グループの結成30周年を記念するボックス・セット『Flashback』の監修作業を通じてELOと再会したジェフは、そこに新しい可能性を見い出す。翌2001年には15年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Zoom』をリリース。ジョージ・ハリソンとリンゴ・スターをゲストに迎えた同作は、ギター・サウンドが全面に出たロック色の濃い一枚となった。ジェフが90年に発表したソロ名義作『Armchair Theatre』と比べても、音の作り込みやダイナミズムにELOらしさがしっかりと息づいている。ところが、予定されていたワールド・ツアーはなぜかキャンセル。そして、さらに時は流れて2012年。カヴァー中心のジェフのソロ・アルバム『Long Wave』と、彼がひとりでELOの代表曲を録り直した『Mr. Blue Sky: The Very Best Of Electric Light Orchestra』が発表され、ELO再始動の噂が流れるなか、このたび15年ぶりの新作『Alone In The Universe』が登場する運びとなったのだ。

JEFF LYNNE'S ELO Alone In The Universe Columbia/ソニー(2015)

 アルバムを聴いて印象に残ったのは、いつにも増してメロディアスな点。ELOのロック・バンド的な側面を引き出そうとした『Zoom』に対し、ここではソングライターとしてのジェフの魅力が押し出されている。思えば、今作のイントロダクションとも言える『Long Wave』や『Mr. Blue Sky: The Very Best Of Electric Light Orchestra』は自身のルーツに向かい合うような内容だったわけだが、音楽の魅力を知った子供の頃の思い出が歌われた“When I Was A Boy”で始まる『Alone In The Universe』には、作品全体を通じて回想録のようなメロウネスが漂っている。そんなこのアルバムと時を同じくして、彼にもっとも影響を及ぼしたビートルズのベスト盤『The Beatles 1』がリイシューされたことに、何か運命的なものを感じずにはいられない。

 ELOサウンドの最大の魅力は、普遍的なポップセンスと複雑なスタジオ・ワークを融合させたところにある。それはビートルズのようでもあるけれど、実際に並べて聴いてみると両者は意外なほど違う。その絶妙な距離の間にジェフは彼ならではの世界を築いてきた。ビートルズに限らず、ジェフの作る楽曲の根底には、ルーツになった音楽に対する深い知識と愛情が込められている。だからこそ、ブライアン・ウィルソンデル・シャノンをはじめ、これまで一緒に仕事をしてきた伝説的なミュージシャンが、こぞって彼を高く評価しているのだろう。

 ファンタスティックな音響、甘酸っぱいメロディー、先達への無邪気な憧れ――ELOはジュヴナイル小説のようなときめきで満ちている。『Out Of The Blue』のオリジナル盤にはUFOの紙模型がオマケで付いていたが、ジェフにとって音楽はワンダーな場所へと運んでくれる乗り物みたいな存在なのではないか。彼はELOというUFOに乗って驚くべき旅を経験し、ルーク・スカイウォーカーがフォースに目覚めてジェダイの騎士になったように、ポップスのマジックを手に入れた。『Alone In The Universe』のアートワークでUFOを見上げる少年はジェフ自身であり、同時にポピュラー・ミュージックを愛するすべてのリスナーでもあるのだ。音楽の魔法を信じる者の頭上で、UFOは飛び続ける。 *村尾泰郎