80年代カルチャーをテーマにした〈♡80’sキャンペーン〉が、タワーレコード全店及びタワーレコードオンラインにて2020年11月27日より始まった。それに合わせ、当時の名曲を選りすぐったコンピレーション『Love 80’s -Ultimate J-POP Best』、『ROCK ON -80's Edition』、『Love Ballads -80's Edition』、『Midnigt Love - SMOOTH R&B ESSENTIALS』が同日にリリースされている。



今回のキャンペーンの背景には、80年代カルチャーに対する人々の注目が年々高まってきているという事情がある。たとえば音楽の世界ではディスコやニューエイジ、シティ・ポップなど80年代に隆盛を極めたジャンルの再評価が進み、映画・ドラマの世界では当時の作品の続編や当時の作品にオマージュをささげた新作が次々に公開され、話題を呼んでいる。
そうした出来事の陰には大抵、火付け役となった存在がいる。音楽界にディスコ・リヴァイヴァルを巻き起こした立役者はダフト・パンクだし、ドラマにおいて80年代ネタの導入を先駆的に行ったのはNetflixオリジナル・ドラマ「ストレンジャー・シングス」だろう。しかしいくら火付け役がいようとも、彼らの灯した火に魅入られる人々の存在がなければ、それが燃え広がることはありえない。だとすれば、どうして多くの人々が80年代カルチャーに魅入られたのかという点が、この現象を考える上で大きな鍵となる。
そこで今回Mikikiでは、80年代カルチャーが人々を魅了する理由について考えながら、80年代カルチャー・ブームという現象を紐解いていきたい。
世代を超えて〈80年代のなかの未来〉に魅入られた人々
80年代カルチャー・ブーム。それは、新しいものを追い求めるフロンティア精神と古いものを懐かしむノスタルジーの念が交差する地点において成立した現象と言えるだろう。
まず、当時を知らない人々は80年代カルチャーを〈発見〉した。たとえば80年代カルチャー・ブームを象徴する現象と言えるシティ・ポップ・ブームを最初に担ったのは、その種の日本の音楽にリアルタイムで触れていない海外の音楽ファンだった。2017年、YouTube上に違法アップロードされた、竹内まりや“Plastic Love”の音源(2020年11月現在は削除済み)。これがインターネット上でミーム化しながら、爆発的に再生回数を伸ばしていったのだ(その経緯についてはこちらの記事に詳しい)。そんななか、はじめは専ら竹内に向けられていた眼差しが、やがて彼女と同時代に良質な作品をリリースしていた山下達郎や大貫妙子、細野晴臣といったアーティストにも向けられるようになり、その過程で当時の日本産ポップスの品質水準の高さが広く知られるところとなった。それらは年代的には古い音楽だが、当時を知らない海外の音楽ファンにとっては新曲同様に新しい音楽であり、だからこそ支持の対象となったのだろう。
一方、当時を知る人々は80年代カルチャーを〈懐古〉した。海外の人々や若者たちが新しいものとしてもてはやす80年代カルチャーが、リアルタイム世代のなかに郷愁の念を掻き立てたであろうことは想像に難くない。だがここで、疑問がふと頭をかすめる。彼らは80年代カルチャーを通して何を懐古したのだろう、と。そもそも懐古というのは、ある特定の事物そのものを対象とするわけではない。懐古する人にとって、事物は一つの触媒に過ぎないのだ。だとすれば、80年代当時を知る人々もまた、当時のカルチャーやコンテンツそれ自体を懐かしんでいたというより、そこに付随する記憶や当時の空気感を思い出し懐かしんでいたのではないか。
この一見些細な違いはその実、重要である。なぜなら当時を知る人々と知らぬ人々が、立場の差異を超えて80年代カルチャーのなかに同じものを見ていた可能性を示唆するからだ。彼らが80年代カルチャーのなかに見ていたであろう同じもの、それは未来である。〈懐古する人々が未来を見ていた〉と言うと、奇妙に感じられるかもしれない。しかし〈当時の未来観を懐かしむ〉とか〈当時描き出されていた未来像を懐かしむ〉というのは、十分にありうることだ。そしてそれはとりもなおさず、別の未来に想いを馳せることを意味する。
思い描かれつつも、実現しなかった未来。いまここを異化する、オルタナティヴな未来像。そしていまや失われてしまった、未来に対する希望。その輝きが世代もバックグラウンドも異なる両者を共に惹きつけ結びつけたことで、80年代カルチャーへの注目はブームにまで高まったのではないだろうか。
未来が輝いていた最後の時代=80年代
80年代、それは未来というイメージが輝いていた最後の時代と言えるかもしれない。80年代を代表する傑作として今日頻繁に名前があがる映画、たとえば「ブレードランナー」(82年)や「AKIRA」(88年)といった作品には、近未来の都市がよく登場する。そこで描かれる未来都市の多くは、環境問題や来たる世紀末への不安などを反映して荒廃の様相を呈しており、もはや在りし日の牧歌的な未来像とはかけ離れている。だがそれでも、いやそれゆえにかえって、糖度を増した腐敗直前の果実のように強烈な輝きを放っている。
そして時代は下り、2020年。私たちは、当時の作品が未来として描き出した時代にとうとう追いついてしまった。ちなみに「ブレードランナー」と「AKIRA」に近未来として登場するのは、いずれも2019年である。80年代当時、腐敗一歩手前で危険な芳香を放っていた未来のイメージはとうに腐り果て、無に帰してしまった。いまや私たちは未来への希望を欠いたまま、資本主義システムの要請に従ってマイナーチェンジを繰り返すばかりだ。
今日、未来はもはや未来たりえなくなっている。だがそうであるからといって、私たちの胸の内から未来への憧憬が消えるわけではない。さんざん期待を裏切られながら、それでも私たちは懲りもせず〈輝かしい未来〉なるものをぼんやりと夢想している。それは思想家マーク・フィッシャーの言葉を借りれば、〈失われた未来に取り憑かれている〉状態である。
未来が未来たりえていた時代を映し出す音楽たち
だからこそ私たちはカルチャーを触媒として、未来が未来たりえていた最後の時代=80年代の空気を体いっぱいに吸い込むのだ。それは作品に触れている間しか持続しない儚き〈未来体験〉だが、束の間の旅行がときとしてその後の生活に決定的な影響を及ぼすように、諦念で濁った瞳に希望の光を取り戻すことになるかもしれない。
そして数あるカルチャーのなかでも、ポップ・ミュージックは時代性を如実に反映しているという意味で、最も効果的な触媒と言えるだろう。たとえば、アーハ(a-ha)の“Take On Me”やエレクトリック・ライト・オーケストラ(Electric Light Orchestra)の“Twilight”(いずれも『ROCK ON -80's Edition』に収録)といった曲では、まさしく80年代的と言うべき未来感溢れる響きが基調をなしている。聴く者をわくわくさせずにはいないその煌めきは、たとえ時代が下りテクノロジーが古びようとも消え去ることはないだろう。
“Take On Me”や“Twilight”のように表立って未来的な響きを志向していなくとも、80年代のポップ・ナンバーには、未来への希望を反映するかのようにキラキラとした多幸感を湛えたものが少なくない。それは、チャカ・カーン(Chaka Khan)の“Through The Fire”(『Midnigt Love - SMOOTH R&B ESSENTIALS』に収録)やクリストファー・クロス(Christopher Cross)の“ニューヨーク・シティ・セレナーデ”(『Love Ballads -80's Edition』に収録)といったミディアム・ナンバーにおいても言えることで、聴いていると思わず胸が熱くなってしまう。
またこうした特徴は、洋楽の影響下でアイデンティティーを形成してきた邦楽にも大いに当てはまる。その時代の日本において、海外の音楽シーンの動きと共振しながら活躍していた存在と言えば、やはりYMOだろう。特にキャリア後期の代表曲である“君に、胸キュン。-浮気なヴァカンス-”(『Love 80’s -Ultimate J-POP Best』収録)は、未来的な響きと弾けんばかりのポップさを兼ね備えた、80年代を象徴する一曲と言っても過言ではない。
もちろん、当時未来への希望に満ちた眩い音楽を奏でていたのはYMOに限らない。80年代を彩った邦楽の多くに、同時代の洋楽に感じられるのと同種の、未来への希望を内に宿した多幸感が確かに感じられる。大ヒット曲から隠れ名曲まで、当時の邦楽をまんべんなく集めたコンピレーションである『Love 80’s -Ultimate J-POP Best』を通して聴けば、そのことがはっきりわかるはずだ。
アーカイヴを通して、輝く未来を想像してみる
〈未来が未来たりえていた最後の時代〉のサウンドトラック。この度リリースされた80年代ポップ・ミュージックのコンピレーション4タイトルを聴いていると、そんなフレーズが頭に浮かぶ。あの時代から長い年月を経た2020年。私たちがいま立っているこの場所は、昔の自分が思い描いていた未来ではないかもしれないし、その目に輝かしい未来は見えていないかもしれない。しかしそれでも、輝かしい過去を経由して輝かしい未来のありようを想像することならできる。それはそれで、なかなか素敵なことなのではないだろうか。
最後にフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールの示唆的な言葉を引用し、本稿の結びとしたい。
「私たちに未来を語るのは“アーカイヴ”である」。

