〈POP×ART〉が息づく心地のいいエンターテインメント
林哲司による23年ぶりのアルバム『Touch the Sun』は、AORファンから絶大な人気を誇るブルース・ガイチの協力のもと、ウェンディ・モートンなど外国人シンガーをフィーチャーして作り上げた洋楽色の濃い“初のリーダー・アルバム”となった。
それにしても、繰り返し聴くたび気持ち良さが増すのはどうしてだろう。それはきっと本作が可能なかぎり彼の欲求に対して忠実に従って作られたアルバムだからなのだろう、とお話を伺いながら悟った。
「作りたいものを作った感覚はあるかな。収められた曲はほぼ計算なく書いたもの。子供の頃から聴いてきた洋楽のメロディ、自分のなかに沁み込んでいる洋楽からの影響を自然体で表すとこういうふうになる」
当然ながらネイティヴに唄ってもらうので英語が乗ったメロディ運びを意識したというが、それは従来の曲作りとまったく逆だそうで、感じるままにメロディを書いていく曲作りが音楽的なふり幅や自由度の高まりを導いていることは見逃せない点だ。それから随所に散りばめられたブラジリアンのエッセンス。例えばアドリアーナ・エヴァンスを連想させるような、モロなアプローチじゃなくR&Bなどを通過したオーガニックでポップなブラジリアン・サウンドを隠し味とした曲が少なくなく、これがすこぶる気持ちいい。
「実をいうとスタート時はそこをベースにしたアルバムを作ろうとしてたんです。もともとヨーロッパ経由でワンクッションを置いたようなブラジル・サウンドが好きで、その感じでまとめようと思っていたのに、進めていくうちにそれが自分のやりたかったことかどうかと思い直して。アメリカ、ヨーロッパの音楽を聴きながら育ってきた自分のMOR志向を軸にまとめるほうが自分らしいと感じ始めたんです。そういう意味では集大成的なアルバム。でも最初のコンセプトを詰めたものもやりたかったという心残りもある(笑)」
考えてみればブラジリアン系の明るさと切なさがない交ぜになった感じは林メロディに通じるものがある。中間色的な色彩表現とでもいうのか。
「サウダージな感覚ということですね。ボサノヴァのメロディが持つ性質には自分のキャラも含めておそらくコアなところでフィットしている気がする」
アップ・トゥ・デイトなサウンド・デザインを駆使しながら作り上げた極上のポップスが詰め込まれている『Touch the Sun』には彼が追い求める〈POP×ART〉の精神が息づいている。 ディズニー映画のような芸術性と大衆性が噛み合った良質なエンターテインメント。たぶん30年後もかわらず瑞々しい躍動感を有していることは間違いないだろう。