Photo by Nick Simonite

 

トータスバトルスなどポスト・ロックの看板を背負ってきたバンドが続々と復活を果たし、ジャンルとしての再興が取り沙汰される昨今。モグワイゴッド・スピード・ユー!ブラック・エンペラーと並び称され、インストゥルメンタル・ロックの概念を拡張し続けてきたエクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイ(以下EITS)が、ニュー・アルバム『The Wilderness』をリリースする。ここ日本においても過去の公演で圧巻のライヴ・パフォーマンスを披露し、確固たるファン・ベースを築いている彼らは、すでに今年の〈フジロック〉への出演も決定済みだ。この5年ぶりとなる新作について語る前に、バンドの歩みを駆け足で振り返っておこう。

スロウコアサッドコア以降のダウナーなムードを引き継ぎつつ、その卓越したアンサンブルと表現力で編み上げられたシネマティックなバンド・サウンドの雛形は、デビュー作『How Strange, Innocence』(2000年)の時点で出来上がっており、翌年の2作目『Those Who Tell The Truth Shall Die, Those Who Tell The Truth Shall Live Forever』で早くも一つの完成形を見ている。緩急自在のギター・アルペジオとフィードバック・ノイズが交差し、力強いドラムスと底を這うようなベースが演出する終末観溢れるサウンド・デザインは高く評価された。続く2003年の『The Earth Is Not A Cold Dead Place』では、楽器の音色やハーモニーが温かな印象を与えるようになり、得意のフィードバック・ノイズもアグレッシヴな轟音というよりは、どこか聴き手を包み込んでくれるものに。サウンドの変化と共にアレンジも入り組み、彼らの成熟を感じさせる秀作となった。

『All Of A Sudden I Miss Everyone』(2007年)は、静と動の狭間を揺れ動く彼らのサウンドをより深化させた集大成的作品と言えるだろう。その後4年を経て完成した前作『Take Care, Take Care, Take Care』(2011年)は、空間デザインの造形のみならず楽器の音色/音響的側面にフォーカスを当てることで、彼らの持ち味であるエモーションの質が変化し、かつての叙情性が躍動的な昂揚感に取って代わった部分もある。その後、バンドは「セルフィッシュ・サマー」や「ローン・サバイバー」(共に2013年)、「Manglehorn」(2015年)といった映画のサウンドトラックを手掛けてきたほか、メンバーのマーク・スミス(ギター)はエクスペリメンタル/アンビエント・ユニットであるエルヴィウムのマシュー・クーパーとコラボしたインヴェンションズ名義でも活動を行ってきた。

『Those Who Tell The Truth Shall Die, Those Who Tell The Truth Shall Live Forever』収録曲“Greet Death”

 

『Take Care, Take Care, Take Care』収録曲“Postcard From 1952”

 

そのような経緯を経てリリースされた新作『The Wilderness』は、結論から言うと、バンド史上もっともチャレンジングな作品だ。まずは、以前から彼らの作品でエンジニアを務めていたジョン・コングルトンセイント・ヴィンセントスワンズジョン・グラントなど)が、今回は共同プロデュースを務めている点が大きなトピックだ。前作でフォーカスが当てられていた楽器の音色/音響的側面はより磨き上げられ、特にリズム/ビートの洗練性は目を見張るものがある。現代音楽的な不協和音を導入し、これまで抑制していたオーヴァーダブも全面開放するなど、楽曲制作のレンジも広がった。それに加えて、ファースト・シングル“Disintegration Anxiety”に代表されるように、これまで10分超えも珍しくなかった楽曲の尺が、全体的に短くなっているのも特徴だ。叙情的なサウンドがより凝縮された形で伝わるようになり、フレッシュな風通しの良さに心奪われてしまう。

キャリアが長くなったロック・バンドのマンネリズムなど微塵も感じさせない、ただひたすらに前進あるのみという強い意志は、バンドの頭脳でもあるマーク・スミスとのインタヴューにも表れている。『The Wilderness』のプロダクションやジョン・コングルトンの貢献についてなど、作品にまつわるエピソードを詳細に語ってくれた。

EXPLOSIONS IN THE SKY The Wilderness Temporary Residence/MAGNIPH(2016)

 

――今回の『The Wilderness』では、楽曲の尺が以前よりも全体的に短くなっていてますよね。まずはそこが印象的で、EITSの魅力がよりストレートにリスナーへと伝わるサウンドになったと思います。 

「リスナーに伝わりやすくしようとか、そういう考えがあったわけじゃない。曲は自分自身のために書くものだと思っている。もしかしたら、“Disintegration Anxiety”のことを指して質問してくれたのかな」

――いや、アルバム全体の傾向としてそんなふうに感じました。

「そうか。もちろん自分たちの音楽が、長く曲がりくねった曲として評価されていることは知っている。聴く人を旅へと誘うような構造というかね。これまではそれで良かったんだけど、どの曲もそういう作りになってしまうと、今度は古く感じてくるし、単に同じことを繰り返しているに過ぎなくなるんだよね」

――わかる気がします。

「“Disintegration Anxiety”の出だしのパート(イントロと、ギター&ドラムの最初のセクション)をいくつか書いたとき、そのエネルギーに閃きのようなものを感じた。するともう、静かでソフトなパートに浸すのも、無闇に脱線させてしまうのもイヤになった。そこに込められたエネルギーと情熱の爆発を最後までキープしたくなったんだ。だから、そのあとはエンディングまでドラムを叩き続けることを選んだんだよ。そうすればグルーヴが脱線するようなことはなくなるからね。僕らはそのまま一気に、ミドル・パートとそれをベースにした終盤のセクションも書き上げた。アルバム全体に耳を傾けてみれば、そういう作曲の仕方が理に適っていることがわかってもらえると思う。今回については、楽曲単位を拡げていくのではなくアルバムに収められた9曲すべてを一つにすることで、ロング・トリップのような構成にしたかったんだ」

――リズムやビートのプロダクションが凝っているし、音色の選び方もこれまで以上に工夫に富んでいるように思います。リズム・ミュージックとしても聴けるような作品に仕上がっていますよね。

「君の言う通りだよ。最初からそうするつもりではなかったけど、結果としてリズム・セクションのグルーヴに求め続けてきたことが形となったね。そういう変化の大部分は、これまでとは少し違う曲を書こうとしたことによるものだろう。キーボードやピアノでベース・ラインを用意したりもした。ギターの使い方もいろいろ試してみたよ。(これまで多用してきた)フィンガー・ピッキング以外にね。それらを埋めるようにメロディックなベース・ラインが現れ、ドラムのビートがうっとりと誘導し、時にはダンスしたくなるものになった。実は何年も前に、EITSで〈世界で一番哀しいダンス・レコード〉を作ろうと計画したことがあるんだ。それを今回実践してみたわけではないけど、アイデアの種はそこから来ていると思う」

――今回、ジョン・コングルトンを共同プロデューサーとして招いた理由を教えてください。

「話は2003年頃まで遡るんだ。90デイ・メンというバンドのアルバムにジョン・コングルトンが携わっていて、僕らはその作品のプロダクションをとても気に入った。それで書き上げたばかりのレコードのエンジニアになってほしいと彼に声を掛けたのさ。それが『The Earth Is Not A Cold Dead Place』となった。あのアルバムの完成度には僕らも興奮したし、ファンも気に入ってくれたみたいだね」

――あなたたちの代表作の一つとなりましたよね。

「上手く行くときはそうなるものだよ」

ジョン・コングルトンがプロデューサー/エンジニアを務めた90デイ・メンの2002年作『To Everybody』収録曲“I've Got Designs On You”

 

『The Earth Is Not A Cold Dead Place』収録曲“The Only Moment We Were Alone”

 

「それから僕らは何度も彼にお願いするようになり、とうとう今回の作品ではサウンドの重要なパートを担ってもらうことにした。これまでのアルバムで僕らが取り組んできたサウンドを、ジョンはどんなふうに録音するのか。『The Wilderness』の制作中、僕らは常にそのことを意識していた。とにかく、今回はジョンの耳を役立てたいという思いが強かったんだよ。あとはもう一つ、僕らはスタジオ入りしてから楽曲に手を加えることが許される自由を求めていた。先に100%完璧に書き上げてからスタジオに入るのは御免だからさ」

――その自由を得るためにも、ジョン・コングルトンの存在が必要だったと。

「そういうこと。彼には創造性を聴きわけられる耳があり、その曲にはどういった要素が効果的で、どんな要素がいらないのか、という取捨選択に関して疑いようのないセンスを持ち合わせている。僕たちはただレコーディングするだけではなく、積極的にいろんなことを提案してほしかったんだよ。例えば、〈どうしてこの曲でハーモニウムを使わないんだ?〉とか、〈ギターもドラムもこの曲から取り除いてみよう。そのうえでどんな要素が残るのか見てみるんだ。それからもう一度着手したらいい〉みたいにね。結果的にこのようなサウンドになったことには、彼のアドヴァイスが大きな役割を果たしているし、僕らの決断は間違えてなかったと自負している」

――そう思いますよ。

「ずいぶん前に単純な動機から決めたことが、いまでもバンドの成長を形作ることになるなんてね。なんだか不思議な感じがするよ」

――前作『Take Care, Take Care, Take Care』から本作のリリースまでに、映画のサウンドトラックを3作も手掛けてきましたよね。

「ああ、とてもおもしろかったよ。どの映画も必要としているものはあまりにも違うし、それぞれの映画のヴィジョンを実現させるやり方を探すことで脳みそがワクワクするからね。そのスピリットが今回の新作にも繰り越されているんじゃないかな」

「Manglehorn」サウンドトラック

 

――具体的に、そのときの経験が本作に与えた影響はなんだと思いますか?

「一番大きいのは、ギターとベースとドラムで編成されたこのバンドが、その他の楽器を用いて曲を書くことが考えられるようになったことだ。それに、感情や感覚を曲に込めようという気持ちを膨らませることにも役立った」

――それはかなりの大きな変化ですね。

「思うに僕らは、良かれ悪かれ、バンドを始めた頃のスタイルに引っ張られていたんだよね。感情に訴えかけるデリケートなフレーズをギターで演奏したり、マーチング・リズムをドラムで刻んだりすることができた。それを何度も繰り返すことで、リスナーの深い感情を引き出してこれたのは事実だと思う。でもバンドとしては、2、3枚のアルバムを発表してサウンドを探求したら、その後にどうするのか自分自身を問いただすべきだろう。自分たちが上手くできることを続けていきたいのか、それとも違う可能性を模索したいのか? これは個人的な話だけど、僕は音楽のことで立ち止まることはできない。“Your Hand In Mine”のパート2や3を作り続けるのはイヤなんだ。それはそれで喜んでくれる人が大勢いるのはわかっている。でもバンドとしてそこにやり甲斐を見い出せるとは思えないね。それよりは、4つの頭脳と4つのハートを駆使して、他に何ができるのか芸術的に探求していきたいな」

『The Earth Is Not A Cold Dead Place』収録曲“Your Hand In Mine”。バンド初期のコンセプトが凝縮した人気曲

 

――ここまで話してきたこと以外で、プロダクション面で変化した点や工夫した点はありますか?

「これまでリリースしたアルバムの楽曲制作では、僕ら4人がライヴでそのまま演奏できるようにするといった制限があった。もちろん、オーヴァーダブはこれまでもやってきたよ。パーカッションやベースとかね。だが今回は、そのような制限の一切を取り払い、影響だろうと楽器だろうと何もかも採り入れ、どんな方法を使ってでも楽曲を構築できるようにしようと決めていた。例えば、今回のアルバムに収録された“Losing The Light”という曲では、ベースにあるメロディーは主にダブル・ベースを伴うチェロのために書いたもので、ライトなピアノの音や軽やかに刻まれたサンプル音と一緒になっている。この曲をライヴで演奏をするのは、少なくとも通常のバンド・フォーマットでは不可能だ。でも、こういったメソッドを追求することができて僕は満足している。とても出来が良いし、誇りを持てる曲に仕上がっているからね」

――最後に、本作のタイトルを『The Wilderness』と名付けた理由を教えてください。

「実は、ワーキング・タイトルは『Infinite Wilderness』だったんだ。無限の荒々しさと荒れ地の概念、そして宇宙空間の広がり――その荒涼としたイメージは、強く僕らに訴えかけた。とても気に入っていたけれど、ちょっと勿体ぶっている感も否めない。それに今回は、これまでと違うやり方でレコーディングに挑んだわけだし、そのスピリットも反映させてシンプルに『The Wilderness』でいくことにした。このネーミングは僕たちの探究心をカプセルに包んで、これまで行ったことのない場所へ運んでくれるのさ。あとは発見や恐れ、喪失といったテーマもそこに付随している」