【Discographic】ハウンズトゥース
本国では〈猟犬の牙〉、日本でいうなら〈千鳥格子〉をトレードマークに、アンダーグラウンドなベース・ミュージックの世界を拡げてきたハウンズトゥース。その50タイトル・リリースを祝って、今回はCDで聴ける全フル・アルバムを紹介しよう!
〈ポスト・ダブステップ〉が日本でいうところの〈ポスト・ロック〉みたいなジャンル呼称として定着しなくて本当に良かったが、そんな言葉を誰も使わなくなったのは、私たちが文字通り〈ダブステップ以降〉の時代を生きていることがもう明白すぎるからだろう。そして、そんな時代ならではのアンダーグラウンドなクラブ・ミュージックを選りすぐって送り出すUKレーベルの代表格が、ここで紹介するハウンズトゥースだ。
2012年に始動したこのレーベルは、ロンドンの大型クラブであるファブリックを母体としている。ファブリックといえば2001年に同名レーベルを立ち上げ、〈Fabric〉〈Fabriclive〉の両シリーズでDJミックスを発表し続けている安定のブランドだが、そこからミックスCD以外の作品を出すために新設されたのがハウンズトゥースというわけだ。立ち上げ時からA&Rを務めるロブ・ブースは、ポッドキャスト〈Electronic Explorations〉を2007年にスタートし、ジェイムズ・ブレイクやピアソン・サウンド、2562といったスターをいち早く番組で紹介してきたアンダーグラウンドの目利きである。キュレーターとしての腕を買われた彼のヴィジョンと嗜好は、レーベルがここまで重ねてきたラインナップの通りだ。
インダストリアルやダブ・テクノ、トリップホップといった諸作に芯を通すのは、密室的であってフロアライクでもあるテクノ~ハウスとベース・ミュージックの実験的で知的な融合である。それをレーベル・カラーと呼ぶのならば、第1弾リリースに選ばれたコール・スーパー“The Present Tense”から、今回カタログ50番を記念してコンパイルされた『Tessellations』までその意識は貫かれていると言えそうだ。
VARIOUS ARTISTS Tessellations Houndstooth(2016)
新進アクトと積極的に縁を結ぶ一方、名のあるアーティストの新名義での作品が多いのもこのレーベルの特徴だろう。キング・カニバルはハウス・オブ・ブラック・ランタンズ、ポール・ウールフォードはスペシャル・リクエスト……といったふうに、その狙いはアーティスト個々にリフレッシュした印象をもたらすと同時に、レーベルの新しさを演出する機能も果たしている。
なお、先述のコンピ『Tessellations』にはこのページでアルバムを紹介している面々のほか、あのデイヴ・クラークによる別ユニット=アンサブスクライブなども参加。闇の向こうに目を凝らす猟犬の牙は、ここからもまた新たな刺激をアンダーグラウンドから届けてくれることだろう。 *狛犬
CDで聴けるハウンズトゥースの全フル・アルバム!
HOUSE OF BLACK LANTERNS Kill The Lights Houndstooth(2013)
レーベルの第1弾アルバムとなったのは、ディラン・リチャーズによる新プロジェクトの初作。キング・カニバル名義でニンジャ・チューンに大作を残す彼だが、ここでは“You, Me, Metropolis”などジュークにも踏み込みながら不穏で仰々しいインダストリアル世界を構築している。ルーディ・ザイガドロとの重々しいコラボも聴きもの。 *出嶌
SNOW GHOSTS A Small Murmuration Houndstooth(2013)
スローイング・スノウことロス・トーンズが女性シンガーのオーガスタス・ゴーストことハンナ・カートライトを伴ったユニットでの初作。両人はがっぷり四つに組んで、往年のトリップホップの影を纏ったサウンドを展開するが、かつてのそれとの決定的な違いはその解像度。この後、彼らはさらなる精緻さを求めてトリオ編成へと進む。 *藤堂
SPECIAL REQUEST Soul Music Houndstooth(2013)
ブリストルのポール・ウールフォードによるユニットの初作。90年代レイヴ~ジャングル気質を受け継ぐハードコアなブレイクビーツにテクノの要素も加えて、強力なベース・ミュージックを展開している。リミックス集のDisc-2ではアンソニー・ナップルズやリー・ギャンブルといったアングラ最先端の人脈も巻き込んで話題に。真のハードコア。 *池田
シンクロとインディゴ、ソロでもそれぞれ活動するマンチェスターのデュオは、2枚のホワイト盤が話題を呼び、晴れてレーベルの仲間入り。この初のアルバムではダークなベース・トラック、仰々しいミニマルものなど、ヴァラエティーに富んだ内容でレーベル自体の方向性の幅を拡げ、現行インダストリアルな面々との共振もまた想定通り。 *藤堂
THROWING SNOW Mosaic Houndstooth/Pヴァイン(2014)
マッシヴ・アタック~ジェイムズ・ブレイクの系譜に続く存在として、スノウ・ゴースツの一員でもあるロス・トーンズの新プロジェクトが鳴り物入りで放ったデビュー・アルバム。UKベース史を総括するかの如く多様なパターンを繰り出すリズムには才気が漲り、ダークな中に配された女性ヴォーカルの美しさも際立っつ。完成度の高い一作。 *池田
当時のインディーR&B景気を受けて台頭したLAの男女コンビの、鬼才ムラ・マサらとの共作も含む力作。カラスが不気味に宙を舞う“Crow”や不穏な“Dry”など、UK産のトリップホップとは似て非なる乾いた空気がズッシリ重たい。2月のミックステープ『Fore』を文字通りの前フリとして届くであろうセカンド・アルバムも楽しみだ。 *出嶌
2013年にレーベル入りしたロンドンのクリエイターが、満を持して完成させたファースト・アルバム。軽妙なアンビエンスを纏ったテクノ~エレクトロニカを展開するサウンドはアルカやOPNといったテン年代以降の才人らと同一線上で語られることが多いが、かつてのインテリジェント・テクノの系譜で捉えることもできるかも。 *藤堂
ハウンズトゥース内でも実験的な要素が強い一枚。ノイズをリズミックに操り、リヴァーブやディレイといったエフェクトを効果的に施して精密にデザインされたサウンドは刺激に満ち溢れている。アル・トゥレッツ名義でも個性的な音を聴かせる彼だが、本作は音響、低音的にもかなり作り込んだエレクトロニック・ミュージックの尖鋭だ。 *池田
SNOW GHOSTS A Wrecking Houndstooth/HOSTESS(2015)
陰鬱でゴシックな雰囲気をさらに強めた2作目。ヴォーカルのハンナ・カートライト嬢の歌を活かすべく物語性の強いドラマティックな展開が用意されていて、彼女の存在を中心に据えたユニットとしての持ち味も改めてよくわかる。本作から加入したオリヴァー・ノウルズによる生楽器の導入の効果も大。これぞ劇場型ベースです。 *池田
前年のEP『HTH020』でお目見えしたオリジナル4曲と、ハクサン・クロークやヴァチカン・シャドウによるそのリワーク集『HTH030』からの2曲、そこにFISとレジスの初出リミックスを加えた編集盤。ブリアル以降の抽象ベースをエクスペリメンタルに深化させ、悪夢の奥から迫ってくるインダストリアルな音塊のド迫力は凄まじい。 *出嶌
ボーダー・コミュニティからのリリース経験もあるケイト・ワックス改めアイシャ・デヴィ(こちらが本名)。破壊的なビート、ダークでトランシーなシンセ使い、数曲で自身のヴォーカルも披露するなど、心機一転した音楽性には十分な手応えが感じられる。“Anatomy Of Light”で見せるノイジーな音像には古巣の影もちらほら。 *藤堂
GUY ANDREWS Our Spaces Houndstooth(2015)
アイアンビックの名で2000年代半ばから活動し、かのヘムロックやホットフラッシュにも音源を残してきたブライトンの才人。このファースト・アルバムでは奥行きのある空間にトライバルなリズムを張り巡らせ、過去曲にはないパーカッシヴなダイナミズムを生み出している。メロディックなシンセ使いも親しみやすいキャッチーな一枚だ。 *出嶌