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コラム

ブリアル(Burial)『Antidawn』とは永遠の闇夜に捧げた鎮魂歌である

気鋭の文筆家 木澤佐登志が綴る、行き場を失った亡霊を取り憑かせるための音楽

2000年代半ばのダブステップシーンから現れ、以降匿名的で謎めいた活動を続けているプロデューサーのブリアル。彼が、名作『Untrue』(2007年)のリリースから実に15年ぶりとなる長編作品『Antidawn』を発表し、再び注目を集めている。これを機にMikikiは、新刊「失われた未来を求めて」が話題になっている木澤佐登志にブリアルについての執筆を依頼した。『Untrue』発表後の音楽シーン、マーク・フィッシャーの憑在論、インターネットと監視資本主義に取り囲まれた出口なき現代社会のありようなどに触れながら、気鋭の文筆家がブリアルと『Antidawn』の諸層を読み解く。 *Mikiki編集部

 

『Untrue』以降、時代の閉塞感はますます募っていった

すり減ったレコードのクラックルノイズとサンプリングされた音の破片とともに、深いダブミキシングとリバーブの奥底から女性らしきボーカルが亡霊のように立ち現れては消えてゆく。亡霊の声が囁く。〈I’ve no place left to go(私には行く場所がない)〉……。

『Antidawn』収録曲“Antidawn”

ブリアルが追い求め、幻視した、80年代末期のセカンド・サマー・オブ・ラブ=レイヴカルチャーの亡霊は今や完全に祓われてしまったのだろうか。アシッドハウスが掻き鳴らすTB-303の狂躁的でサイケデリックな音像とMDMAが垣間見せる刹那的な多幸感はとうに潰え、それに取って代わったのはコカインとヘロイン、そしてリーンとザナックスの過剰摂取(オーバードーズ)と、それがもたらす依存(アディクション)と離脱症状の終わりなき苦しみであった。スマイリーフェイスの表情は、瓦礫の山を前にしたベンヤミンの天使のように、今ではメランコリックに沈み込んでいる。

ブリアルが2007年に2枚目のアルバム『Untrue』を発表してから現在に至るまで、時代の閉塞感はますます募っていく一方のように見える。それは音楽シーンも例外ではない。2013年にハイパーダブから『Double Cup』をリリースしてジューク/フットワークのパイオニアとしての地位を不動のものとしたDJラシャドは、その翌年に薬物の過剰摂取によって死去した。東海岸のヒップホップクルー、プロ・エラの創始者のひとりキャピタル・スティーズは、2012年のクリスマスイブに飛び降り自殺を試み、19歳という若さで自ら命を絶った。ラッパーたちは、ケンドリック・ラマーをはじめとして、それまでのマスキュリンなイメージから意識的に距離を置くかのように、メンタルヘルスの問題や自己嫌悪についてのリリックを書くようになった。たとえば、シカゴ出身のラッパー、ヴィック・メンサは2017年のデビューアルバム『The Autobiography』の中で、薬物依存やメンタルヘルスなど、自身の脆い部分にフォーカスを当てている。

 

失われた未来に取り憑かれたロンドンのために奏でられる音楽

未来もまた、古びたレコード盤のようにすり減っていく。ブリアルの最良の理解者のひとりであった批評家マーク・フィッシャーも、鬱病との絶えざる闘争のすえ、2017年にみずから命を絶った。

フィッシャーにとってブリアルのサウンドは、過去に取り憑かれているだけでなく、失われた未来に取り憑かれている現在のロンドンという都市のために奏でられるものとして映った。フィッシャーは『Untrue』に収められたトラック“Raver”について、次のように述べていた。

「ベリアルのロンドンは、意気消沈しているかつてのレイヴの参加者(レイヴァー)たちが住んでいる街のように見える。彼らはかつて踊りあかした場所へと戻り、その場所がすっかり見捨てられていることに気づいて、かつて過ごした集団的な恍惚と、みずからのレイヴ以後の人生の日常的な妥協との落差をいやがおうにも痛感させられている。ベリアルのロンドンは、ふたたび見られた過去の夢であり、放棄されたジャンルの遺物を、夢幻的なモンタージュのなかで凝縮したものである」(五井健太郎訳)。

※編集部注 ブリアルのこと

2007年作『Untrue』収録曲“Raver”