2000年代初頭にエレクトロ・シューゲイザーの寵児としてデビューを飾り、前作『Hurry Up, We’re Dreaming』(2011年)はセールス面でも大成功。いまやハリウッド映画のサントラも手掛けるビッグネームとなったM83が、通算7作目となるニュー・アルバム『Junk』をリリースした。近作2枚の80s青春/ファンタジー映画チックなアートワークから一転し、今回はキッチュで可愛らしいヴィジュアル・イメージへと変貌。サウンドはドリーミーな世界観を継承しつつ、危ういメロディーと斬新なアレンジを突き詰めた渾身の一枚に仕上がっている。そんな本作は、なぜ〈junk=ゴミ〉と名付けられたのか?  5月26日(木)に東京・新木場STUDIO COASTで開催される初の単独来日公演(サポート・アクトはSeiho!)を前に、華々しいキャリアを振り返りつつ、一大チャレンジに臨んだ『Junk』の制作背景に迫る。 *Mikiki編集部

M83 Junk Naive/HOSTESS(2016)

 

10年間で培ったエモーショナルな歌心
M83の成長過程を振り返る

2015年に一大コズミック・ファンク・アドヴェンチャーに漕ぎ出したのがテーム・インパラケヴィン・パーカーだったとしたら、今年その旅を引き継ぐのはM83=アンソニー・ゴンザレスなのかもしれない。いや、7枚目にあたる新作『Junk』でのアンソニーは、エレクトロニカとインディー・ロックを経由した新時代のグルーヴを切り拓くべく、時空のさらに彼方へと漕ぎ出した感がある。

いま聴き直すと、15年前に登場したデビュー作『M83』は決してそういう展開を、そういう野心を予告する作品ではなかったと思うのだが、逆に言えば、どう転んでもおかしくない出発点でもあったのか? ジャケットに2つの人影が描かれている通り、フランス南部アンティーブ出身のアンソニーとニコラ・フロマジョのデュオとして始まったM83は、同アルバムを映画音楽の影響が色濃いアンビエントなインスト曲で満たしていた。

2001年作『M83』収録曲“Violet Tree”

 

続く2作目『Dead Cities, Red Seas & Lost Ghosts』(2003年)もインスト作品で、ノイジーなギターとエレクトロニック・サウンドでたまらなくエモーショナルかつシンフォニックな音のモヤを構築。ポスト・ロックと共鳴する部分も多々あった。それが、ニコラが脱退しソロ・ユニットとなっての3作目『Before The Dawn Heals Us』(2005年)では、『Dead Cities~』の路線をある程度踏襲しつつ、ゲスト・ミュージシャンたちとのライヴ録音も敢行。トーンは一気に明るく晴れてメロディックさも増し、バンド・サウンドとアナログ・シンセのミクスチャーをクワイアやオーケストラで壮大に演出。アンソニーはみずから歌うことで、言葉による表現に積極的に取り組みはじめ、ひとつの音楽的転機をもたらしたのだ。

2003年作『Dead Cities, Red Seas & Lost Ghosts』収録曲“Run Into Flowers”
2005年作『Before The Dawn Heals Us』収録曲“Don't Save Us From The Flames”

 

この頃には海外での知名度と評価も上がり、リミキサーとしても活躍するようになったアンソニー。次に『M83』の延長上にあるアンビエントなインスト曲集『Digital Shades Vol. 1』(2007年)を送り出すのだが、ケン・トーマスがプロダクションを主導した5作目『Saturdays=Youth』(2008年)では一転、女性ヴォーカルも織り交ぜてソフトで甘い音色の、80sに根差したエレクトロ・ポップを志向。もっとも敷居の低いM83像を提示する。

2008年作『Saturdays=Youth』収録曲“Kim & Jessie”

 

その後LAに移り住むと、彼と同じくマルチ・インストゥルメンタリスト兼プロデューサーで幅広いセッション・ワークでお馴染みの、ジャスティン・メルダル・ジョンセンという新たなパートナーを得て、ダブル・アルバムとなった6作目『Hurry Up, We’re Dreaming』(2011年)で全面的にコラボ。自身の人生の総括であり、音楽的にも集大成的であるこの意欲作では、スラップベースやサックスといった生楽器の音を効果的に配し、前作の歌心をよりいっそう強調。殊にキャッチーだったシングル曲“Midnight City”がプラチナ・セールスの大ヒットを記録したうえに、全米チャートでは初登場15位、第55回グラミー賞の最優秀オルタナティヴ・アルバム賞ノミネート――と、商業的にひとつのピークを迎える。

2011年作『Hurry Up, We’re Dreaming』収録曲“Midnight City”
2011年作『Hurry Up, We’re Dreaming』収録曲“Reunion”

 

さらに2013年には、ハリウッド映画「オブリビオン」のサントラを手掛けるまでに至るのだが、〈Hurry Up~〉の勢いを利用するような人では当然なく、6年の空白を経て新たな出発を切ることを選んだ。他人の思惑やトレンドに囚われずに、自分がこれまでにやってきたことにも、一旦背を向けて。

 

新作のテーマは〈オーガナイズされたカオス〉
大物ゲストと築いたサプライズ連続の音世界

「新たな“Midnight City”を期待する声もあったよ。でも僕としてはそのニーズに屈したくなかった。一番売れた曲の焼き回しをするなんてゴメンさ。僕は良い意味でリスナーを不安にさせるような強烈な音楽が作りたかったんだ」とアンソニーは語る。というのも彼は、長いツアーを体験してフロントマンを務めることに少々くたびれて、自分がブライアン・イーノブライアン・ウィルソンケヴィン・シールズといったヒーローたちと同様に、〈裏舞台のほうが居心地いいタイプ〉であることを再確認。そこで、歌う場面を減らし、役者を多数立てての監督業を優先。計15曲それぞれに完結した、濃密な世界を作り上げた。

まずは、興味深いその〈役者〉から見ていこう。前作〈Hurry Up~〉に引き続きジャスティンを共同プロデューサーに選んで密にコラボしつつ、“Go!”など4曲にヴェトナム系フランス人のシンガーであるマイ・ラン、“Walkway Blues”にはツアー・ギタリストのジョーダン・ローラー、“For The Kinds”には「オブリビオン」のサントラにも参加したノルウェー人シンガー・ソングライターのスザンヌ・スンフォー、“Time Wind”にはベックがヴォーカルを提供。ジャスティンはベックと長年組んでいたから不思議じゃない顔合わせだが、こうも大物のゲストを迎えるのは初めてだ。

ベックの99年作『Midnite Vultures』収録曲“Sexx Laws”。ジャスティン・メルダル・ジョンセン(ベース)はMVにも出演
スザンヌ・スンフォーをフィーチャーした『Oblivion』収録曲“Oblivion”

 

またプレイヤー陣については、『Before The Dawn Heals Us』からの付き合いであるドラマーのルイッチ・モーランや、フュージョン系のヴェテラン・ピアニストであるジェフ・バブコのバックアップを得る一方、何よりも驚かされたのは、“Go!”で王道の泣き系ギター・ソロを披露するスティーヴ・ヴァイの名前。彼もジャスティンに紹介されという。

「ある日ふと、10代の頃から信奉するギター・ヒーローに協力を依頼できないかなって思い付いたんだ。ジャスティンがスティーヴの連絡先を知っていて、コンタクトを取ったらすごくいい反応が返ってきた。〈最高にハチャメチャなソロをお願いします!〉って依頼したよ。もちろんそんなの彼にとっては朝飯前なことでさ。すぐに3つのテイクを送ってきてくれて、そのうちの2つを融合させて究極のスティーヴ・ヴァイ・ソロを完成させたんだ」(アンソニー)。

スティーヴ・ヴァイのライヴ映像

 

そんな細かいこだわりは、カルチュラルな引用にも行き渡っている。『M83』では映画やTVドラマから会話をサンプリングし、『Saturdays=Youth』ではジョン・ヒューズ監督の映画にインスピレーションを求めたものだが、今回は80年代に放映された「ヒルストリート・ブルース」をはじめとするヴィンテージなTVドラマの音楽にヒントを得て、“Do It, Try It”では「となりのサインフェルド」のテーマ曲におけるベースの音を、当時使われていたシンセ(コルグM1)を借りて再現したとか。

※89年7月~98年5月まで放送され、全米で6年連続視聴率1位に輝くなど爆発的人気を誇ったコメディー・ドラマ 

「となりのサインフェルド」のテーマ曲

 

このように自分が必要とする材料をじっくり集めたアンソニーは、いつものように歌心とエクスペリメンテーション、シンセティックとオーガニックを両立させつつ、ここにきて70年代にも食指を動かし、ファンク/ディスコやソフト・ロックを大胆に消化。ダンサブルでとことんキャッチー、そしてロマンティックにしてセンシュアルな新しい表情を、次々に見せつけている。グルーヴの感触は明らかに弾力を増し、浮遊感はアンビエントからサイケデリックに変質。冒頭からさっそく、レイヴ感溢れるピアノの音とアゲ系リリックが印象的なダンス・アンセム“Do It, Try It”で、〈やってみなよ、試してみなよ〉と自分を促し、〈新しい明日の音に耳を傾けて〉と訴える。続く“Go!”ではスローダウンしたディスコのリズムに乗って加工した声が浮遊し、インスト曲“Moon Crystal”はバリー・ホワイト調のゴージャス感を漂わせ、“Laser Gun”はシックが憑依したかのよう……。その一方で、“For The Kids”はカーペンターズを想起させるバラードだったり、“Solitude”はメロドラマティックなシャンソン風に仕上げていたり、ギミックすれすれのキッチュな味付けを施していて、とにかくサプライズの連続なのだ。

そして、どの曲も表面的には美しくポリッシュされているも、本来両立し得ない要素が同居しているかのような歪みや危うさを湛えている。「めざしたのは〈オーガナイズされたカオス〉さ。本来なら共存しないはずのものが上手く相乗効果を生む。サウンドに過剰に神経質になるようなことはしなかったんだ」とアンソニーが言う通りに。

 

失われゆく美意識を貫いた刹那の美しさ
人を喰ったタイトルの裏側にある温もり

またM83の重要なアイデンティティーである〈ノスタルジー〉も、本作では〈郷愁〉という形で全編に流れ、失われたもの、ここにはないもの、ここにいない人を懐かしむ気持ちが深いメランコリーを醸している。“For The Kids”や“Solitude”の歌詞にはそういう気分が読み取れるし、マイ・ランの参加曲のうち2曲に初めてフランス語の歌詞を用いており、エキゾティックで艶めかしい趣は実に新鮮だ。

「LAは大好きさ。でも、自分が慣れ親しんだ文化や言葉が猛烈に恋しくなる時があるんだよ。家族や友人と離れて暮らすのは決して楽じゃない。アルバムにフランス語の歌詞を採り入れて、ちょっとホームシックにかかっちゃったかな」。

ここにいない人、と言えば、アルバムを締め括るバラード“Sunday Night 1987”は、彼の友人でM83のツアーにてサウンド・エンジニアを務めていたジュリア・ブライトリー(2014年に癌で亡くなっている)に捧げられている。ジャズ界を中心に活躍する名手トーラック・オレスタッドによるハーモニカのアウトロは、あまりにも切なく美しく、アルバムを聴き終えた時には、人を喰ったようなタイトルとジャケットに違和感を覚えるかもしれない。〈junk〉=ゴミどころか、エモーショナルな重みとヒューマンな温もりに貫かれたアルバムではないか――と。もちろん、タイトルにはアンソニーなりの理由がある。

「いま、自分たちが作っているものも結局は宇宙のゴミになる運命にあると僕は思っていて、そうした刹那的なものに惹きつけられるのと同時に、怖いほどの美しさを感じる。広い宇宙に人間がポツンと漂って、終わりのないどこかへと流されるイメージが僕のなかにあって。いまって時代は物凄いスピードで進んでいて、芸術でさえどこか軽んじられて、無駄に消費されているきらいがあるよね。アルバムもほんの一瞬の試聴で終わって、自分のお気に入りを1曲選んでプレイリストに入れるだけ。追いかけるのに一生懸命で、本当、アルバムを1枚通して聴く習慣がもうないんだ」。

そう、ここでもひとつ何かが失われつつある。そんな時代だからこそ、一つの作品としてアルバムを聴いてもらうべく、本作からはシングルをカットしないという彼。失われていくものを惜しみ、過去から学んで、大切なものを確認しながら涙を拭って創り出した新しい音楽は、まさに刹那的で、怖いほどに美しい。

 


M83来日公演
日時/会場:5月26日(木) 東京・新木場STUDIO COAST
開場/開演:18:00/19:00
料金:自由席/6,500円
サポートアクト:Seiho
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