ダスト惑星から飛び去って早くも30年……何度となく世界を激震させてきた王者が、混迷の時代にニュー・アルバム『For That Beautiful Feeling』を携えて帰ってきた。彼らの功績を改めて振り返りつつ、貴重な最新インタヴューをお届けしよう!

 ユニットを結成(当時の名前はダスト・ブラザーズ)してから31年。すでに熟年夫婦のような域に達していながら、いつまでもフレッシュな音楽と共に最前線に立ち続けているダンス・ミュージック・グループ、ケミカル・ブラザーズ。『No Geography』(2019年)リリース後のツアーはパンデミックによって中断となり、その後のイギリスの音楽業界の混乱を経て生まれた4年ぶりとなるニュー・アルバム『For That Beautiful Feeling』は、宙に浮く形となってしまった同ツアーの無念を取り戻すかのようなエネルギーに満ちた作品となった。初期からさらに遡るかのような荒々しさで殴打されるビート、閃くシンセとノイズの奔流はますます自由度を増してサイケデリックな様相を呈する。警鐘を鳴らすような激しさと、傷んだ世界を包み込むような温もりと解放感。最高にうるさくて美しい。まさにケミカル・ブラザーズの面目躍如たる一枚だ。

THE CHEMICAL BROTHERS 『For That Beautiful Feeling』 EMI/ユニバーサル(2023)

 

DJカルチャーの中で培った最先端のサウンド

 振り返ればトム・ローランズとエド・サイモンズがマンチェスター大学で出会ったのは、89年のこと。ニュー・オーダーとザ・スミスに影響を受けたエドと、パブリック・エネミーに多大なる影響を受けてヒップホップのレコードをコレクションしはじめたトムは、やがて伝説のクラブ・ハシエンダに入り浸るようになり、The 237 Turbo Nuttersという名義でパーティー〈Naked Under Leather〉を開催し、DJ活動を開始する。

 その後、ダスト・ブラザーズ名義で自主制作によるプロモ盤“Song To The Siren”(92年)をリリース。同曲のサンプルには、ビル・ディール&ザ・ロンデルズ“Tuck’s Theme”やミート・ビート・マニフェスト“God O.D.”、コールドカット“Beats & Pieces”などがキメラのように組み合わされ、特大のビートとノイズが爆発する同曲ではすでに現在に至るまでの彼らの黄金率が確立されている。

 彼らの知名度が上がっているなかでスタートしたレジデント・パーティー〈Heavenly Sunday Social〉には、ノエル・ギャラガー、ジェイム・ディーン・ブラッドフィールド(マニック・ストリート・プリーチャーズ)、ノーマン・クック(後のファットボーイ・スリム)、プライマル・スクリームらが訪れるなど、当時最先端のコミュニティーを形成。こうしたなかで、彼らはヴァージンと契約。95年にファースト・アルバム『Exit Planet Dust』が満を持してリリースされるのである。

 当時イギリス中を熱狂させていた〈ブリット・ポップ〉旋風が陰りを見せるなか、次の期待はダンス・ミュージックへと向けられ、その最右翼となったのがプロディジーとケミカル・ブラザーズだった。そして、シーンとシーンの転換点となったのが、当時無双状態だったオアシスのノエル・ギャラガーを招いて制作された“Setting Sun”(96年)だ。同作が収録されたセカンド・アルバム『Dig Your Own Hole』(97年)は全英1位を獲得。アルバム収録の“Block Rockin Beats”がグラミーを受賞。シーンのトップ・ランナーとしての地位を確立することになる。

 その後の躍進も驚異的だ。ビッグ・ビートの狂騒の中でリリースされたサード・アルバム『Surrender』(99年)、スーパースターDJ時代が陰りを見せるなかリリースされた4作目『Come With Us』(2002年)、ダンス・ミュージック・シーンの停滞期に反撃の狼煙を上げた5作目『Push The Button』(2005年)、エレクトロ・リヴァイヴァルの渦中にリリースされた6作目『We Are The Night』(2007年)まで、アルバムは5枚連続で全英1位という記録を樹立。

 彼らがすごかったのは、ヴォーカルをフィーチャーした曲だけでなく、“Elektrobank”“Hey Boy Hey Girl”“Star Guitar”“It Began In Afrika”“Saturate”など、輝くようなアンセミックなインストゥルメンタル・トラックを数多く輩出している点だ。「ヒット・ソングに絶対的なフォーミュラはない」という名言は、そんな彼らの凄さを端的に物語っている。