憂鬱の向こう側で見い出したものは、美しい世界線。〈物語〉の音像化に長けた4人が重ねて描く〈可能性の世界〉を肯定できたとき――灰色の世界は極彩色に変わる!
灰色の世界に色彩を
〈この世界はなんて素晴らしいんだろう〉――かつて、悲劇的な状況のなかでそう歌った男がいた。それから約50年を経て、FLEETの佐藤純一とs10rwのyuxuki waga、Leggysaladことkevin mitsunagaという3人のサウンド・プロデューサーとヴォーカリストのtowanaから成るユニット、fhánaが新作に与えたタイトルは『What a Wonderful World Line』。そもそもは物理学用語である〈World Line=世界線〉とは、その時々の行動によって世界が別のものへと変化する可能性を示した言葉である。
「『What a Wonderful World Line』には、〈なんて美しい世界線なんだろう〉〈この世界線を肯定しよう〉という希望みたいな意味が込められていて。“What A Wonderful World”はルイ・アームストロングの曲ですけど、それが作られたのはちょうどベトナム戦争の最中で、〈素晴らしい世界〉とは言い難い状況だった。そして2016年のいまも、やっぱり理想とは程遠い状況だと思っていて。だからこそ、現実のイマ・ココの世界線を肯定しよう、この世界は灰色だとわかったうえで、それでも祈り続けよう、信じる強さを持とう、っていう、普通に考えたら不幸なことかもしれないけど、よくよく考えればそこにこそ希望がある――そんな〈一周回った希望〉を言いたくて」(佐藤)。
そんな着想を得たきっかけは、直前のシングル“虹を編めたら”だという。
「虹は平行線上にいろんな色があって交わらないですよね? で、世の中にはいろんな個性、つまり色を持った人がいて、それが虹を編むように交わっていけたらいいなって。人と人っていうのは、完全にはわかり合えないと思うんですね。自分と他人が完全にわかり合えたとしたら、それはどこまでいっても自分みたいなことなので、結局自分ひとりしかいない。孤独な世界ですよ。わかり合えないからこそ自分以外の他者がいて、だから人は孤独じゃない。時には傷つけ合うこともあるかもしれないけど、そこには希望もある」(佐藤)。
そして、そんなメッセージを端的に示しているのが、冒頭の“The Color to Gray World”だ。
「この曲のタイトルは、〈灰色の世界に色彩を与えよう〉という意味合いで。人は誰もが、何かしらがんばってたりとか、問題を抱えて苦しんでたりとか、幸せなことがあったりとか、いろいろなものを抱えてると思うんですね。でも、そうやって人が生まれたり、生きたり死んだりすることに何か意味はあるんだろうかと。もっと言えばこの世界が存在すること――宇宙が生まれて、生命が生まれて、文明が生まれてっていうのも単なる〈現象〉で何か意味があるわけではない。ないんだけど、〈灰色の世界〉、つまり〈意味のない世界〉に意味を、色彩を与えるのは結局自分自身の意志なんだってことをこの曲では歌っていて。僕のなかでは普通だったらラストにくる、大団円みたいな曲だと思ってるんですね。エンディングを頭に持ってきていて、で、時系列が最初に戻っていちから始まっていく。最初にテーマを伝えて、だんだん核心に近付いていくっていう」(佐藤)。
ひとりきりのまま
大らかなミディアム“The Color to Gray World”から弾むリズムに乗って一気に駆け出す、towanaいわく「音域が広くて苦労した」という“What a Wonderful World Line”とエモーショナルなオープニングが用意された本作。既発曲と新曲が7つずつ、全14曲をもってコンセプトを紡ぐ林英樹の歌詞と呼応するサウンドも新味に溢れている。例えば全編英語詞の“Relief”は、佐藤の趣味性が全開の逸曲だ。
「去年はアトランタでライヴをやって、世界中のいろんな国や地域の人たちからも反響があったりして、世界中にどんどん音楽を届けていきたいというモチベーションがfhána的に高まっていて。英語の曲はそのひとつの方法ですね。英詞もいけるぞと思ったのは、“追憶のかなた”の終盤にある5行ぐらいの英語パートを録った時。towanaのヴォーカルが英語にすごくいい感じでハマってたんですね。で、この曲は音楽的にはテクノやハウスっぽいけど、歌とギターと電子音の混ざり方がおもしろいバランスになったかなと」(佐藤)。
続いて、yuxukiが手掛けたのはパンキッシュかつキュートな“little secret magic”と、佐藤がメイン・ヴォーカルを取る“Critique & Curation”。
「“little secret magic”のレコーディングはギターとベースとドラムで、〈せーの〉で4回通して録って終わりでしたね。体感速度は最速じゃないかと(笑)。ただパンクな曲をこの4人でやっても仕方ないんで、渋谷系的な転調を多く入れたりとか、少しひねくれた要素も入れてます。“Critique & Curation”のほうは、4~5年前から佐藤さんがヴォーカルの曲を作りたいねっていう話をしてて、ついにその時がきてしまった(笑)。僕はもともとFLEETも好きだし、スーパーカーとかも大好きなんで、その要素……男性ヴォーカルがメインで、女の子の声が上から被さってくるものをやってみました。ミックスもスーパーカーと同じ益子樹さんです。あと、ベースはクラムボンのミトさんにお願いしたら、デモには一個もスラップを入れてなかったんですけど、超ファンキーになって返ってきて。tha band apartの原(昌和)さんにお願いした“c.a.t.”もそうですけど、レコーディング・マジックが起きてます」(yuxuki)。
「歌うのは大変だなって実感した曲ですね(笑)。自分の歌のスタイルは高橋幸宏さんに影響を受けてると思うんですけど、この曲ではわりと声を張って歌っていて」(佐藤)。
また、kevinが提供したのは、変則的なビートが敷かれた電子ポップ“Antivirus”。
「この曲はあえてノらせないというか、ビートを複雑に入れ変えて、普通とは違うところにキックとスネアがくる作りになっていて。そこにひと昔前のJ-R&Bのような雰囲気も持たせつつ、最終的にはエレクトロニカ、みたいな感じですね」(kevin)。
「fhanaの曲にしては珍しく、横のリズムを意識して歌いましたね。あと、Aメロは無機質にっていうディレクションがあって……自分で言うのもなんですけど、ボーカロイドみたい(笑)」(towana)。
そんな13曲を聴き進んで辿り着くのは、佐藤が言うところの〈核心〉である“gift song”。シンプルな編成の、凪いだフィナーレが胸に沁みる。
「この曲は、生々しさというか、素の感情を表現したくて。ピアノとギターと歌と、音数も少ないですし、歌も座って、リラックスした状態で録ってるんです。人はわかり合えないし、人生に意味はないけれども、でも、一瞬わかり合えたような気がする瞬間はあるよね、っていう。でも、その状態をキープするのはすごく難しいことで、だからこそ、その一瞬は贈り物みたいなものなんだって。君と僕はひとりきり。だけど、ひとりずつのままわかり合う。最後はそういう希望を示して終わりたいなと」(佐藤)。
本作の余韻として残るのは、ひとりきりだからこそ生まれる希望と、〈個〉の強い肯定。その果てに〈世界は美しい〉と気付けた時、灰色の景色は極彩色に変わる。