このビートは恐ろしく雄弁だ! SIMI LABの寡黙なサウンドマンがその危険なスペックを見せつける、初のプロデュース・アルバム!!

 「言葉で表現するのは苦手なんですけど、ビートって音だから素直だし、自分の感じたことがそのまま表現しやすいっていうか。もちろん人によって聴こえ方は違うと思うんですけど、自分の思うことがビートでなら言えるっていう感覚があると思います」。

Hi'Spec Zama City Making 35 SUMMIT(2016)

 その言葉を額面通りに受け取るなら、この男の脳内にはとんでもないものが渦巻いている。SIMI LABのDJ/ビートメイカー、Hi'Specが満を持して届ける『Zama City Making 35』。先行公開された三宅唱によるMVもかっこいいABC(AIR BOURYOKU CLUB)との“BUG”は、刺さるような怪音と快音がポリリズムを奏で、主役のハイなスペックを改めて知らしめるフリーキーな逸曲となった。

 「自分のノリなので自分の中ではちゃんと拍を取れるビートなんですけど、(SIMI LABメンバー以外の)他の人とガッチリやるのは今回が初めてだし、どうなるのかなっていう興味はありました。実はラップしづらいかなと思って、気を遣って(笑)後で打ち直したビートを渡したりもしたんですよ。でも(ABCの)VOLO君もpiz?君も最初のほうがいいよって言ってくれたんで、これでいいんだな、自分の思った通りにいこうって思えましたね」。

 そんなHi'Specがビート制作に開眼したのは、そもそもDJをやっていた兄の影響が大きいという。

 「当時あったレコードは全部ウェッサイで、こっそり聴いては自然に好きになっていった感じです。2パックの生き様にめちゃめちゃヤラれたり。で、ビートを作りたいと思ったのは、兄ちゃんに〈観てみ〉って言われた『フェイド・トゥ・ブラック』のDVDの一部で、ジェイ・Zとティンバランドがやりとりしてる場面を観たのがきっかけですね。ビートメイカーが曲を左右していて、裏方だけどめっちゃメインにいる感じに惹かれました。それで速攻MPC2500を買って、使い方がよくわからなくて放置してて(笑)。MPCの使い方はSIMI LABに入ってから教えてもらって。そこから作るようになりました」。

 Hi'Specが作ったビートで最初に世に出たのは、「初めて自分でも満足いくものが出来て、そこで何か掴んだ感じ」だったという“Show Off”。同曲を収めたSIMI LABの初作が評判を広げていく頃には、すでにソロ作への漠然とした思いもあったそうだが、それが立体化してきたのは、作りためた成果の一部を「自分の中の整理として」昨年のビート・アルバム『TiLL』にまとめたあたりからだ。その過程でビートを選りすぐることによって、今回の『Zama City Making 35』が生まれた。

 「ジャケに写ってるのは生まれた時からずっと住んでる自分の家なんですけど、もう引っ越すんですよ。それで何か残したいなと思ったとこからイメージが膨らんでいった感じですね。だからって、それに合わせた曲を作ったわけではないんですけど。初めてビートを作った時からずっと同じ部屋で制作してたので、〈いままでこの家で作ったもの〉っていうぐらいの感覚ですね」。

 主題にも沿った盟友OMSBとの“Goin Back To Zama City”も印象的に配しつつ、もちろん本作はある種の感傷に傾いた作品ではない。メロウな序曲の“Down”に導かれて入り込んだ先には、ホーンの欠片がメランコリックな歪みを演出する“Phantom Band”などの刺激的なインストも配しつつ、予想以上に多くのゲスト・ラッパーが展開させていくトピックは多種多様だ。

 「最初はインスト多めで行くつもりだったのが、作るうちに〈これはあの人に合いそうだな〉とかイメージがどんどん湧いてきて。もともとの友達も初対面の人も含めて外部のラッパーに刺激を受けることが多かったんで、今回はそういう好きな人たちとやってみたいなって気持ちが強かったですね。自分のビートに対するリアクションが人それぞれ違うのも刺激になるし、単純に楽しいし。けっこう人見知りなんで、お願いするのは凄く緊張したけど(笑)」。

 スピリチュアルなオルガンのループにKOJOEとOMSBが荒ぶる“Stomp”をはじめ、B.I.G. JOEがふてぶてしい“O.D.”、RITTOとのサマー・マッドネスな“Senceマニアック”、RIKKIと田我流を二段構えの極太なビートに配した“Surviving”(スクラッチはDJ ZAI)、さらにはCampanellaやC.O.S.A.が各々のブルージーな深みを注いでいたり、RIKKIのハードコア性が全開な“タコナスボケ”があったり、K-BOMB節がドロリとヤバい終曲“やくそくのうた”に至るまで、各人の個性を活かすビートの表情は実に多彩だ。

 今後は仲間や外部へのトラック提供も積極的に行いつつ、自作への意欲もまた高まっているというHi'Spec。制作環境を新たにすることで、また新しいビートを雄弁に轟かせてくれることだろう。

 


BACK PAGES
Hi'Specのビートが初めて世に出たのは2011年、SIMI LABの初作『Page 1: ANATOMY OF INSANE』(SUMMITに提供した威勢のいい“Show Off”だった。“We Just”のリミックスも手掛けた2014年には、2作目『Page 2: Mind Over Matter』(SUMMIT/Pヴァイン)にて“Worth Life”など主にメロウな側面を担う4曲を制作。同年末には女優の菊地凛子を菊地成孔がプロデュースしたRinbjoの処女作『戒厳令』(TABOO)で2曲を制作している。さらに翌年、OMSBのソロ作『Think Good』(SUMMIT/Pヴァイン)では四方八方で太鼓の鳴る“Scream”で驚かせ、“Words from Hi'Spec”では格言(?)も披露。なお、新作の“BUG”に参加したABCとは、それに先駆けてpiz?のソロ作『3212』(VLUTENT)で2曲を手掛けている。 *bounce編集部