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生きているうちに褒めとかないと

新たな扉が次々に開かれていった時代の軋む音がページの端々から聴こえてくる。「パイドパイパー・デイズ 私的音楽回想録 1972-1989」はまさにそんな書物だ。情熱ひとつを頼りに、新しい感性を持ったミュージシャンらと連れ立って未踏の地を闇雲に突き進んでいったエピソードの数々は、あの時代の空気を共有できる人ならばきっと痛いほど沁みるものばかりなのだろう。後追いの僕らにとっては、長門さんがみずからの夢を叶えるようにして憧れの海外ミュージシャンの作品制作を積み重ねていく、後半のストーリーにこそときめきを覚えてしまう。どうやら茂さんも、そんな彼の功績に多大なリスペクトを抱いているようで。

鈴木「僕の大好きなミュージシャンがいっぱい出てくるんだけど、長門くんほど一緒に仕事している人なんて、他にいないんじゃないかと思う。長門くんを通じて知った音楽もたくさんある。ハース・マルティネスやヴァレリー・カーター、フィフス・アヴェニュー・バンドの面々とか」

ハース・マルティネスの98年作『I’m Not Like I Was Before』収録曲“5/4 Samba”。パイド企画の一環として8月24日に同作がリイシューされる

ヴァレリー・カーターの78年作『Wild Child』収録曲“Crazy”

長門「フル・ムーンのファーストとか」

※バジー・フェイトンとニール・ラーセンを中心に、70年代初頭に活動していた伝説のバンドによる唯一のアルバム『Full Moon』(72年)。2000年に世界初CD化されたが、今回、先述のハース・マルティネス『I’m Not Like I Was Before』と同じく8月24日にCD/LPでリイシューされる

鈴木「そうそうそう。“氷雨月のスケッチ”の元になった」

長門「あのドスの効いた歌い声ってバジー・フェイトンだよね? あのアルバムはティン・パンのメンバー全員が持っていたし、シュガー・ベイブも全員聴いていたし、70年代の日本のポップ/ロックに多大な影響を与えた一枚だね」

鈴木「ルーツ・ミュージック的なものであったり、僕たちの若い時代の良い音楽を知りたいと思っている若い人たちは、長門くんの本でいろいろ調べながら辿っていってほしいと思う。ある意味で歴史書だよね。音楽とミュージシャンの歴史の語り部としては、長門くんとピーター・バラカンさんが両巨頭」

長門「なに言ってんだよ(笑)。でも偏ってるんだけどね」

鈴木「でも趣味がいいんだよ。素晴らしいミュージシャンとばかり仕事をしているし。コマーシャルなものに囚われていないところもいい。筋が通っているというかね」

鈴木茂の2014年のライヴDVD「鈴木茂 GET BACK SESSIONS Special “BAND WAGON”」ダイジェスト映像 

 

はっぴいえんどの独特な音世界の秘密が次々と披瀝されるあたりなど、う~むと唸らずにはいられなかった「自伝 鈴木茂のワインディング・ロード はっぴいえんど、BAND WAGONそれから」。その通奏低音となっているのもまた、曲がりくねった道をガムシャラに走ってきた男のリアルな息遣いだ。少年時代の愛すべきエピソードにいちいち心和まされる。

鈴木茂 『自伝 鈴木茂のワインディング・ロード』 リットー(2016)

長門「シゲルが自分のことをここまで語ったことはなかったよね? ギタリストだから楽器のことを語ることはあっただろうけども。あとアレがとってもおもしろかった、中学生の頃に自宅の物干し台で練習していたって話」

鈴木「とにかく練習する場所がなくて、ほんと苦労した。で、煩さにいい加減業を煮やした父親が、〈奥沢神社に行ってみろ、そしたら練習させてくれるぞ〉って言うんだ。ホントかなぁ?と思いながら実際に行ってみて、神主さんに訊いたら渋々OKしてくれて。で、リヤカーに楽器やアンプを乗せて通ってね。2、3回やったかな。最後は〈君たちに貸すと他のバンドもいっぱい来ちゃって困るから今日で終わりにしてくれ〉と言われた(笑)」

長門「まったく同じ。僕らも練習場所が全然なかった。ドラムが長崎の有名なお寺の住職の息子でね」

鈴木「お~、そちらはお寺だったか」

長門「本堂で。でも流石に止めてくれって言われた。次は布団屋さんの友達からリヤカーを借りて……」

鈴木「リヤカーは出てくるんだね」

長門「それに全部乗せて、(長崎の)平和公園のすぐ横の小さいビルの屋上でやらせてもらった。68年頃かな。ビートルズよりも早かった(一同爆笑)。彼らがアップル・ビルの上でやったのは69年だから。そこでトロッグスとかの曲を練習してた。やっぱリヤカーなんだよ。映画になった『青春デンデケデケデケ』にも出てくるもん。あとほら、西岸さんの話……」

鈴木「あぁ、(漫画家の)西岸良平さんね。これは本人から直接聞いたわけじゃないからなかなかはっきりと言いづらいんだけれども、ウチの実家が(西岸の作品である)『三丁目の夕日』のモデルになっているという話があって」

2005年の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」予告編

長門「鈴木モータース。西岸さんは世田谷に住んでいたんだよね?」

鈴木「そう、うちの近所に住んでいた時期があったらしくて。映画では港区が舞台なんだけどね」

長門「絶対にそうだと思うよ。西岸さんは細野さんと中学の同級生なんでしょ?」

鈴木「一度お会いして確認したいんだよねぇ」

「素晴らしいストーリーがいっぱい詰まっている」「ここに出てくる音楽を調べて勉強してほしい」と、最後はお互いの本を熱く褒め合った2人。「生きているうちに褒めとかないと。そうでしょ? パイドもいまになって〈伝説〉とか言われてもさぁ……ねぇ」――そう言って会場を笑わせた長門さん。確かにその通り。だから復活したいまのうちに、まだ知らない名盤をたくさん掘り出して、濃ゆくて味わい深い出会いの物語を紡いでいかなくては。パイドパイパー・デイズはまだまだ続く……。

 


LIVE INFORMATION
鈴木茂 スペシャルソロライブ 2016
~SINCE1969~

2016年11月26日(土)東京・原宿クエストホール
開場/開演:16:30/17:00
出演:鈴木茂(ヴォーカル/ギター)/田中章弘(ベース)/長谷部徹(ドラムス)/柴田俊文(キーボード)/中西康晴(キーボード)/鈴木雄大(コーラス)/松田靖弘(サックス)/斎藤幹雄(トランペット)
料金:7,000円(税込/全席指定)
http://suzuki-shigeru.jimdo.com/