情感と気迫、誇りと気品──牧阿佐美バレヱ団《飛鳥》新制作初演
溢れ流れゆく鮮やかな幻影――遥かな古代へ想像をひろげたバレエの舞台が、新たな生命を得て色も豊かな広がりを魅せた。牧阿佐美バレヱ団の創立60周年記念公演として上演された《飛鳥》は、タイトル通り飛鳥時代を舞台に繰り広げられる、竜神に愛される舞女を主人公にしたバレエの新制作初演(2016年8月27・28日/新国立劇場オペラパレス/筆者は28日所見)。主演陣にボリショイ・バレエの華として豊かな表現力を磨いてきたスヴェトラーナ・ルンキナ(現:カナダ国立バレエ団プリンシパル)とルスラン・スクヴォルツォフ(ボリショイ・バレエ団プリンシパル)の二人を迎えての舞台は、このゲスト選択も多くの渡来人の行き交う飛鳥時代を彷彿させるようで効果的。カンパニーの優れたダンサー陣に互して流麗な輝きを魅せた。
この《飛鳥》は、牧阿佐美バレヱ団にとっても節目で上演されてきた重要な作品だ。その原型は1957(昭和32)年4月に初演された《飛鳥物語》。日本バレエ草創期に道を拓いた舞踊家・橘秋子(1907~71)の代表作としても知られる作品だ。彼女が創設した橘バレエ研究所を母体として1956年11月に結成された〈牧阿佐美バレヱ団〉の第2回公演で初演されている。
この初演版では、橘秋子の娘である若き牧阿佐美が〈竜女〉を踊り、〈春日野すがる乙女〉を大原永子(現:新国立劇場舞踊芸術監督)が踊っているが、雅楽と一部ピアノを用いた音楽(編曲指導:薗広茂)に振り付けられていた。ところが雅楽ではバレエの所作に制限があったため、1962年11月の再演で、片岡良和によるオーケストラ版の音楽が新たに作曲された。
片岡は前年のTBS作曲賞〈日本を素材とする管弦楽曲〉公募第1回に入賞したばかりの新進作曲家。後に宮城フィル(現:仙台フィル)の創設に尽力し東北オーケストラ界の礎を築いた人だが、故郷・仙台の見瑞寺で住職をつとめるほか、宮澤賢治作品によるカンタータや仏教をモチーフにした管弦楽曲など数々手がけている。デビュー期から日本的な要素を強く意識し続けていた作曲家だけに《飛鳥物語》の音楽には相応しい抜擢だった。
合唱付きだった音楽も再演で管弦楽のみに改訂されるが、その音楽が今回・2016年の新制作上演《飛鳥》でも変わらず用いられ、作品の変わらぬ生命力を実感させた。――橘秋子没後、カンパニーを率いることになった牧阿佐美が創立20周年記念公演のために改訂振付をおこない(1976年初演)、創立30周年記念公演で再演(1986年)とバレエ団の歴史に繰り返し刻印されてきたなかで、片岡の音楽は今回も作品の柱として響いた。日本音楽独特の音階や、雅楽を薫らせる響きが雄弁でスケール大きな歌を支えつつ、当時の楽界に影響を及ぼしていたソ連音楽の影響もどこかに感じさせるリズム感など、明晰な音楽は〈日本バレエの古典〉としての安心感をつくっているようでもある(演奏はデヴィッド・ガルフォース指揮の東京フィルハーモニー交響楽団)。
しかし《飛鳥》とタイトルもあらためた今回の新制作版は、古典として安座させないという改訂振付・牧阿佐美の強い意志も感じられるものとなった。上演史上はじめてロシアのダンサーを主役に抜擢するキャスティングはもちろん、舞台美術にプロジェクション・マッピングの全面的な使用という挑戦も功を奏した。
洋画界の重鎮・絹谷幸二を美術監督に迎え、その原画をもとに劇場の巨大な背景一面に竜神が舞い飛ぶダイナミックな動きをはじめ、投影される背景画像にも動画を使用、奉納舞女の宵宮祭りでも奥行きが立体感を深める。竜の降り立つ森の奥の聖地の場でも巨大な滝のしぶくさま、幻想的な光の舞い‥‥と、背景に動きがつけられるリアリティは大きい。
ミュージカルなどでは当たり前のように使われている技術だが、バレエ作品での例がまだ少ないのは、背景の動きが一定の許容範囲を超えると、観客が舞台のあちこちへ向ける視線の集中を妨げることにも繋がる難しさもあってのこと、本作でもまだ進化の余地を残すが、舞台の雰囲気を瞬時にして変える効果は説得力高く、新技術が拓く可能性は大きい。
新たな仕掛けを投入しつつクラシカルな舞台としての印象を損なうことがないのは、牧阿佐美の改訂振付が、敢えてコンテンポラリーな舞踊技術と距離を置きながら、明快な振付を維持していることによるだろう。宵宮祭りの場でルンキナ演じる〈春日野すがる乙女〉と、彼女と兄妹のように育てられた〈岩足〉――竜神に奉納される美しい彼女に想い抑えきれない若者をスクヴォルツォフが演じる――をはじめ、竜面の踊り、竜剣の踊り、献舞史の舞……と多彩なアンサンブルも音楽を生き生きと呼吸して魅せどころ多く、層の厚いカンパニーの安定した高水準を光らせる。〈春日野すがる乙女〉に愛の珠玉を与え彼女を妃とする〈竜神〉を演じる菊地研も力強くシャープな踊りに堂々たる気迫を漲らせて美しく、彼に嫉妬を寄せる〈黒竜〉を踊る茂田絵美子(初日の佐藤かんなとダブルキャスト)の凛とした存在感に身体の表情豊かな踊りなど、カンパニーのソリスト陣の存在感も強い。
本作の〈古典感〉を際だたせるのは第2幕後半、竜妃となったすがる乙女は岩足への慕情を抑えきれず、しかし人間界に戻ることはできず……竜神の怒りに触れて運命に圧し潰されてゆくというエンディングへ向かう流れ。試練を越えた先に立つ「芸術の象徴」である〈竜神〉と純愛をあらわす〈岩足〉、そのはざまで〈すがる乙女〉の葛藤は美しい受け身に徹しながら死へ呑まれてゆくようにも見えるが、ルンキナは強い情感も気品と誇りに包みきった細やかで美しい表現に徹してみせた。抑制と雄弁のバランスが非常に難しい役どころなればこそ(終盤におけるパートナリングや振付の語彙を含めて)より大胆な現代性が彼女の孤独をさらに彫り込んでみせるのでは、とさらに飛翔する可能性を感じさせられた。物語も作品自体も時代を遥かに越えてゆく、強い意志が張り詰めた舞台――さらに鮮やかな命を吹き込まれる再演を強く期待したい。
牧阿佐美バレヱ団創立60周年記念公演-Ⅶ
新制作/世界初演 飛鳥 ASUKA
○日時:2016年8月27日(土)、28日(日)
○会場:新国立劇場オペラパレス
○指揮:デヴィッド・ガルフォース
○演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
改訂演出・振付/牧阿佐美(「飛鳥物語」1957年初演台本・原振付/橘秋子)
音楽/片岡良和
美術/絹谷幸二
映像演出/Zero-Ten
照明プラン/沢田祐二
音楽監督/福田一雄
総監督/三谷恭三
スヴェトラーナ・ルンキナ(カナダ国立バレエ団 プリンシパル)
ルスラン・スクヴォルツォフ(ボリショイバレエ団 プリンシパル)
菊地研(牧阿佐美バレヱ団 プリンシパル)