sleepers’ dance ――別世界の入り口に立つ人々の――
勅使川原三郎の新作は、パリ・オペラ座バレエ団のエトワール、オーレリー・デュポンを迎えての「睡眠 –Sleep–」という。
昨2013年、勅使川原三郎は、2003年の「AIR」から10年ぶり、2作目として、パリ・オペラ座バレエ団と「闇は黒い馬を隠す」を発表、この作品にオーレリー・デュポンが出演していた。
風のなか、あるいは、水のなかをたゆたう複数の身体。それらは大気もしくは水のなか、近寄ったり遠ざかったりしながら、ステージという平面のうえに、自らのうごきによって三次元、四次元をつくりだしてゆく。
このうごき、複数の身体が接触しそうでしないありようは、1980年代、勅使川原三郎の初期から持続する。
オーレリー・デュポンがパリ・オペラ座バレエ団に入団したのは1989年。勅使川原三郎は、1985年にKARASを設立、スパイラルホールでの「月は水銀」、故・山口小夜子を迎えた「夜の思想」、など、すでにいくつも作品を発表していた。渋谷ではワークショップを開き、先のようなうごき、いや、うごきのもととなる感性を、試行=思考を伝えようとしていた。
オーレリーは入団から9年後、1998年の大晦日におこなわれた「ドン=キホーテ」で、エトワール(英語でいうスター/星)、すなわち、パリ・オペラ座バレエ団の最高の地位に任命される。
現在までにバランシン、リファール、ヌレエフといったバレエ界においては伝説的な人物の作品から、ロビンス、プティ、ベジャール、ノイマイヤー、そして、近年はフォーサイス、プレルジョカージュ、サッシャ・ヴァルツといったコレオグラファーの作品でも踊っている。いわゆる〈バレエ〉のテリトリーにいながらも、バレエの拡張を担っている存在とそれほどはずれてはいないだろう。
そうした文脈に「闇は黒い馬を隠す」を、そして今回の「睡眠 –Sleep–」をおいてみること。
最近の勅使川原三郎たるや、どれもフォローするのは、追っかけでもしていないかぎり、かなり困難だ。
両国・シアターXでは、ポーランドの作家、ブルーノ・シュルツの短篇小説にもとづいた作品を連続して舞台にのせているが、これまでの「春、一夜にして」「ドドと気違いたち」「第2の秋」と「空時計サナトリウム」につづき、7月には「7月の夜」が、「空時計サナトリウム」とともに上演される。
より自由に時間と空間をつかおうと、ホール、スタジオ、ギャラリーが設備としてある〈カラス・アパラタス〉を昨2013年、荻窪に設立してもいる。いまこの原稿を書いているときにもこの場において〈アップデイトダンス〉シリーズ第8弾「ヴァイオリン〜震える影〜」公演の真っ最中。映像の上演やワークショップもおこなっている。
勅使川原三郎は、自らのフィールドにとどまることなく、かといって、単に異文化接触を試みるのではなく、自らのフィールドへ他者を呼びこみ、作品をまた自らを、KARASのメンバーを異化し、活性化する。
音楽家をステージにあげる。〈ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)〉への参加も恒例となったし、ピアノのフランチェスコ・トリスターノ、オルガンの鈴木優人などがあった。他者、という意味では、動物、あるいは、目の不自由な人たちとの共演も忘れてはなるまい。
では、現役のエトワール、オーレリー・デュポン、はどうか。
おなじ身体、踊る身体という意味ではひとつところにつながり、それでいながら一般的には異なったフィールドという分類になる。振りつけをしているという意味では、すでに実績を持つが、しかし、個々の身体がステージに同時にのることははじめてだ。
そして、誰もが気になるであろうことは、この二者がひとつのステージに立つということであると同時に、タイトルが〈睡眠 –Sleep–〉であることではないか。簡潔ではある。だが、動くことで成りたつダンスに〈睡眠〉とは、と。
勅使川原三郎は、自ら手掛けた数行の文章のなか、いくつかのイメージを併置したあと、「睡眠は、不可思議な浮遊するネジレた現実 別世界への入口である」と記す。また、水や空、天使といった語が、短い文章のなか、みることができる。それは、このダンサー=コレオグラファーがずっと愛し、慈しんできたイメージにほかならない。
時とともにひとは変化する。あらわれる作品も変化する。それでいて、他者とともに、そして、異なった語やタイトルによって、自らがずっと抱いているものをべつのかたちに胚胎し生みだす、ということもある。「睡眠 –Sleep–」で目撃できるのは、どういうもの、なのだろう。この夏の、ちょうどお盆といってもいい時期、に。
勅使川原三郎
Saburo Teshigawara
ダンサー、演出家、振付家。1985年以降、自身のカンパニーKARASと共に世界中で公演を行い、その独自のダンスメソッドと独創的な作品は世界のアートシーンから高い評価を受けている。自身の作品にとどまらず、パリ・オペラ座バレエ団をはじめ欧州の主要バレエ団への振付や、ヴェニス・フェニーチェ歌劇場他へのオペラ演出も手掛ける。
Aurélie Dupont
オーレリー・デュポン
パリ・オペラ座バレエ団エトワール。15年来エトワールとして、同バレエ団の作品で、多くの観客を魅了し続けてきた。そのレパートリーは古典からコンテンポラリーまで幅広く、2013年秋の勅使川原三郎振付による同団公演「闇は黒い馬を隠す」では、圧倒的な感動をもたらした。2014-15年シーズン「マノン」でパリ・オペラ座バレエ団引退を予定。
INFORMATION
睡眠─Sleep―
構成・振付・美術・照明:勅使川原三郎
出演:オーレリー・デュポン 佐東利穂子 鰐川枝里 勅使川原三郎 他
2014年8月14日(木)19:00開演
2014年8月15日(金)16:00開演
2014年8月16日(土)15:00開演
2014年8月16日(土)19:00開演
2014年8月17日(日)16:00開演
会場:東京芸術劇場 プレイ・ハウス
2014年8月21日(木)19:00開演
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
2014年8月23日(土)18:00開演
会場:兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール