最高のバレエ団に異を立てる異端児

 パリ・オペラ座バレエ団は、歴史も実績も世界のバレエ界の頂点に君臨しつづけている。ほとんどのダンサーにとって、このバレエ団に入団することなど夢のまた夢だ。映画『ブラック・スワン』でダンスシーンの振付けを担当したミルピエが、2014年秋、オペラ座バレエの芸術監督に就任するというニュースは、ダンス関係者を驚嘆させた。フランス人のミルピエは、十代でアメリカに渡り華々しい成功を収めてきた。アメリカ流の自由と野心、そして大胆な実験精神を骨の髄まで身に染み込ませたミルピエが、ヨーロッパ最高峰のダンス・クラシックの殿堂に飛び込む。これはバレエ団の歴史においても異例中の異例である。

 『ミルピエ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』は、芸術監督として史上最年少のアンファン・テリーブルが、若手のダンサーたちとともに新作『Clear, Loud, Bright, Forward』をつくりあげてゆく過程に密着する。「創造の秘密に迫る」という勿体をつけるのはアート系ドキュメンタリーによくあるが、そんな常套などクソ食らえというばかりに、ミルピエはすべてをオープンにして撮影クルーに晒す。そして無の状態から極めてコンテンポラリーな作品が誕生する過程を撮影させたのだ。なによりもまず、このミルピエの態度に感服。

 ベールに閉ざされたバレエの殿堂の中身が、まるで隣の家のキッチンを覗くほどに身近に展開する。ここは「神殿」などではない。ダンサーたちは汗を飛ばし、怪我をし、振付家は悪戦苦闘し、スタッフたちはあらゆる調整に奔走する。どこにでもある舞台裏だ。カメラは人物にクローズアップするばかりでなく時に引いて、この特殊な環境そのものの空気感を伝える。40日間を畳み掛けるように追う映像の編集作業も、状況の緊迫感と相俟って見事である。

 このバレエ団は、最下位のカドリーユから最上位のエトワールまで5階級がある。推薦で選ばれる超エリートのエトワール以外は、厳しい昇進試験がある。ミルピエは映画のなかで「バレエ団の階級構造はよくない。競争や階級が不安をあおり、恐怖に突き落とす」と言う。まったくの正論だ。こんなことを堂々と口にする芸術監督は今までいなかったはずである。ミルピエが敢えて若手から出演者を選んだということ自体、反逆的である。

 バレエという、西洋貴族社会が育んだ特殊な身体技法は、「美」の一つの完成形として地球規模でゆき渡っている。その美がただの幻想に終わることもあれば、現実のものとして獲得できる少数者がいる。真に今の世界に向き合うためには、バレエ美を支える構造と制度に対して何ができるのか。異端児であるミルピエの挑戦と孤軍奮闘…。「この4ヶ月後、ミルピエは辞任した」という字幕が映画を締めくくる。

 


映画『ミルピエ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』
監督:ティエリー・デメジエールアルバン・トゥルレー
音楽:ピエール・アヴィア
出演:バンジャマン・ミルピエイリウ・ヴァン・レルペン(衣裳)/ニコ・マーリー(作曲)/マキシム・パスカル(指揮)/ダンサー:レオーノール・ボラックユーゴ・マルシャンジェルマン・ルーヴェアクセル・イーボ/他
配給:トランスフォーマー(2015年 フランス 114分)
(C)FALABRACKS,OPERA NATIONAL DE PARIS,UPSIDE DISTRIBUTION,BLUEMIND,2016
◎Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次ロードショー
www.transformer.co.jp/m/millepied