コラム

彼は〈さらされる〉ことで世界に問いかけた、世紀の告発描いたオリバー・ストーン監督作「スノーデン」が示す監視社会の構造

彼は〈さらされる〉ことで世界に問いかけた、世紀の告発描いたオリバー・ストーン監督作「スノーデン」が示す監視社会の構造

アメリカの「新体制」に投げかけられた深刻な問い=矛盾

 2013年6月、NSA(国家安全保障局)の職員を名乗る、穏やかな物腰の一人のアメリカ人青年が、香港で密かに女性ドキュメンタリー映画作家とガーディアン紙の男性コラムニストの二人と接触、2001年の同時多発テロ以降、アメリカが秘密裏に構築していた国際的な個人情報収集システムの存在を暴露する内容の告発を、カメラの前で繰り広げる……。

 ローラ・ポイトラスによるドキュメンタリー映画『シチズンフォー スノーデンの暴露』をすでに目撃している以上、僕らはこうした本作の冒頭部分にある種の既視感を覚える。同作では、高級ホテルの一室で密かに行われた前述のインタヴューにはじまり、いきなり時の人となったエドワード・スノーデンの逃亡劇へと至るまでの香港での数日間の出来事が描かれていた。反体制派の映画作家として知られるポイトラスに接触を図り、会見を求めるコードネーム、「シチズンフォー」とはいったい何者なのか。この若者が提供する驚くべき情報はどこまで信用できるのか。なぜ彼は自らの経歴が水泡に帰すばかりか、自国を敵に回すことにもなるであろう機密情報の暴露を決意したのか。この告発によって指名手配の身となる彼は、無事香港から脱出できるのか……。さながらハリウッド産スパイ・スリラー映画を地で行くかのようだった同作は、ある種の「事実」がいかなる「虚構」にも増してスリリングであり得ることを改めて僕らに証明したのだった。

 オリバー・ストーン監督がスノーデンに関心を抱き、彼の映画を撮ることに何ら違和感はなく、二人の組み合わせはごく自然なものだが、『シチズンフォー~』との差異化を意識したアプローチが模索されたに違いない。『シチズンフォー~』を支配していたのが、スノーデンが何者であるか最後まで誰も確信できずに終わる(積極的な意味での)不安定さにあったとすれば、『スノーデン』は主人公が何者であるかを明確にするために撮られている。あるいは『シチズンフォー~』で半ば謎のままに終わった前述のいくつかの疑問が、『スノーデン』では当然解き明かされようとするだろう。だから、これら2本の映画は一卵性双生児のような相互補完関係にあり、『スノーデン』はまるで『シチズンフォー~』のバックステージもの(メイキング?)であるかのように――ある種の既視感を排除することなく――はじまり、カメラを前に語る彼をさらに撮影する第三の目(別のカメラ)の存在が起点となる。そして、そうしたカメラやそれに伴う視線の重層性や錯綜は、本作の主題である監視社会への考察にも結びつくのだ。

 同時多発テロを契機に愛国心に駆られ、軍隊に志願した若者が、苛酷な訓練中の事故で足を負傷、今度は得意のコンピュータ関連の技術を活かすべくCIAで働きはじめる。しかし、そこで彼が直面するのは、テロ対策を口実に個人情報の傍受を推し進める祖国の実像であった。当初、スノーデンは、自らが監視に加担する側にあったことを知って愕然とする。しかし、監視する現実性は、監視される可能性(潜在性)を担保に成立するものだ。あなたが誰かを監視するとすれば、その誰かや他の誰かによってあなたもまた監視されているかもしれない……。監視社会では誰もが監視の目に隈なく「さらされる」が、他方でそのシステムそれ自体はいかなる視線にも「さらされない」ことが前提となる。権力が国民に注ぐ視線の一方向性こそ、監視社会の前提なのだ。では、スノーデンはいかなる方法でそれに対抗するのか。監視の視線の外部に逃亡し、「さらされない」立場を確保することによって、ではない(それはほとんど不可能な戦略である)。彼は自らの名前や経歴を堂々と明かし、世界中に「さらされる」ことによって、世界最強の監視国家に反旗を翻すのだ。監視社会それ自体が監視の目に「さらされる」可能性をあらわにし、その正義はおろか力能についても根底からの疑問を突きつけること……。

 IT技術のアナーキーな使い手にして切れ者ではあったが、保守的な愛国主義者に過ぎなかった若者が、実際に国家機密に関わるなかで覚えた大いなる幻滅や左派のガールフレンドの影響により、僕らが知るあのエドワード・スノーデンとなる……。保守的な右派が愛国主義者であったり、リベラルな左派が熱烈な愛国心に懐疑的であることは当然である。しかし、若い愛国者らがヴェトナムの戦場で味わう幻滅を目の当たりにし、それに寄り添うことで自らのキャリアを築いたオリバー・ストーンにとって、問いはさらに複雑なものとなる。スノーデンはナイーヴな右派であることを止めざるを得なかったが、それは同時に愛国者であることをも諦めることを意味するのか。もちろんストーンの野心はスノーデンを(反逆者ではなく)愛国者として描くことにあるが、僕らとしては、今後のアメリカの自由や存立を占う、さらに核心的な問いへとその野心を敷衍させてみたくなる。すなわち、問題含みの新たな大統領を選んだアメリカは、左派である存在を愛国者として認める寛容さをはたして維持し得るだろうか……と。

 

映画『スノーデン』
〈監督・脚本〉オリバー・ストーン
〈脚本〉キーラン・フィッツジェラルド&オリバー・ストーン
原作:「スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実」著:ルーク・ハーディング(日経BP社)
〈音楽〉クレイグ・アームストロング
〈出演〉ジョセフ・ゴードン=レヴィットシャイリーン・ウッドリーメリッサ・レオザカリー・クイントトム・ウィルキンソンスコット・イーストウッドリス・エヴァンスニコラス・ケイジ/他
配給:ショウゲート(2016年 アメリカ・ドイツ・フランス 135分 PG-12)(C)2016 SACHA, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
www.snowden-movie.jp
◎1/27(金)TOHOシネマズ みゆき座ほか全国ロードショー!

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