左から、宇都木景一(Soi48)、YOUNG-G、相澤虎之助(空族)、富田克也(空族)、高木紳介(Soi48)、坂本慎太郎
 

山梨・甲府を舞台に、地方都市で生きる在日外国人や土木労働者らの日常を描いて国内外で大きな反響を呼んだ映画「サウダーヂ」から5年。映像制作集団の空族(くぞく)が全編をタイとラオスでのロケで撮影した新作「バンコクナイツ」が、来る2月25日(土)に公開される。同作はバンコクの夜の街に生きる娼婦たちと、彼女たちの故郷であるタイ東北部・イサーン地方の風景を対比させながら、現実をしぶとく生き抜く人間たちの物語を、鮮やかな色彩や音楽と共にたくましく描き出したロード・ムーヴィーだ。

今回は「バンコクナイツ」の公開を記念し、この映画に関わった面々を迎えての座談会を企画。集まったのは、監督としてのみならず主演のオザワ役も演じた富田克也に、彼と共同脚本を務めた相澤虎之助(共に空族)、「サウダーヂ」に続いて映画の音楽面で大きく貢献したYOUNG-G(stillichimiya)、作品を構築するうえで重要なポイントとなったイサーン音楽のモーラムやルークトゥンを映画に持ち込んだキーマンとされるDJユニット、Soi48の宇都木景一&高木紳介。そして、「バンコクナイツ」への音楽的な援護射撃となるトリビュート・シリーズの第1弾として、昨年末にリリースされたVIDEOTAPEMUSICとの共作盤『バンコクの夜』が大きな話題を呼んでいる坂本慎太郎の6名だ。

もはや盟友とも言える空族とstillichimiyaとの繋がりを除けば、それぞれが異なるバックグラウンドを持ち、独自の活動をしていた面々。そんな彼らがなぜ共にタイに魅了され、どのように「バンコクナイツ」へとたぐり寄せられていったのだろうか? その不思議な関係を映画/音楽の両面から解き明かす、貴重な座談会となった。

 

イサーンって何だ?

――富田監督にまずお訊きします。そもそも「バンコクナイツ」の製作に至ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

富田克也(空族)「実は『サウダーヂ』(2011年)から遡ること5年ほど前、つまり10年前から僕らの頭の中に、こういう映画を作りたいという想いがあったんです。いや、さらに言うといまから20年以上前、『サウダーヂ』でも脚本を書いている相澤がバックパッカーとして東南アジア各地を歩いていた時期があって、そこからですね。まだ僕と相澤が空族を結成する前の話です」

――そこまで遡るんですね。

富田「はい。その頃の話を相澤からよく聞いていたんですが、タイでもラオスでもカンボジアでも、現地に到着すると観光客目当てのトゥクトゥクがバーッと集まってきて、運転手たちがカタログを出しながら3つのことを言うと。〈女? 麻薬? ガン・シューティング?〉――どこに行ってもそう言われるから、この3つがアジアの裏経済なんじゃないか?と相澤は思って、そこから〈アジア裏経済3部作〉をライフワークとして作りはじめたと」

タイではポピュラーな三輪タクシー、トゥクトゥクに乗るオザワ(富田)と主人公・ラック
 

相澤虎之助(空族)「最初は8mmカメラを持って旅をしながら、ショート・ムーヴィーのように撮ったドキュメンタリー的な作品でした」

富田「その1作目が『花物語バビロン』(97年)で、テーマは〈麻薬〉。相澤がタイとラオス、ミャンマーに跨った山岳地帯にあるゴールデン・トライアングル※に乗り込んでいって、山岳少数民族のモン族がケシの栽培に従事させられていた事実を描いています。2作目が『バビロン2‐THE OZAWA‐』(2012年)、今度は〈戦争・武器〉というテーマで。これは僕が主演で、『バンコクナイツ』での〈元自衛隊員のオザワ〉というキャラクターがここで初登場します。そして残るテーマが〈売春〉ということで、今回の『バンコクナイツ』に結実していったという流れですね。当然、相澤は〈バビロン〉シリーズの第3作目も自身の監督作として準備中です」

※別名・黄金の三角地帯。かつて世界最大のケシ(アヘン)の密造地帯だった

「バビロン2‐THE OZAWA‐」トレイラー映像
 

――実は「バンコクナイツ」の製作にあたって、当初は音楽をこれほど取り込むという発想はなかったそうですね。

富田「バンコクにある日本人専門の歓楽街、タニヤ・ストリートをセットでごまかさずにリアルな街で撮る、ということだけは前もって決めて、ちょうど5年くらい前にリサーチを開始したんですが、まず夜のバンコクでタクシーやトゥクトゥクに乗ると、運転手さんたちの90%以上が〈イサーンから来た〉って言うわけです。夜の(歓楽街で働く)女の子たちも80%近くがイサーン出身だと言う。それでだんだん僕たちの間で〈イサーンって何だ? どんな場所?〉と引っ掛かりはじめたんです」

富田克也
 

――謎のワードとして〈イサーン〉が浮上したわけですね。

富田「その流れとはまた別に、音楽についても掘っていたところ、〈プア・チーウィット〉という音楽がすぐに僕らのアンテナに引っ掛かったんです」

――いわゆるタイのプロテスト・ソングのような音楽だと聞いています。

富田「プア・チーウィットは〈人生のための歌〉と言われる、タイではものすごく人気がある音楽のジャンルで、その始祖となるのがカラワンというバンドなんです。彼らはボブ・ディランの影響下にあって、当時、親米なタイの軍事政権に対して立ち上がったフォーク・ミュージシャンたちでした。カラワンは英語で〈CARAVAN〉のことなんですが、名前の通り、彼らはヴァンに乗ってタイ中を旅しながら歌い続けたんですね。実は今回、そのカラワンのリーダーだったスラチャイ・ジャンティマトンさんに本編へ出ていただいてます。幽霊役として」

カラワンのパフォーマンス映像。ギターを抱えて歌うフロントマンがスラチャイ・ジャンティマトン
 

――あ、あの人がそうだったんですか!

富田「そうなんです。彼もイサーン出身で、プア・チーウィットもイサーンから発信されていた。つまりはタイの音楽を掘っていたら、そこからもイサーンに辿り着いたんです。それでさらにモーラム※1やルークトゥン※2という音楽がイサーンでは盛んなこともわかった」

※1 〈語りの達人〉の意で、歌ではなく〈語り〉の芸能。歌手とジャンルの両方を指す
※2 〈田舎者の歌〉〈田園の子供〉を意味するタイ独特の歌謡音楽

 

――タイの東北地方部であるイサーンは、バンコクへの出稼ぎ労働者を供給しているんですよね。そのイサーンの人たちが愛している音楽がモーラムでありルークトゥンで。

相澤「よくよく考えると、バックパッカー時代にタイで出会ったヴェテランの旅行者たちが〈イサーン〉と言っていたなと思い出して。改めて調べてみたら(モーラムやルークトゥンといった)スゴイ音楽があるし、人々が抵抗した歴史もあって、人種もすごく混ざっている。これは物凄い場所なんじゃないか、という大発見でした」

相澤虎之助
 

富田「古来から国境紛争でタイとラオス、カンボジアがせめぎ合っていて、もともとラオスだった部分がいまはタイに編入されている。そこがイサーンなんですが、言語や文化はすべてラオスのものなので、タイの中央部からは田舎者だと差別されたりしてきた。なので中央部への対抗心がすごく強いんです。また、ヴェトナム戦争の時代になると、軍事政権とガチでやり合うために抵抗勢力がみんなイサーンにやって来て森に立て籠った。そうやって、解放区=〈イサーンの森〉が出来ていったわけです。カラワンたちも政府に追われて、命からがら楽器だけ持って〈イサーンの森〉に潜伏して、そこでタイ共産党やヴェトナム、ラオスの後方支援を受けながら中央政府と対立していたという歴史がある。だから〈イサーンの森〉というのは〈抵抗〉のメタファーとなる場所でもあったんです。それで僕らの中でいろんなことが符合しはじめてイサーンにシビれていたら、最終的にSoi48に巡り合った」 

「バンコクナイツ」場面写真

 

アジア人にとっての〈サウダーヂ〉を見つけてしまった

――では、Soi48のお2人に伺います。最初は空族とどのようにコンタクトを取ったんですか?

宇都木景一(Soi48)「僕らがやっているDJイヴェント〈Soi48※1〉ですね。その第10回にイサーンからアンカナーン・クンチャイ※2さんを呼んだとき(2014年6月)に、空族の皆さんが来てくれたんです。でもその日は特に挨拶もしていないですよね」

※1 海外アーティストの招聘も行う、タイを主軸としたアジアを中心に世界各国の音楽を紹介するDJパーティー。空族が足を運んだ第10回にはトークショーとしてタイ音楽講座を開講。その後もたびたび講座を開いている

※2 モーラムとルークトゥンを融合した革命的な楽曲で、いまもタイで歌い継がれる〈イサーン・ラム・プルーン〉(72年)で知られる、〈歌える〉モーラム歌手。タイの人間国宝

アンカナーン・クンチャイ〈イサーン・ラム・プルーン〉
 

富田「そうですね。そのときはSoi48のタイ音楽講義を聞いて、アンカナーンさんのライヴを観て、アルバムを買って帰りました」

宇都木「でしたよね。で、その後にまた相澤さんがイヴェントに遊びに来てくれて、お話をしたり一緒にご飯を食べたりしてるうちに、映画の音楽を手伝ってほしいとオファーを受けたんです。実はそれ以前にもタイに関係する(映画の)お仕事のオファーはいくつかあったんですが、〈タイは楽園で観光地でご飯が美味しい〉というような単純なイメージのものが多くて、それはあんまり僕らがやりたいものじゃなかったんですね。でも、最初に『バンコクナイツ』の台本をもらったとき、〈あ、僕らが言いたいことが全部書いてある!〉って思ったんです。だからすぐにOKしました」

高木紳介、宇都木景一(共にSoi48)
 

相澤「そもそも僕らはモーラムとルークトゥンの違いや、モーラムが何なのかすらもわかっていなくて、その最初に行ったSoi48のイヴェントの講義で知ったんですよ」

富田「その講義が本当におもしろくて、マジで勉強になった」

相澤「特に〈モーラムは歌じゃない、語りだ〉という話にグググッと引き込まれましたね」

富田「で、帰ってアンカナーンさんのアルバムを聴いたら、〈うわー、何だこの音! 昔の格好良いレゲエみたいじゃん!〉って。一発でこの映画のテーマソングはアンカナーンさんの〈イサーン・ラム・プルーン〉だと決めました」

――なんと!

相澤「一発でしたね」

――モーラムというイサーン音楽が映画のバックグラウンドに流れることで、作品を強く支えるものになるとお2人が確信されたわけですね。YOUNG-Gさんは映画の製作に録音スタッフとして参加されていますが、「バンコクナイツ」の構想はいつ頃から聞いていました?

YOUNG-G「『サウダーヂ』が終わったあたりで〈次はタイかな〉みたいな話はありましたね。音楽の話で言うと、『バンコクナイツ』の製作が始まる前に僕ら(stillichimiya)もライヴでタイに行って現地のレア・グルーヴのレコードを買ったりしていましたけど、この映画に関わるまではモーラムとかのことはそこまで知らなくて……実は、僕もこの撮影でタイに行く前にSoi48の講習会に行ったんです。それでいろいろと理解できたおかげで現地でもしっくりきたし、すごく助かりました」

――坂本さんも、実は以前からプライヴェートでタイに行かれていたそうですね。

坂本慎太郎「はい。知り合いのタイに詳しい人たちがルークトゥンが大好きで、教えてもらっていて。チェンマイのCD屋で適当に買って、気に入って聴いていました。でもその頃はまだチェンマイもイサーンの一部で、何となくタイの北のほうの音楽をルークトゥンっていうのかな、と思っていたくらいの浅い知識だったんですよ」

坂本慎太郎
 

――でも、タイ音楽への関心を公言されていたわけでもなかったですよね。だから坂本さんとVIDEOTAPEMUSICくんのコンビでトリビュート盤『バンコクの夜』を制作すると聞いたときは、すごく驚きました。

富田「僕もそこを坂本さんに訊きたかったんです! “夢で見た町”(『バンコクの夜』収録)の歌い出しの〈母さんが呼んでる~〉が耳に届いたときに、〈映画のストーリーそのままじゃん!〉ってびっくりして(笑)。タイミング的に絶対に映画を観ないで作っているはずなのに……」

坂本慎太郎,VIDEOTAPEMUSIC バンコクの夜 EM(2016)

坂本「逆に映画を観てたら出てこない歌詞だったかもしれないです。あと、実は僕もSoi48のタイ音楽講座を聞きに行っていて」

富田「えー! スゴイ! みんな講習会に行ってる(笑)!」

坂本「そこでイサーンについてやモーラムがどういう音楽なのかと知って、これはちょっと中途半端に扱っちゃいけないジャンルだなと思ったんです。〈なんちゃってタイ〉みたいな、ネタとして使った感じじゃなくて、普段自分がやっているようなスタイルで、日本語で作詞作曲したほうがいいんじゃないのかなと。でも後で映画を観たら、話がだんだん自分の歌詞に寄って行くのでびっくりしましたね。クライマックスなんてモロに“夢で見た町”みたいな展開で、自分でも恥ずかしくなっちゃいました(笑)」

「バンコクナイツ」場面写真
 

富田「いや、本当にスゴイです」

坂本「作る時点では観ていないわけだし、むしろ映画に寄せないほうがいいと思ってたんですよ。変に想像して寄せちゃうと、後で恥ずかしいことになりそうで(笑)」

――あの〈母さんが呼んでる〉というフレーズは、どうやって思い浮かんだんですか?

坂本「あの曲で意識したのは、あくまで旅行者の視点で見た感じなんです。知らない国に来て、時差ぼけで変な時間に起きちゃった、みたいな感じを音にしたら、タイの要素も入れられて普段自分がやっている感じとも折り合いがつくかなと思って。〈母さんが~〉という歌詞は、特に考えずにメロディーから浮かんできただけです」

相澤「バンコクで最初にリサーチしていたときに現地に長く住む日本の方から、タイの話だったらぜひお母さんとか肉親の〈情〉の話を入れてほしい、と言われたんですよ」

富田「〈父さん〉ではなくて〈母さん〉なんですよね。タイという国のコミュニティーは非常に母系社会なので、そこを描かなければいけないというのは強く感じていました。あと、映画を撮り進めるうちに最終的にラオスに辿り着いたこととも、あの曲はリンクしていて。ラオスに行ったとき、見たことのない場所のはずなのに知っているような郷愁を感じたんですね。アジア人にとっての〈サウダーヂ〉を見つけちゃったというか。そういった映画の大きなテーマが、“夢で見た町”に歌詞3行くらいで全部入っていたんです。まあ先進国側の論理ではラオスは発展途上となるわけで、われわれが〈楽園〉だの〈郷愁〉だのと言うのは〈アブナイ〉とされる。でも僕らはそうは思えなかった。タイやラオスは、それぞれがそれぞれのやり方で自らの場所や生活を守ってきたのだと身に沁みて感じました。『バンコクナイツ』では、そのことを描かなきゃいけないと強く思ったというわけです」

――まるで坂本さんが、すべてをあらかじめ知っていたような。

富田「都合のいいヤツだと思われるかもしれないですけど、『サウダーヂ』を作っているとき、僕にとってゆらゆら帝国の『空洞です』はテーマ・ソングというかテーマ・アルバムで、クランクインする少し前からひたすら車でリピートしていたんです。『サウダーヂ』で“わがままジュリエット”(BOØWYの86年作『JUST A HERO』収録)がかかるシーンも、実はずっと“空洞です”がぴったりだと考えていました。でも本当はそれだけじゃなくて(『空洞です』の)一曲目“おはようまだやろう”から全曲を通して映画とリンクしてると思っていたくらいなんですよ! それで今回“夢で見た町”を聴いたとき、またそのときと同じような気持ちになってしまって、勝手に〈これはもうカルマなんじゃないか?〉と(笑)」

ゆらゆら帝国の2007年作『空洞です』収録曲“空洞です”
 
「サウダーヂ」トレイラー
 

坂本「僕は『サウダーヂ』では“わがままジュリエット”のシーンですごく衝撃を受けたんですよ。後に“空洞です”が候補だったと聞いて、驚きました。でもあそこは“わがままジュリエット”で良かったなと思います(笑)」

 

夢と現実の境目をいくような音楽

――では今回のトリビュートの話も、富田監督からの熱烈なリクエストによって実現したものなんですか?

富田「それがそうじゃなくて、オファーしたのはEM Recordの江村(幸紀)さんなんです。僕らには何にも言わずに、完全に音源が出来上がった段階で〈僕なりの援護射撃です〉と突然メールが送られてきて……」

坂本「え? そうなんですか?」

富田「そうなんですよ! 〈この援護射撃、最高じゃん!〉って」

坂本「僕は2016年の頭にはもう江村さんからオファーを受けてましたよ。〈『バンコクナイツ』を勝手にサポートする12インチを作るので、いかがでしょうか?〉って」

富田「早っ!」

高木紳介(Soi48)「僕らが『バンコクナイツ』のロケから帰ってきて江村さんと話した後、すぐにオファーを始めていたような気がします」

――制作する条件が〈EM RecordsとSoi48の監修でリイシューされたタイの音源からサンプリングする〉ことだったので、(そういった作業をしたことがなくて躊躇した)坂本さんが〈そうだ、VIDEOくんがいる!〉と思い付いて、結果的にコラボでの制作になったんですよね。

富田「江村さん……何にも言わないんだよなぁ、気付いたときには全部整ってる(笑)」

坂本「最初の段階でタイトルも指定されていました。〈バンコクナイツ〉か〈Night In Bangkok〉かと」

YOUNG-G「僕たちも同じでしたね」

YOUNG-G
 

富田「(YOUNG-Gを指して)みんな言わないんだもん(笑)。俺なんかすぐ言いたくなっちゃうからな。スゴイ!」

YOUNG-G「僕らも(2016年)1月くらいにこの話をもらったんですけど、江村さんっておもしろい人で、坂本さんの名前を言わないんですよ。〈実はもう1組、某大物ミュージシャンに頼んでいて〉みたいな(笑)」

――そのトリビュート第2弾“バンコクナイツ”はstillichimiyaによるものですが※、YOUNG-Gさんは映画の録音スタッフとしても関っているので、坂本さんやVIDEOくんとはスタンスが異なります。この曲はどういうふうに出来上がっていったんですか?

※カップリングにはCOMPUMAによるリミックスを収録

YOUNG-G「stillichimiyaのメンバーは全員映画に関与しているんですけど※、その関わり方の深さがそれぞれ違っていて。だからこの映画やタイに対する5人のいろんな視点を乗っけてみようということになったんです。今回はダオ・バンドンというイサーンの超大物歌手の曲をサンプリングしてラップを乗せたんですが、歌詞の対訳を読むと農家のことだったり、東北部からの中央に対する視点だったり、僕らがいつもラップしてることとリンクするところがたくさんあって。そういうこともEM RecordとSoi48の再発シリーズから学ばせてもらいましたね」

※田我流が出演しているほか、MMMとMr.麿による映像製作ユニット=スタジオ石は撮影班を担当

stillichimiya バンコクナイツ EM(2017)

富田「YOUNG-Gは、タイで合流してからの音楽の吸収の仕方が半端じゃなかったですね。俺たちなんかあっという間に追い越されて。これがDJなのかと、その神髄を見る思いでした(笑)。空き時間にはひたすらあらゆる音楽を流して聴かせてくれたし、暇さえあればヘッドフォンをしてピコピコ音を弄っていた。編集で〈こういう感じの曲が欲しい〉となれば、すぐにスパーンと曲が返ってきて、ピタッとハマる。それは録音として現場での全行程を共有していたからこそだし、本当に現場においての〈DJ〉でしたね」

相澤「だからYOUNG-GとSoi48は〈DJ's〉とクレジットしているんです」

――では、映画の〈DJ〉としてYOUNG-Gさんが特に気を付けたところはありますか?

YOUNG-G「僕が実際に映画で担当したのはモーラムやルークトゥン以外のディスコ・シーンで流れるEDMとか、タイの街中から聴こえてくる得体の知れないノリのいい音楽なんです。撮影中はよく現地のディスコとかに行って(そこの音を)ボイスメモで録り貯めて、それをシーンに合わせて曲作りの参考にしたりしました。あとは、空族の映画ってパラレル・ワールドというか〈リアルだけどリアルじゃない〉感じが絶妙なんですよね。だからそういった夢と現実の境目をいくような音楽がいいと思って作りました」

YOUNG-Gの2012年のミックスCD『PAN ASIA Vol.1~Unknown World of Asian Rap~』。stillichimiyaとの縁で「バンコクナイツ」にも参加したトンド・トライブをはじめとするアジア各地のヒップホップ勢を採り入れている
 

――ちなみに坂本さんは本編を観てどうでしたか?

坂本「(地面に)ポツンと座って喋っていたりとか、あまりストーリーと関係なさそうな日常会話のシーンなんかがすごく良かったですね。〈映画の感じ〉と〈映画じゃない感じ〉が一緒にある感じがしました。あと、アンカナーンさんが話しながらモーラムになっていくシーンも印象的で。あれはモーラムのすごさがよくわかりました」

富田「あのシーンは、上手くいけば『サウダーヂ』で田我流がセリフからラップに変わっていくシーンへのオマージュにできるかもとイメージしていたんですが、それをアンカナーンさんが見事に実現してくださったんです。アンカナーンさんは主人公の女の子・ラックが帰省したときに、家族にも言えないことを相談できる近所のおばさん/占い師という役柄で、撮影当日は〈一家の女性がみんな娼婦にならざるを得ないという事情を慰めるようなモーラムをお願いします〉とだけ伝えたんですが、〈わかりました〉と一言おっしゃって祭壇に手を合わせはじめた。僕らは慌てて準備を整えて、いざスタート……一発でした。みんなびっくりして、しばし呆然って感じでしたね」

アンカナーン・クンチャイの出演シーン
 

――アンカナーンさんの出演もそうだし、各シーンを最高の形で実現できたという背景には、もちろんモーラムやルークトゥン、プア・チーウィットといったタイの音楽があって、それを紹介したSoi48がいた。

高木「僕らはずっとタイ音楽の無料案内所みたいなことをしていました(笑)」

相澤「(現場では)ずーっと音楽が鳴ってましたね」

富田「本当に僕たちはいつも音楽に助けられてるなと思うんです」

――イサーンの得度式(少年の出家を祝うパレード)で演奏するピン※・バンドもスゴイですよね。厳粛な式のはずなのに、ニューオーリンズのマルディグラみたいでもありました。

※イサーン伝統の弦楽器

富田「もともと僕たちのシナリオにはバンドが出てくるなんて書いてなかったんですが、Soi48が〈いやいや、イサーンの得度式にはこういうバンドが来るんです! 僕らが連れてきますから!〉と(笑)」

宇都木「タイはお葬式でもああいう賑やかな感じなんですよ」

相澤「生で観たら、あまりにサイケデリックでぶっ飛びました(笑)」 

「バンコクナイツ」場面写真
 

富田「ピックアップ・トラックの荷台に積んだ機材の間を縫うようにハンモックを吊って8人が乗り込み、約10時間の距離をぶっ飛ばして来ましたね(笑)。あと彼らの何がスゴイって、演奏をやめてくれない(笑)。自分のなかで曲が終わるまで絶対にやめないんです。爆音すぎてこっちの指示も全然聞こえてないし、終わらないし、暑いし、泣き出す人も出てくるしで大変でした」

高木「あの人たち、8時間くらいはぶっ続けで演奏するんですよ」

――エンドロールではアンカナーンさんの〈イサーン・ラム・プルーン〉に続けて、趣深いインスト曲が流れますよね。

相澤「あれは〈満月〉というプア・チーウィットの曲なんです。タイでは誰でも知っている有名な曲で、アッサニー・ポンラチャンという詩人が書いたものですね。彼はヴェトナム戦争の時代に中央政府に抵抗して、ゲリラになってラオスまで逃げたところで客死するんですが、〈故郷から遠く離れたその地で満月を見ながら母を想う〉という内容の歌です。さっきお話したカラワンも〈満月〉を歌っていますが、今回はカラワンと交流がある日本のフォーク・シンガーで〈満月〉の日本語訳カヴァーをした豊田勇造さんにギターを弾いてもらいました」

豊田勇造による“満月”のパフォーマンス映像
 

――そこにも郷愁という意図が込められていたんですね。実を言うと空族がバンコクを舞台に映画を撮るというニュースを見たときに、もっとシリアスな要素のある作品を想像した人も多かったと思うんです。僕もこれはすごい映画になるだろうと興奮しました。でも結果的に、映画としては〈バンコクの歓楽街の深層を斬る〉みたいな話を盛り込みつつも、ファンタジックで痛快さのある作品になりました。

相澤「〈義侠心〉みたいなものですね。アジアにいるとそれが不思議と自分たちの中に湧き上がるんですが、娼婦のハードな現実暴露というよりは、義侠心を(映画の中で)育てていきたいなという気持ちはありました。義侠心というと武士道みたいな感じになっちゃいますけど、それとはまた別の、何というか非常にアジア的なもの。上手く言えないんですが。山中貞夫監督の『河内山宗俊』(1936年)という映画があるんですけど」

――戦前に撮られた名作ですよね。

富田「江戸時代に、2人の任侠風情が困っている町場の娘さんを助けるために当然のように本気になって、結果的に娘さんは救われて彼らはわりとあっさり命を落としていく……というお話で。僕も『バンコクナイツ』を作るにあたって長くタイに住みましたけど、大都会であるバンコクの下町にですら、いまでも自然と生活互助のような精神が根付いていて、人が困ったり食いあぶれていたら助けるのがあたりまえという道理がきちんとある。いまの日本では〈役所に電話する〉しかなくなってしまった。だから『河内山宗俊』の時代まで遡らなくちゃいけなかったんです」

VARIOUS ARTISTS バンコクナイツ EM(2017)

――「バンコクナイツ」は劇中の音楽が素晴らしいだけでなく、さらに映画の外からもすごい熱量のトリビュートが世に出る。単なるタイアップではなくて、こういう本気の混ざり合いは映画界、音楽界の両方にとって、もっとあるべきことだと思いました。そういえば、EM Recordではすでに第3弾も準備が進んでいると聞いていますしね。

富田「江村さんが第5弾くらいまであると言っていました。でも何も教えてくれません(笑)」

 

バンコクナイツ

2月25日(土)より全国順次公開!

監督:富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
撮影/照明:スタジオ石
録音:山﨑巌、YOUNG-G
DJs:Soi48、YOUNG-G
出演:スベンジャ・ポンコン、スナン・プーウィセット、チュティパー・ポンピアン、タンヤラット・コンプー、サリンヤー・ヨンサワット、伊藤仁、川瀬陽太、田我流、富田克也

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