夢と現実の境目をいくような音楽

――では今回のトリビュートの話も、富田監督からの熱烈なリクエストによって実現したものなんですか?

富田「それがそうじゃなくて、オファーしたのはEM Recordの江村(幸紀)さんなんです。僕らには何にも言わずに、完全に音源が出来上がった段階で〈僕なりの援護射撃です〉と突然メールが送られてきて……」

坂本「え? そうなんですか?」

富田「そうなんですよ! 〈この援護射撃、最高じゃん!〉って」

坂本「僕は2016年の頭にはもう江村さんからオファーを受けてましたよ。〈『バンコクナイツ』を勝手にサポートする12インチを作るので、いかがでしょうか?〉って」

富田「早っ!」

高木紳介(Soi48)「僕らが『バンコクナイツ』のロケから帰ってきて江村さんと話した後、すぐにオファーを始めていたような気がします」

――制作する条件が〈EM RecordsとSoi48の監修でリイシューされたタイの音源からサンプリングする〉ことだったので、(そういった作業をしたことがなくて躊躇した)坂本さんが〈そうだ、VIDEOくんがいる!〉と思い付いて、結果的にコラボでの制作になったんですよね。

富田「江村さん……何にも言わないんだよなぁ、気付いたときには全部整ってる(笑)」

坂本「最初の段階でタイトルも指定されていました。〈バンコクナイツ〉か〈Night In Bangkok〉かと」

YOUNG-G「僕たちも同じでしたね」

YOUNG-G
 

富田「(YOUNG-Gを指して)みんな言わないんだもん(笑)。俺なんかすぐ言いたくなっちゃうからな。スゴイ!」

YOUNG-G「僕らも(2016年)1月くらいにこの話をもらったんですけど、江村さんっておもしろい人で、坂本さんの名前を言わないんですよ。〈実はもう1組、某大物ミュージシャンに頼んでいて〉みたいな(笑)」

――そのトリビュート第2弾“バンコクナイツ”はstillichimiyaによるものですが、YOUNG-Gさんは映画の録音スタッフとしても関っているので、坂本さんやVIDEOくんとはスタンスが異なります。この曲はどういうふうに出来上がっていったんですか?

※カップリングにはCOMPUMAによるリミックスを収録

YOUNG-G「stillichimiyaのメンバーは全員映画に関与しているんですけど、その関わり方の深さがそれぞれ違っていて。だからこの映画やタイに対する5人のいろんな視点を乗っけてみようということになったんです。今回はダオ・バンドンというイサーンの超大物歌手の曲をサンプリングしてラップを乗せたんですが、歌詞の対訳を読むと農家のことだったり、東北部からの中央に対する視点だったり、僕らがいつもラップしてることとリンクするところがたくさんあって。そういうこともEM RecordとSoi48の再発シリーズから学ばせてもらいましたね」

※田我流が出演しているほか、MMMMr.麿による映像製作ユニット=スタジオ石は撮影班を担当

stillichimiya バンコクナイツ EM(2017)

富田「YOUNG-Gは、タイで合流してからの音楽の吸収の仕方が半端じゃなかったですね。俺たちなんかあっという間に追い越されて。これがDJなのかと、その神髄を見る思いでした(笑)。空き時間にはひたすらあらゆる音楽を流して聴かせてくれたし、暇さえあればヘッドフォンをしてピコピコ音を弄っていた。編集で〈こういう感じの曲が欲しい〉となれば、すぐにスパーンと曲が返ってきて、ピタッとハマる。それは録音として現場での全行程を共有していたからこそだし、本当に現場においての〈DJ〉でしたね」

相澤「だからYOUNG-GとSoi48は〈DJ's〉とクレジットしているんです」

――では、映画の〈DJ〉としてYOUNG-Gさんが特に気を付けたところはありますか?

YOUNG-G「僕が実際に映画で担当したのはモーラムやルークトゥン以外のディスコ・シーンで流れるEDMとか、タイの街中から聴こえてくる得体の知れないノリのいい音楽なんです。撮影中はよく現地のディスコとかに行って(そこの音を)ボイスメモで録り貯めて、それをシーンに合わせて曲作りの参考にしたりしました。あとは、空族の映画ってパラレル・ワールドというか〈リアルだけどリアルじゃない〉感じが絶妙なんですよね。だからそういった夢と現実の境目をいくような音楽がいいと思って作りました」

YOUNG-Gの2012年のミックスCD『PAN ASIA Vol.1~Unknown World of Asian Rap~』。stillichimiyaとの縁で「バンコクナイツ」にも参加したトンド・トライブをはじめとするアジア各地のヒップホップ勢を採り入れている
 

――ちなみに坂本さんは本編を観てどうでしたか?

坂本「(地面に)ポツンと座って喋っていたりとか、あまりストーリーと関係なさそうな日常会話のシーンなんかがすごく良かったですね。〈映画の感じ〉と〈映画じゃない感じ〉が一緒にある感じがしました。あと、アンカナーンさんが話しながらモーラムになっていくシーンも印象的で。あれはモーラムのすごさがよくわかりました」

富田「あのシーンは、上手くいけば『サウダーヂ』で田我流がセリフからラップに変わっていくシーンへのオマージュにできるかもとイメージしていたんですが、それをアンカナーンさんが見事に実現してくださったんです。アンカナーンさんは主人公の女の子・ラックが帰省したときに、家族にも言えないことを相談できる近所のおばさん/占い師という役柄で、撮影当日は〈一家の女性がみんな娼婦にならざるを得ないという事情を慰めるようなモーラムをお願いします〉とだけ伝えたんですが、〈わかりました〉と一言おっしゃって祭壇に手を合わせはじめた。僕らは慌てて準備を整えて、いざスタート……一発でした。みんなびっくりして、しばし呆然って感じでしたね」

アンカナーン・クンチャイの出演シーン
 

――アンカナーンさんの出演もそうだし、各シーンを最高の形で実現できたという背景には、もちろんモーラムやルークトゥン、プア・チーウィットといったタイの音楽があって、それを紹介したSoi48がいた。

高木「僕らはずっとタイ音楽の無料案内所みたいなことをしていました(笑)」

相澤「(現場では)ずーっと音楽が鳴ってましたね」

富田「本当に僕たちはいつも音楽に助けられてるなと思うんです」

――イサーンの得度式(少年の出家を祝うパレード)で演奏するピン・バンドもスゴイですよね。厳粛な式のはずなのに、ニューオーリンズのマルディグラみたいでもありました。

※イサーン伝統の弦楽器

富田「もともと僕たちのシナリオにはバンドが出てくるなんて書いてなかったんですが、Soi48が〈いやいや、イサーンの得度式にはこういうバンドが来るんです! 僕らが連れてきますから!〉と(笑)」

宇都木「タイはお葬式でもああいう賑やかな感じなんですよ」

相澤「生で観たら、あまりにサイケデリックでぶっ飛びました(笑)」 

「バンコクナイツ」場面写真
 

富田「ピックアップ・トラックの荷台に積んだ機材の間を縫うようにハンモックを吊って8人が乗り込み、約10時間の距離をぶっ飛ばして来ましたね(笑)。あと彼らの何がスゴイって、演奏をやめてくれない(笑)。自分のなかで曲が終わるまで絶対にやめないんです。爆音すぎてこっちの指示も全然聞こえてないし、終わらないし、暑いし、泣き出す人も出てくるしで大変でした」

高木「あの人たち、8時間くらいはぶっ続けで演奏するんですよ」

――エンドロールではアンカナーンさんの〈イサーン・ラム・プルーン〉に続けて、趣深いインスト曲が流れますよね。

相澤「あれは〈満月〉というプア・チーウィットの曲なんです。タイでは誰でも知っている有名な曲で、アッサニー・ポンラチャンという詩人が書いたものですね。彼はヴェトナム戦争の時代に中央政府に抵抗して、ゲリラになってラオスまで逃げたところで客死するんですが、〈故郷から遠く離れたその地で満月を見ながら母を想う〉という内容の歌です。さっきお話したカラワンも〈満月〉を歌っていますが、今回はカラワンと交流がある日本のフォーク・シンガーで〈満月〉の日本語訳カヴァーをした豊田勇造さんにギターを弾いてもらいました」

豊田勇造による“満月”のパフォーマンス映像
 

――そこにも郷愁という意図が込められていたんですね。実を言うと空族がバンコクを舞台に映画を撮るというニュースを見たときに、もっとシリアスな要素のある作品を想像した人も多かったと思うんです。僕もこれはすごい映画になるだろうと興奮しました。でも結果的に、映画としては〈バンコクの歓楽街の深層を斬る〉みたいな話を盛り込みつつも、ファンタジックで痛快さのある作品になりました。

相澤「〈義侠心〉みたいなものですね。アジアにいるとそれが不思議と自分たちの中に湧き上がるんですが、娼婦のハードな現実暴露というよりは、義侠心を(映画の中で)育てていきたいなという気持ちはありました。義侠心というと武士道みたいな感じになっちゃいますけど、それとはまた別の、何というか非常にアジア的なもの。上手く言えないんですが。山中貞夫監督の『河内山宗俊』(1936年)という映画があるんですけど」

――戦前に撮られた名作ですよね。

富田「江戸時代に、2人の任侠風情が困っている町場の娘さんを助けるために当然のように本気になって、結果的に娘さんは救われて彼らはわりとあっさり命を落としていく……というお話で。僕も『バンコクナイツ』を作るにあたって長くタイに住みましたけど、大都会であるバンコクの下町にですら、いまでも自然と生活互助のような精神が根付いていて、人が困ったり食いあぶれていたら助けるのがあたりまえという道理がきちんとある。いまの日本では〈役所に電話する〉しかなくなってしまった。だから『河内山宗俊』の時代まで遡らなくちゃいけなかったんです」

VARIOUS ARTISTS バンコクナイツ EM(2017)

――「バンコクナイツ」は劇中の音楽が素晴らしいだけでなく、さらに映画の外からもすごい熱量のトリビュートが世に出る。単なるタイアップではなくて、こういう本気の混ざり合いは映画界、音楽界の両方にとって、もっとあるべきことだと思いました。そういえば、EM Recordではすでに第3弾も準備が進んでいると聞いていますしね。

富田「江村さんが第5弾くらいまであると言っていました。でも何も教えてくれません(笑)」

 

バンコクナイツ

2月25日(土)より全国順次公開!

監督:富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
撮影/照明:スタジオ石
録音:山﨑巌、YOUNG-G
DJs:Soi48、YOUNG-G
出演:スベンジャ・ポンコンスナン・プーウィセットチュティパー・ポンピアンタンヤラット・コンプーサリンヤー・ヨンサワット伊藤仁川瀬陽太、田我流、富田克也

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