テクノやハウス、ドラムンベースなどさまざまなダンス・ミュージックを採り入れながら、幾何学的なシーケンスと生楽器のグルーヴを独自の美学で融合させたサウンドスケープで常にシーンを騒がせてきたSiZK。彼が2010年に始動させたソロ・プロジェクト、★STAR GUiTARが書き下ろしの新曲2曲を含むベスト・アルバム『Special Ordinary』をリリースした。
昨年、歌モノを中心にまとめたベスト盤『HERE AND THERE』をリリースした★STAR GUiTARだが、本作はインスト曲を軸に収録した続編で、fox capture planやそのリーダーのMELTENこと岸本亮、H ZETT M、世武裕子ら、一筋縄ではいかないアーティストたちとの〈デスクトップ上〉でのセッションは、美しくもどこかイビツで心に引っかかる。〈日常こそ特別〉というメッセージが込められたタイトルが象徴するように、日々の暮らしの中に小さな彩りをもたらしてくれるような、そんな作品集だ。さらに、気鋭のバンドStill Caravanをフィーチャーした書き下ろし曲“Something New”と、バッハの〈主よ、人の望みの喜びよ〉をモチーフにした新曲“Moments Of Clarity -Jesus, Joy of Man's Desiring”では、今後の★STAR GUiTARの方向性を予感させるような、新境地とも言えるサウンドを鳴らしている。
山本領平のトラックメイキングでSiZKとしてデビューし、AAAやBENNIE K、ワルキューレ、西野カナなどさまざまなジャンルの楽曲を手掛けてきたコンポーザーでもある★STAR GUiTAR。彼は一体、何者なのか。新作の制作エピソードはもちろん、打ち込み至上主義だったデビュー時から、セッションの楽しさを知っていく過程などについても詳しく話してもらった。
ラジオがきっかけで生演奏が好きになった
――もともとは、どのようなキッカケで音楽を作り始めたのですか?
「最初は小室哲哉さんでしたね。ちょうどglobeがデビューした直後、まさに全盛期だった頃の小室さんって、ものすごくリアルタイムで当時の洋楽を採り入れていましたよね。例えばH Jungle with tではドラムンベースをお茶の間に持ち込んだり、そういう小室さんの姿勢を通して海外のダンス・ミュージックを知っていきました。あとはプレイスタイル。シンセをL字に並べて弾く姿もカッコイイなあ!と(笑)」
――小室さんのアートワークにも影響を受けたそうですね。
「はい(笑)。小室さんがTM NETWORKを始めるときに、名前と電話番号しか明記せず、それ以外の情報は一切明かさずにデモテープを配っていたというのを、どこかで読んで。自分がデモ音源をレコード会社に配った時も、そのスタイルを真似ていましたね」
――最初はどんな音楽を作っていたのですか?
「90年代に小室さんがプロデュースしていたヤマハのシンセサイザー・EOSを購入して、自分は歌が歌えないのでインスト曲を作っていました。ドラムンベースに、当時好きだったエニグマとか、そういうヒーリング・ミュージックっぽい上モノを乗せたようなサウンドでしたね」
――そのあたりの音楽性は、どうやって培われたのでしょうか。
「友人の家がライヴハウスをやっていて、ご両親がものすごく音楽好きだったので、いろんなCDを貸してもらっていたんです。ほとんどがヘヴィメタだったんですけど(笑)、そのなかにエヴリシング・バット・ザ・ガール『Walking Wounded』(96年)が入っていて、圧倒的なインパクトがあったんですよね。もちろんサウンドも気に入りました。あのテンポで、ちょっとドラムンベースっぽいことをやっている人って当時はあまりいなかったし」
――確か、〈ドラムンベースは21世紀のボサノヴァである〉というベン・ワットのフレーズに衝撃を受けたとか。
「そうなんです、〈なんてカッコイイんだろう〉と思いました。当時はボサノヴァが何なのかも、実はよくわかっていなかったのですが(笑)。そこからだんだんクラブ・ミュージックも好きになって、もともとのエニグマからの影響とも混じり合い、いまでいうエレクトロニカみたいなサウンドを作っていくようになりました。現在、僕が作っている音楽のルーツは、その頃に聴いていたアンダーワールドやケミカル・ブラザーズ、プロディジーなどのクラブ・ミュージックと、ディープ・フォレストやエニグマのようなヒーリング・ミュージックなんじゃないかなと思います」
――エレクトロニック・ミュージックの中でも、ロックと親和性の高いものが好きだったんですね。
「ええ。当時はそれほどロックを意識してはいなかったんですけど、結果的にそうなったという感じです。というのも、生演奏が大嫌いだったんですよ。いまは嫌いどころか大好きなんですけど(笑)」
――そのへんの心境の変化はおもしろいですよね。
「自分でも不思議ですけど、一番大きかったのはラジオだと思います。『Schrödinger's Scale』(2014年)を作ったあたりに、僕、車の免許を取ったんですよ。それで車を買って、カーラジオを付けて運転していると、勝手にいろんな音楽が流れてくるじゃないですか。それが何だか楽しくて。ラジオから流れてくるジャズっぽいものやファンクっぽいものを聴いているうちに、〈生演奏っておもしろいなあ〉と思うようになったんです。だから3、4年前ですよね。つい最近なんです(笑)」
――昨年、歌モノにフォーカスした『HERE AND THERE』をリリースして、今回の『Special Ordinary』はインスト曲をまとめたベスト盤となりました。この経緯は?
「最初は歌モノもインストも一緒に出すというアイデアもあったのですが、★STAR GUiTARの音楽性が、デビュー時とは変わり過ぎてしまったんですよね。初期は歌モノ、最近はインストっていうふうにはっきり分かれてきていて、しかもちょうどアルバム3枚ずつなんです(笑)。だったら前期と後期という意味で分けて出した方が、聴いてくれる方たちに対してもわかりやすいのかなと」
――『HERE AND THERE』は、どんなコンセプトで作ったのですか?
「『HERE AND THERE』は、収録曲をすべてリアレンジしました。僕の曲を、例えばイギリスのバンドがカヴァーしたらどうなるだろう?という見立てで作り直してみたんです。それによって、アルバムとしての統一感も出そうと思ったんですよね。ちなみに、その時に意識したのはイヤーズ&イヤーズや、パッション・ピット、チャーチズなどでした」
――では、今作『Special Ordinary』は?
「今作に収録されている楽曲は、わりと最近のものが多いので、サウンド的に古さは感じなかったんです。だから全曲をアレンジし直すという感じでもないし、コード進行などを変えてしまうと、そもそもゲスト・ピアニストが弾いてくれたものと合わなくなってしまうので、それも違うなと。そこで最終的に、ミックスのバランスや音質などで変化を出していくことにしました。例えば“forgive”だったら、原曲よりもストリングスが際立つようにしているし、“Be The Change You Wish”では、コーラスをより強調したりしています。アルバムのコンセプトは、タイトル通り〈Special Ordinary〉。これは『Schrödinger's Scale』に収録されている楽曲のタイトルなんですけど、僕はこの言葉がすごく好きなんです。その時のリリース・パーティーのタイトルにも使ったくらいで」
――それはどうして?
「直訳すると〈特別な日常〉で、〈特別〉と〈日常〉ってかけ離れているようだけど、〈日常こそが特別〉と言える感覚はすごくいいなと思ったんです。それで今作も、このフレーズをテーマに楽曲をまとめていこうと」
――非日常へぶっ飛ばされる音楽というよりは、日々の生活の中で鳴らされる〈日常を彩る音楽〉というような。
「そうですね、そういうニュアンスです」