ポリゴノーラ(平面多角形楽器)~新しい響きと音階の打楽器から広がる可能性

 スーパーマーケットではまるのままのスイカを手にとることは滅多にない。小売り業ではどうだろう。かつて八百屋のおじさんはスイカを叩き、美味しいか、熟れているかを教えてくれた。ほんとにそんなことでわかるのかどうか疑問におもったものだけれども、おなじことを科学的に「音」で理解する、理解するとまではいかなくても見当がつくのではないか、と科学者は考えていた。そう目の前の人物は言うのである。そしてつづけるのだ。スイカとメロンの「食べごろ」は95%以上わかるが、アボカドでは50%くらいの精度でしょうか、と。

左:塩高和之 中央:灰野敬二 右:田中黎山

 この人物はくだものを叩くとでてくる「音」は、楽器の音とは倍音が違う、非整数倍音なのだ、と、自然界の音は非整数倍音でできている、と、さらにそうしたところから非整数倍音をだす打楽器――あくまで空気振動の打楽器であり、電子的に合成するのではない――を発案・制作した、と言うのである。 人物は植物生理学者・櫻井直樹氏。2015年春先。氏は一式の資料とパソコン、金属板の「楽器」をカバンからとりだし、机の上にならべた。楽器はいくつかあったが青銅製で、polygon(多角形)とola(波)を組みあわせた「ポリゴノーラ/Polygonola」と呼ばれるという。叩く部位によって音色が異なることは実演してくれた。

灰野敬二,塩高和之,神田佳子,稲野珠緒,桜井真樹子 ポリゴノーラ 生物振動研究所(2017)

 このポリゴノーラによる作品を収録したのがここで紹介するアルバムである。

 アルバムのはじめと終わりは灰野敬二が参加。最初の《何気なく/つぶれゆく/つくることの楽しみ》は琵琶・塩高和之と尺八・田中黎山とポリゴノーラとの共演。櫻井氏によれば、「非整数倍音」の和楽器とこの新しい楽器とを組みあわせることを意図。つぎに神田佳子と稲野珠緒、2人のパーカッショニストによる、音の特性を生かして作曲された一ノ瀬トニカ《First Flight》。つづいて桜井真樹子によるポリゴノーラのソロ曲と、自身の「白拍子」の声とを組みあわせた《モルガーナの言葉》。最後に灰野敬二による圧倒的な緊張感をもったソロ《『無効』に/なったとて/あったことの確かさ》。

左:神田佳子 右:稲野珠緒

右:桜井真樹子

 この2015年10月、東京初台・近江楽堂でポリゴノーラをめぐるレクチャー/シンポジウム/コンサートが開かれ、わたし自身もシンポジウムの司会として登壇した。そこでの楽曲をアルバムに収録。もちろん櫻井氏の丁寧な解説もブックレットにある。

 「新しい楽器」は、たしかに、いろいろなところでつくられている。だが、こうした植物生理学というようなところから偶然に、それでいて、人の感覚や「音・音楽観」と交差するようなかたちででてくるものはあまりない、すくなくともわたしの知るかぎりあまりない。だから、試しに耳をかたむけ、文章にふれてみるのは如何か。

 櫻井氏はライナーノートをこんなふうに結んでいる――「聴覚は、聴きたいと思う音を取捨選択して選び取る能力が非常に高い感覚だそうです。「非整数倍音」を意識し、「聴きたい音」として耳を澄ませば、もっと豊かな音世界が広がるかもしれない。それがポリゴノーラと親和する世界なら、こんなうれしいことはありません」

 


櫻井直樹(Naoki Sakurai)
1969年 大阪市立大学理学部生物学科入学
1978年 同理学研究科博士課程修了(理学博士)
現      広島大学 特任教授