「私自身は、太陽と月のどちらかといえば、絶対に月だと思います」

 『noon moon』の幕開きを飾るのは、アルバム・タイトルと直接結びついている“青空の月”。音楽的には、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲に通じる品格を漂わせたボサノヴァ風の曲で、涼やかな空気の衣を纏ったようなヴォーカルと演奏がゆったりと時のリズムを刻んでいく。もちろん、とても耳に快い。『noon moon』は、『music & me』(07年)、『eyja』(09年)に続く、伊藤ゴローのプロデュース作品。“青空の月”は、原田知世と伊藤ゴローのコンビネーションが成熟の域に達しつつあることを物語るトラックだが、2人は前記のアルバムの制作に加えて、2011年から〈on-doc.(オンドク)〉というイヴェントを一緒に行ってきた。『noon moon』は、この〈歌と朗読+ギター〉によるイヴェントと繋がっている。

 「〈on-doc.〉は、美術館やカフェなどお客さんとの距離感が近い場所で、音楽を身近に感じてもらいたいということで始めたイヴェントです。前作の『eyja』はわりと作り込んだアルバムで、私の声も楽器のひとつというような扱いでした。ですから、ゴローさんと2人だけでライヴで再現できる曲は少なかったのですが、〈on-doc.〉をやっていくうちに次のアルバムはアレンジをなるべくシンプルにして、歌とギターだけで成立するようなものにしたい。ゴローさんと私の間で、こういう共通意識が自然に生まれました。ゴローさんは、最初の打ち合わせの時から太いメロディ、子供でもすぐに覚えられるようなメロディを書きたい、とおっしゃってましたね。この点も含めて、今回のアルバムには、“on-doc.”の経験が良い形で反映されていると思います」

原田知世 『noon moon』 commons(2014)

 『noon moon』の収録曲の大半は、原田知世(作詞)と伊藤ゴロー(作曲)によるオリジナル作品。つまりこの新作は、『music & me』や『eyja』以上に2人のコラボレーションという色合いが濃い。ただし、“名前が知りたい”の歌詞だけは、作家/詩人の池澤夏樹の書き下ろし。“on-doc.”で池澤の『きみが住む星』を朗読してきたことから、作詞を依頼したという。

 「『きみが住む星』は手紙の形式で書かれた作品で、内容はもちろんですが、言葉の響きがすごく素敵なんです。ですから今回のアルバムのために歌詞を書いていただければと思って作詞を依頼したのですが、快諾してくださいました」

 ちなみに池澤夏樹本人とはまだ会ったことがないとのことだが、ともあれ、こんな点でも今回のアルバムは“on-doc.”と繋がっている。

 冒頭で触れた通り、1曲目は“青空の月”。そして2曲目の“うたかたの恋”にも、“月のしずく”というフレーズが出てくる。

 「アルバム制作の手掛かりとなるキーワードを考えた時、“月”が思い浮かびました。以前から私の歌詞の中には“月”が出てくることが多いのですが、そもそも月を見上げることが好きなんです。月を見つめていると、時間の流れを感じることができるし、どんな形に変化しようとも、月は常に私を見守ってくれているような気がするので。私がいちばん好きな月は、昼間の青い空に透き通って見える月です。ですから“青空の月”を書きました」

 〈月〉は、洋の東西を問わず、古くから女性の象徴でもある。だから年齢を重ねるに従って、より月を意識するようになったという。

 また、自分自身と月の関係について、こんなことも語ってくれた。

 「月は太陽の光があたっている部分によって、地球から見える形が変わりますよね。女優や歌手としての私も同じような立場で、色んな方々や作品に出会うことによって、それまでは見えていなかった側面が引き出され、自分にはこういう面があったことに気づく。特に40代になってから、こんな機会がますます増えたので、自分と月を重ね合わせて見ることがたびたびあります。そもそも私自身は、太陽と月のどちらかといえば、絶対に月だと思います。自分自身がきらきらと光を発しているのではなく、色んな方々によって光り輝かせてもらっているので」