あの頃の感覚を取り戻した色鮮やかな〈黒〉

 重厚な揺らぎをもってうねる歪んだシンセサイザー。そのゆったりした波形に誘われ、音のレイヤーの奥へ、さらに奥へと潜り込んでいくようなオープニングに驚くリスナーは多いはずだ。雨のパレードの新作『Reason of Black Color』は、柔らかくたゆたう持ち前の歌心はそのままに、インディーR&Bを基調としたこれまでの音楽性により多彩な、そして意外性のある〈色〉が重ねられた一枚に。先行シングル“Shoes”の取材の際、福永浩平(ヴォーカル:以下同)はジョン・メイヤーやSZAらを例に挙げながら今後の方向性に関するヒントをくれたが、ここではそれらが滑らかに溶け合って、ひとつの作品を形成している。

雨のパレード Reason of Black Color スピードスター(2018)

 「これまでのアルバムもそのときにやりたかったことを体現してきたつもりではいるんですけど、今回は自分たちのなかにあったいろんな色をより濃く、鋭く表現して詰め込んだ感じですね。うちのメンバーはプレイヤーとしてのポテンシャルが高くて何でもできるんで、じゃあ何でもやっちゃえっていう(笑)。軽く聞こえるかもしれないですけど、そこは確固たる意志で、それぞれの方向に、自分たちの納得のいく形で一曲ずつ仕上げていって。そうしたすべての色を混ぜると黒になる――〈黒色の理由〉というアルバムのタイトルは制作の途中で考えたコンセプトなんですけど、レコーディングのときからそこは意識してました」。

 突出した色合いの楽曲が揃った本作において冒頭から強烈なインパクトを投げ掛けるのは、オルタナティヴR&B的な深みのあるスロウ“Reason of Black Color”だ。

 「ちょうど『Change your pops』を作り終ったあとぐらいだと思うんですけど、〈攻めたい〉っていうフラストレーションに近い感情がメンバーのなかにあって、それでとにかくシンセを歪ませてみたり(笑)。あと、今回からエンジニアが葛西敏彦さんに変わったんですけど、葛西さんとシンクロして音像がかなり伸びたっていう思いがありますね。歪ませたシンセの音をアンプから出して、それをマイキングでまた録って。そうすると空気を含んだ感じというか、アナログな生感がプラスされるんですけど、その状態にまた歪みを足したりとか、そういう好奇心に満ちた作業が刺激になりました。それから、この曲は歌詞もすごく納得がいってて。バンド初期の僕は、〈トリップ感〉という言葉が正しいかわからないですけど、〈深く潜る感覚〉を突き詰めようと歌詞を書いていて、それが『New generation』以降はメッセージ性、〈相手に伝える〉っていうことに比重が移って。それが僕のなかの中期なんですけど、最近はその二つが良いバランスで混ざってきて、決してメッセージ性がないわけではないんですけど、どこか昔の自分を取り戻せた感覚があります。それが“Reason of Black Color”では、自分たちのなかの深い世界観を詩的に表現できたかなと思って」。

 歌詞のみならず、サウンドについても「良い感じに肩の力が抜けた状態で制作できた」という本作。「アンセム感のあるデモをテクノやハウス調に発展させた」という昂揚感溢れるダンス・チューン“Dive”を挿み、ダウン・チューニングの加速的なギター・サウンドに乗せて自由を渇望する“Horizon”もまた、〈歪んだ音〉に別方向からアプローチした一曲だ。

 「ギターに関して言うと、歪んだ音が気持ち良く聴こえてくる時代に入ってきたような気がして。なので、みんながやり出す前にカウンターのカウンターとして(笑)、早めに挑戦しておきたいなっていう思いで、90年代のブリティッシュ・ポップやオルタナを自分たちなりに研究したんですよね。とはいえ深く掘っていったわけではなくて、〈オアシス良いわ~〉とかそんな感じなんですけど(笑)。で、この曲は最初、そのオアシスあたりの時代感のイメージで作ってたんですけど、結果的には〈僕らのなかのオルタナ〉という位置付けの曲になりました。ただ、聴き心地はなんとなくエレクトロみたいな印象にしたかったので、スナップの音も入れたりしています」。

 

自分たちの曲じゃないみたい

 怒涛のアウトロを畳み掛ける“Horizon”の熱をトラッピンなインスト“GOLD”で鎮めたあとは、モロに80sシンセ・ポップな“Shoes”に続いて雨パレ流のライト・ファンク“ice”、静謐なミニマル・チューン“(soda)”が並ぶ。

 「“ice”はあんまり力んでないチルアウト的なファンクというイメージで作った曲です。“(soda)”はドラム・テックさんが持ってきてくれたジャズのセットがすごくいいハマり方をしてて。エフェクターを繋いだ歌うようなベースとか、いろいろとおもしろい挑戦をしてます。ただ、アルバムを通して聴いてるなかでは〈気付けば過ぎてる〉みたいな印象の曲だと思ってて。すべてが主張しすぎない、淡い曲かなと。歌詞は、僕はこれまで外で書くことが多かったんですけど、今回は寒すぎて(笑)、家のリヴィングで。だから、このアルバムでは部屋の情景を書いてる歌詞が結構あるんですよね。この曲もそうで。いままで書いてなかった新しいことが自然と反映された感じです」。

 〈新しいこと〉と言えば、次の“Hometown”ではタブゾンビ(SOIL&“PIMP”SESSIONS)をフィーチャー。哀愁のトランペットがアダルトなムードを増長している。

 「タブさんのラジオに何度か出させてもらって、そのときに〈何か一緒にやりたいよ!〉って言ってくれてたんで、今回でやれたらなあと思ってたんですよ。“Tokyo Times”っていう三宅洋平さんとcro-magnonのポエトリー曲があって、そこでタブさんがトランペットを吹いてるんですけど、僕、その曲が好きでずーっと聴いてたっていうのもあって。この曲はSZAやジャミラ・ウッズみたいな、ヒップホップ風のトラックに歌が乗ってるみたいなものを作ってみたいっていうときに出来た曲。僕らのなかでもアンビエント寄りで、そこにタブさんが入ったことで、もう自分たちの曲じゃないみたいになってる(笑)。タブさんは地元も鹿児島で一緒なので、歌詞は故郷をイメージして書いてます」。

 また、新味はそのあとのアーシーなギター・サウンドをフィーチャーした甘いラヴソング“You & I”と、ドラマの主題歌となった“What's your name?”のアルバム版にも。ここではストリングスが対照的な役割を担っている。

 「“You & I”は3拍子のちょっとブルージーな曲で、泣かせるギターを鳴らしてほしいなと思って取り組んだ一曲ですね。この曲と“What's your name?”“MARCH”にはそれぞれ違うカラーのストリングスが入ってて、星野源さんの作品とかに参加されてる未央さんにアレンジしていただいてるんですけど、“You & I”は〈ロマンティックな感じ〉とだけ伝えて。“What's your name?”はいい意味でふざけられた一曲になったというか。〈ベタにそれやっちゃうんだ〉みたいなポイントがたくさん散りばめられてます(笑)。そこにコーラスはゴスペルぐらい人数いっぱいいたらおもしろいよねとか、星野源さん風の華やかなストリングスが絶対合うよねっていうところから、まさしく本人に入れてもらったりとか。歌詞もいい感じに軽くて。“Shoes”の取材でも話しましたけど、僕、『ウォールフラワー』っていう映画がめっちゃ好きで、この歌詞はあの最初のダンス・シーンです(笑)」。

 

常にエッジーでいたい

 そんな雨パレの楽曲中でも図抜けてハッピーな雰囲気から一転、アコギと歌のみのラフな録音を活かした“H.Apartment”も新たな試みだ。そこに福永が使っている香水の名前を冠したという“Hwyl”が続く。

 「僕、上京してからずっと住んでた家があるんですけど、引っ越すことになって。“H.Apartment”はそこにマイク一本を立てて、康介さん(山崎康介、ギター/シンセサイザー)と2人で録りました。それをそのまま入れてます。“Hwyl”に香水の名前を付けたのはなんとなくあの匂い(スモーキー&ウッディなフレグランス)っぽいなと思ったからなんですけど、どこかの国の言葉で〈遊び〉っていう意味だったみたいで。この曲の音はホントに遊んで作ってるんで、そういう意味でもしっくりくるなと思ったり。“Reason of Black Color”とかもそうですけど、なるべくデモの良さを崩さず元のシンプルな状態をそのまま残した曲で、シンセの音はチェット・フェイカーの“1998”をイメージして前から作り込んであったものがやっと日の目を見ました」。

 そして、エレガントなエレピとリズム隊によるジャジー・ヒップホップ風のインスト“#556b2f”を経てラストの“MARCH”へ。流麗なストリングスと共に〈旅立ち〉を歌ったこのミディアムは、〈卒業ソング〉というお題に対してのアンサーだという。

 「この曲は、自分たちのいままでのなかでもいちばん音が厚い作りで、新しく振り切れた一曲なんですよね。14人編成のストリングスの方々がいたりとか、サビとか2Aにアコギが入ってたりとか、サビ中にタンバリンが8分で鳴ってたりとか。まあ、思いっきりオアシス……全然通ってないので〈僕らの思うオアシス〉のイメージなんですけど、無条件な名曲感が出せたなと思って、納得のいっている曲ですね」。

 〈やってみたい音楽〉に対してフットワーク軽く挑んだ全14曲。雨のパレードが表現する〈黒色〉は、こんなにもとりどりの色彩感覚に溢れている。

 「曲ごとにどんどん鋭く極端になっていったので、作っている最中は僕らも〈次、どんなアルバムになるんだろうね?〉と思ったところがあったんですけど、最終的にはかなり尖った我々を見せられるものになったなあと。自分たちのなかの新しい表現を模索しながら、常にエッジーでいきたいなと思ってます」。

雨のパレードの作品。