2017年10月9日、荒れ狂う台風すら伝説の舞台装置に変えた満員の日比谷野音――20年の重みと3000人の情熱が渦巻いた3時間15分のノンフィクションに打たれろ!
「やる前は、他の方々が語るような野音に対する思い入れって正直なくて。でも終わった瞬間からTHA BLUE HERBの中で日比谷野音は完全に重要な場所になった。そういうところまで持っていけて良かったし、最高だった。感謝しかないね」。
2017年10月29日、折悪しく台風22号が直撃し、叩きつけるような雨と風に見舞われながらも東京・日比谷野外大音楽堂で結成20周年記念ライヴを決行したTHA BLUE HERB。ILL-BOSSTINO(以下BOSS)をして「20年間でいちばん過酷」と言わしめるライヴになるべくしてなった公演の模様が、これまでもTBHの映像作品を手掛けてきた川口潤の監督・編集で「20YEARS, PASSION & RAIN」としてDVD化された。多くのカメラやクレーン装置が次々使用不能に陥るなかで行われた3時間超のパフォーマンスを、本作は余すところなく伝えている。当日の天候を予見したかの如く〈雨降らば降れ 風吹かば吹け〉と歌う幕開け直後の“BAD LUCKERZ”をはじめ、幾多のフレーズがいみじくも示すグループの歩み、苦闘が象徴的な光景としてここに現れたとも言えよう。当のBOSSは言う。
「まさに俺らの歴史そのものだね。また自分自身で乗り越えなくてはならないものが、まさかここでこれほど巨大なものとして待ってるとは思わなかった。いまとなってはあの日の天候もあのライヴの最高の引き立て役だったと思うけど、現場では観てる人も裏方やってくれた人も、ホントにサヴァイバルだったよ。でもそれを乗り越える姿が残ってよかった、ホントに。そういう意味じゃ20年間を象徴してるともいえるし、〈そんな簡単には終わらせない〉っていう天の差し金だよね」。
記念ライヴとあって、“未来世紀日本”や“路上”、AUDIO ACTIVEとの“スクリュードライマー”など、BOSSいわく「歩みのなかで欠かせない」ものながら普段は見ることのない楽曲も今回はフルで披露された。その一つともなる亡きラッパー・A-TWICEに宛てたDJ KRUSH楽曲の“Candle Chant”(2001年)では「自分たちも大事な人の死を経てきてることも歌いたかったし、そこを経てきた人たちとも分かち合いたかった」という。併せてこの日はJERRY“KOJI”CHESTNUTSとB.I.G. JOEという札幌勢2人をゲストにフィーチャー。祭りの夜の数ある山場の一つとしている。
「野音で3時間、ラッパー一人でやりきったっていう金字塔を作ってやろうとも思ったんだけど、北海道でKOJIとB.I.G. JOEを誘って一度ライヴをやったんだよね。それが終わった後に〈俺が一人でやりきる〉ってのはエゴでしかないって思いに至って。やっぱりお客さんに楽しんでもらうことをいちばんに考えたら、B.I.G. JOEやKOJIがいないとできない曲があるし、TBHの歴史を語るうえでも外せない、札幌でずっと一緒に切磋琢磨してきた仲間だから、自然と誘ってたね」。
ただ、そうした共演を挿んでなお、やはりTBHの真価は、グループ本来の形に戻ってBOSS一人でマイクを持ち続けた、第2幕ともいうべきライヴ後半にあるのは言うまでもない。
「やっぱりTBHの20周年ってことは最終的に俺の言葉であり、うぬぼれじゃなく事実としてみんなそれを観に来てるわけで。本題は“THE WAY HOPE GOES”、“MAIN LINE”から“RIGHT ON”あたりの時間をラッパー一人で表現しきって乗り越えていく、あの寒さも疲れも雨も味方にしていく過程がTBHの神髄なんで、そこは自然とそういう構成になったよね」。
勢い止まぬ雨風に耐え、曲間のMCもさほど設けず、いつものように黙々とひたむきにマイクを持ち続けるここでのBOSSは、さながら己の限界と戦うアスリートのように映る。そして我々はその姿に現実でさまざまな問題に直面する自身の姿を重ね、心を熱くもするのだ。
「みんなそれぞれ、いろんなものを抱えてる。〈音楽を楽しむ〉なんて簡単に思えるようなことでも、それを遮ろうとするものってやっぱりみんな生きてればいろいろあるからさ。特に今回は台風直撃というもっともわかりやすい状況のなか、みんなで楽しみ切った様子を映像に残せたので、みんなもこれを観て楽しんでほしいなと思う。もちろんあの日のすべてが伝わるとは思わないけど、ライヴにこだわってやってきた奴等が出した一つの結果を記録したものでもあるし、いま生きてる人たちだけが相手じゃないっていうか、悪いけど俺らは、このライヴは歴史に残るよって思ってる。ヒップホップだけでもなく、日本の音楽の歴史、日比谷野音の歴史も含めてね」。