レトロ・フューチャーに恋をして、インターネットの海を徘徊しながら、何もかも手探りで自分の音楽を作り上げる――NY在住のダニエル・ジョンソン(愛称:ダンジー)による宅録プロジェクト、コンピューター・マジックの2年ぶりとなるジャパン・ツアーが7月21日(土)に大阪CONPASSで、7月22日(日)と7月24日(火)にそれぞれCIRCUS Tokyoと渋谷WWWで開催される。
趣味はライトセイバー集めとSF映画で、おまけに重度の音楽マニア。そのキャラとファンタスティックな音楽性で多くのリスナーを虜にし、2012年に初来日して以来、日本とは相思相愛の関係を築いている。さらに近年は多くのCMで楽曲が起用され、愛くるしいエレポップはお茶の間にまで浸透。それら一連のCMソングと未発表曲を纏めた日本独自企画盤『Super Rare』もつい先日リリースされたばかりだ。
コンピューター・マジックはなぜ、これほどまで愛されるのか。独特の個性はいかに育まれ、どう成長してきたのか。7月の再来日を前に、彼女のInstagramを交えながら、シンセとホビーに囲まれた独立独歩の歩みを振り返ってみたい。
音楽オタク、SFマニア、B級愛……コンピューター・マジック誕生秘話
まずはダンジーの生い立ちとルーツ、日本デビューまでの経緯をおさらいしよう。出身はニューヨーク州のキャッツキル山地。小さな町で幼少期を過ごした彼女は、14歳でレコードを集めるようになると、その翌年には「Mewzick」という音楽ブログを開設している。2012年に筆者が行ったインタヴューで、彼女はこんなふうに語っていた。
「もともと両親のしつけが厳しいのもあって、外で遊ぶような子どもじゃ全然なかった。『スター・ウォーズ』すら見せたがらなかったくらいなの。それで家に籠もって、インターネットで自分の趣味を掘り下げて愉しんでた。ブログを通じて人とのコミュニケーションを求めてみたり、自分がどういう音楽が好きなのか発信したかったの」
彼女のオタク趣味は、この屈折した日々も関係しているようだ。コンピューター・マジックが2010年に発表した最初のEP『Hiding From Our Time』に収録された“Teenage Ballad(High School)”には、当時のモヤモヤが反映されている。
「親は会計士になってほしかったみたいだけど、そんなの絶対ムリだと思った。教会にも行きたくなかったし、やりたくないバイトもさせられて。そこで渋々働きながら抱いていた、〈もっと人生をエンジョイしたいなー〉っていう妄想やストレスを、あの曲では表現したかったの」
そんなダンジーが音楽にのめり込むきっかけとなったのが、フランツ・フェルディナンドやクリブス、カイザー・チーフスといった2000年代当時のUKバンド。そこから彼らのインタヴューを読んでニュー・オーダーを聴いてみる、といったふうにルーツや背景を掘り下げていき、どんどん知識を蓄えていった彼女は、大学進学を機にNYへ移住するとDJ活動をスタートさせる。
インターネットとDJで培われた筋金入りの知識は、最近Instagramにアップされた一枚の写真からも窺える。ELO、カーズ、クランプス、ニコ、マドンナ、JB、ゲンスブール、ザッパ、トム・トム・クラブ……と無造作に並べられたレコードのセンスに惚れ惚れさせられるが、ここで注目すべきは、わざわざ一番目立つところにニール・ヤング『Trans』(82年)が置いてあるところ。孤高のレジェンドがコンピューター・サウンドに挑戦した〈迷作〉として有名だが、そのB級サウンドもダンジーにとっては大好物のはずだ。
こういう音楽ファンの心をくすぐるセンスは、ジョルジオ・モロダーからジ・インターネットまで織り交ぜたダンジー謹製のミックスにも表れている(NYで活動しているだけあって、彼女は最新のポップ・ミュージックにもかなり詳しい)。変な大人にやらされているのではなく、自分でディグりまくった先にコンピューター・マジックの音楽があるというのは、非常に重要なポイントである。
話が逸れてしまったが、大学に入学してからはDJやイベントのオーガナイズに没頭していたダンジー。その後、2010年頃にフロリダのタンパで過ごした休暇中に、「何もないところだったから時間も持て余しちゃって、なんとなくシンセを使って曲を書き始めた」ことが、コンピューター・マジックとしての活動を始めるきっかけとなった。
彼女がめざしたのは、「バーバレラ」や「2001年宇宙の旅」など、大好きなSF映画の世界観を取り入れたシンセ・ポップ。とはいえ、宅録についてはゼロからのスタートだったため、どうにも手つきはおぼつかない。「未来っぽい音楽を作ろうと思っても、なかなかそうはならなくて。スペーシーな響きがあって、曖昧で少し的外れで……どうしても『スター・トレック』や『アフター・アワーズ』の世界に接近してしまうの」と本人は照れ臭そうに語っていたが、ぎこちなさとB級趣味がシンクロすることによって、夢見心地のサウンドが形成されていった。
その成果は、この時期を代表する2011年の人気曲“The End Of Time”に集約されている。ノスタルジックで親しみやすいメロディーもさることながら、ブカブカの宇宙服を着てNYの街並みを(本人曰く)「エイリアンみたいに」闊歩するMVによって、彼女は一躍注目されるように。その翌年には、同曲も収録した日本独自コンピ『Scientific Experience』が大ヒットを記録する。
2012年の音楽シーンでは、チルウェイヴ以降のシンセ・サウンドがピークを極め、グライムスの出世作『Visions』が発表されるなど、俗に言う〈宅録女子〉が人気を集めていた(いま思うと本当に俗っぽいネーミングだが)。そんな時代の空気も追い風となり、同年の初来日公演を成功させたコンピューター・マジックは、気がつくとすっかり人気者になっていた。
愛されキャラとCMソングでヒットメイカーに
後述する2018年の最新作『Danz』のライナーノーツ内で、「『ストレンジャー・シングス 未知の世界』がヒットしたおかげで、(劇中で使われている)シンセウェイヴがジャンルとして盛り上がってきているの。やっと自分の時代がやってきたわ!」とダンジーは語っているが、それはアメリカでの話であり、ここ日本では一足早く黄金時代が到来している。
ただ小柄で可愛いだけでなく、ラフなロックTシャツからNASAの宇宙服まで鮮やかに着こなし、おまけにゲームも大好き――そんなダンジーのキャラは爆発的に受け入れられ、ファッション業界を中心に引っ張りだことなった。世界広しといえども、ここまでVRゴーグルが似合う人もそういないだろう。百聞は一見に如かず、ぜひインスタの写真をご覧いただきたい。
さらに、彼女の80sテイスト溢れる音楽性をCM業界は見逃さなかった。とりわけ反響が大きかったのは、レクサスの広告キャンペーン(2014年)に使われた“Running”。このCMが世界中でオンエアされたこともあり、いまではコンピューター・マジックを代表するナンバーとなった。
彼女はその後も、水原希子が出演したパナソニックのCM(2015年)や、キユーピーのドレッシングのCM(2016年)に自作曲を提供。数秒のフレーズで耳を惹きつける、温かい音色のシンセ・ポップは大きく話題となった。