数多のアーティストにトラックを提供するトラックメイカー、そしてサンプラーを楽器のように使いこなす凄腕のMPCプレイヤーとして知られるSTUTS。
2016年にPUNPEEを迎えたアーバン・メロウなフロア・アンセム“夜を使いはたして”を含むファースト・アルバム『Pushin'』でその名を一気に広め、2017年には同作にも参加したAlfred Beach Sandalとのコラボ・ミニ・アルバム『ABS+STUTS』をリリース。
クリープハイプ、あっこゴリラ、SIKK-O(TOKYO HEALTH CLUB)×鈴木真海子(chelmico)とも共作するほか、最近では星野源の楽曲制作にも参加するなど、いまもっとも注目すべきトラックメイカーと言えるだろう。星野の新曲“アイデア”のMVでMPCを演奏する姿を見て、彼のことを知った人も多いかもしれない。
そんなSTUTSの約2年半ぶりとなるニュー・アルバム『Eutopia』には、鎮座DOPENESS、Campanella、JJJ、C.O.S.A. × KID FRESINO、仙人掌、Daichi Yamamoto、G YAMAZAWAらラッパー勢に加えて、長岡亮介(ペトロールズ)、一十三十一、Maya Hatch、asuka ando、タイのシンガー・ソングライターであるプム・ヴィプリットなどが参加。
仰木亮彦(ギター/在日ファンク)、nakayaan(ベース/ミツメ)、岩見継吾(コントラバス)、高橋佑成(キーボード)といったプレイヤーも迎えられ、生演奏の要素を大きく取り入れることで、ヒップホップをベースにしながらも前作以上に音楽性の幅を広げた作品に仕上がっている。
機能性を損なうことなく、時代や国境を超越してフロアを揺らし続けるであろう日本産の音楽――それが〈未来ノ和モノ-JAPANESE FUTURE GROOVE-〉のコンセプトだが、STUTSの作り出す音楽は、まさにその企画趣旨に相応しい。彼が『Eutopia』に込めた思いと、日本の音楽の未来に思うこと、その両方に迫った。
星野源さんとの制作で、演奏を合わせて曲を作る経験をしたんです
――前作の『Pushin'』は大きな反響を呼んだ作品になりましたが、そのことでご自身の活動にどのような変化がもたらされましたか?
「あのアルバムをきっかけにたくさんの人に知ってもらうことができました。それまではラッパーの方と楽曲を制作することが多かったんですけど、Alfred Beach Sandalさんとの作品(『ABS+STUTS』)をはじめ、いろんな人たちと一緒に曲を作らせていただく機会が増えたことで、自分の曲の作り方にも影響があった思います。
例えば、星野源さんと制作をしたときに、素晴らしいプレイヤーの方々と譜面やコード譜を見ながら演奏を合わせて曲を作る経験をしたんです。バンドの人は普段そういった曲の作り方をしてると思うんですけど、トラックメイカーである自分はそのプロセスを生で体験することで〈こういう風にも曲を作れるんだ!〉と刺激を受けました」
――そういった刺激を受けてか、ニュー・アルバム『Eutopia』は前作に比べて生楽器の要素が増しています。
「それまではサンプリングをメインで音楽を作ってたんですけど、やっぱり権利関係のクリアランスとか、いろいろ難しい問題が発生するんですね。それに、自分が思い描いた音を誰かに演奏してもらって、その音源をサンプリングして曲を作ってみたいという思いがあったんです。
なので、バンドの人にデモ・トラックや簡単なコード譜を元に演奏してもらって、自分もそれに合わせてサンプラーやシンセを演奏して一緒にセッションしながら、それぞれの楽曲に合った素材を録っていきました。
ひとりで作るときと比べて、想定しなかった展開やフレーズになるのがおもしろかったですし、単純に自分が生で演奏してる割合も増えたので、前のアルバムよりも自分の色を出せた気がしてます」
今作はビートメイクというよりも作曲に近い意識で作った曲が多いんです
――基本はご自身の作られたデモを土台にセッションしていったんですね。
「そうですね。でも、3曲目の“Ride”と9曲目の“Above the Clouds”だけは、セッションから曲の原型が生まれた曲なんです」
――確かにアシッド・ジャズ的なグルーヴ感のある演奏にG Yamazawaと仙人掌のラップ、Maya Hatchのソウルフルな歌声が乗る“Ride”もそうですが、C.O.S.A. × KID FRESINOとasuka andoを迎えた“Above the Clouds”は、長岡亮介さんの自由闊達なギター・プレイが非常にライヴ感を感じさせるナンバーです。
「長岡さんとは、去年にリリースされたペトロールズさんのトリビュート・アルバム(『WHERE, WHO, WHAT IS PETROLZ?』)にKID FRESINOくんと参加したことから、ご本人ともお話させてもらうようになって。去年の11月に2人で一緒にライヴをやらせてもらったことで、今回のセッションのご縁も出来たんです。この曲はもともとC.O.S.A.さんと作る予定だったんですけど、曲が長いからもうひとり誰かラッパーを入れたほうがいいかなと思って、KID FRESINOくんにも入ってもらいました」
――生演奏の要素が増えたこともあってか、特にインスト曲で70年代のフュージョン~ソウルっぽい雰囲気を感じました。ジョージ・デュークとか『Songs In The Key Of Life』(76年)の頃のスティーヴィー・ワンダーとか。
「それはうれしいですね。ボブ・ジェイムスとかもそうですけど、個人的にそのあたりはヒップホップ以外でいちばん影響を受けてる音楽なので。他にも前のアルバムにはない要素として、ブラジル音楽からの影響はあるかもしれないです。Alfred Beach Sandalさんからいろいろ教えてもらって、ベタですけどカエターノ・ヴェローゾとかエリス・レジーナとか、有名どころをよく聴いてたんです」
――確かに“Paradise(Ever Green)”はボサノヴァ風のリズムですね。この曲や“Voyager”もインストではありますがシンセのリードが歌心に溢れていますし、メロディーの立った曲が多いのも本作の特徴かと。
「そこも前作のアルバムとはかなり違うところで、今作に関してはビートメイクというよりも作曲に近い意識で作った曲が多いんです。“Voyager”や“Eutopia”のメロディーに関しては、自分で歌ったものをボイスメモに録音して、それをシンセで弾き直したので、歌心が出てるのかもしれないですね」
“Changes”は〈いろいろ変わっていった自分〉を表現している曲かもしれません
――ラッパーや演奏陣以外のゲストも多彩で、暖かなソウル・ポップ“Dream Away”ではタイのプム・ヴィプリットがスムースな歌声を聴かせていますし、一十三十一さんの美声が夜を泳いでるかのようなダウンテンポ曲“FANTASIA”など、歌モノも充実しています。
「プムさんとは今年の4月に彼が来日したときに、Alfred Beach Sandalさんと僕で同じイヴェントに出演させてもらったんです。そのときにプムさんの楽曲を聴かせてもらったら素晴らしくて、ちょうど制作してたトラックに合うかもしれないと思って、直接オファーさせていただいたんです。プムさんはすごくハッピーな人で、ただ歌ってもらうだけではなくて、リリックに関しても相談しながら作ることができました。
一十三十一さんは単純にファンだったのでお願いしました(笑)。一昨年に“夜を使いはたして”の7インチのリリース・パーティーでゲスト出演していただいて、そのときから〈いつか一緒にできたら〉と言ってくださってたんです」
――最後はJJJさんをフィーチャーした晴れやかな“Changes”で真っ直ぐに前を向いて終わるところも最高ですね。
「ありがとうございます! 聴き方はみなさんに委ねたいんですけど、このアルバムは自分のなかでは1曲目から14曲目までのストーリーがあって、そのエンディングを経ての15曲目が“Changes”というイメージで制作したんです。〈いろいろ変わっていった自分〉を表現している曲かもしれないですね。
ちなみにこの曲は、ザ・なつやすみバンドの“Santa is Happy!”という曲をサンプリングしてるんです。もともとは去年の冬に何か配信しようと思ってJJJと作り始めたんですけど、そのときは間に合わなくて……。JJJが素晴らしいリリックを書いてくれて、アルバムの最後を締めくくる曲になりました」
この作品を作りはじめたとき、理想とする場所や状態に行きたいというモードだったんです
――ちなみに今回のアルバムのコンセプトは?
「コンセプトというほどしっかりしたものはないんですけど、『Pushin'』は自分にとって、それまでに作った曲をまとめたベスト盤という意識があって、あまりアルバムを作ろうと思って制作した作品ではなかったんです。なので、今回はアルバムを作るにあたって一貫したテーマのようなものを持たせたくて、タイトルにもなっている〈ユートピア〉を軸にしました。
〈ユートピア〉には2種類の綴りがあって、〈Utopia〉のほうは〈No Place〉、つまり〈存在しない場所〉を意味するんです。でも、今回のタイトルにした〈Eutopia〉は〈Good Place〉で、〈存在し得る完璧な場所〉という意味があるらしいんです」
――なぜ〈Eutopia〉のほうを選んだのでしょうか。
「そちらのほうが自分の思い描いてるマインドに近いと思ったんです。〈存在しない場所〉を夢見る行為の魅力もわかるのですが、自分はこの作品を作りはじめたとき、どちらかと言うと理想とする場所や状態に行きたいというモードだったので、それを〈存在しない場所〉と言ってしまうのは希望がない感じがすると思ったんですね。
そもそもは13曲目の“Eutopia”が出来たときに〈ユートピアっぽい〉と感じたのがきっかけだったんですけど、それがなぜか考えたときに、当時、落ち込む出来事があったことも背景にあったんだと思います。この曲はアルバムのなかでも4~5番目ぐらいに出来た曲なんですけど、これが完成したことでテーマが固まりましたね」
日本の音楽は世界のトレンドに左右され過ぎない良さもあると思うんですよ
――ここからは〈未来ノ和モノ-JAPANESE FUTURE GROOVE-〉の趣旨に沿ってお話を聞かせてください。『Eutopia』は未来のユーザー、世界中のユーザーにアピールできる作品になったと思いますか?
「世界や未来の人に聴いてもらえるようになってくれるかはわからないですけど(笑)、自分としては今作に限らず、長く聴いてもらえる作品を作ることが理想なんです。でも、懐古主義的なものとは違うものにしたいという思いもあったからか、前のアルバムに比べて今作のBPMは現行のヒップホップくらいゆっくりした曲が多めになっています。いまの時代の空気感は反映しつつ、後々にも残るものになればとは思って作りました」
――では、STUTSさんがいまの日本や世界の音楽シーンに対して感じることは?
「ここ3~4年くらいずっと新譜がおもしろくて、短いスパンで素晴らしい音楽が沢山発表されているので、毎日が楽しいです(笑)。日本だけで言うなら、単純にヒップホップが以前よりも広まったと思うし、ポップス作品のなかにもブラック・ミュージックのテイストが入ったものが増えたなと思ってて。海外の作品にしても、僕は生音の音楽もトラップもどちらも好きなので、いまは音楽が本当に楽しいです」
――そんななかで、日本人が作る音楽ならではの魅力はどんなところにあると思いますか?
「アメリカのメインストリームの音楽はそのときのトレンドによって激しく左右される気がしますけど、日本の音楽はガラパゴス化しているぶん、世界のトレンドにあまり左右され過ぎない良さもあると思うんですよ。
メジャー・シーンにも、現行のシーンを見ながらそことは違った新しいことをして多くの人にいい音楽を届けている方もいらっしゃいますし、インディーズのシーンにもいろんな音楽を消化したうえで素晴らしい音楽をされている方々が、さまざまなベクトルでいらっしゃいますよね」
日本でメジャーとなっている音楽にもっとヒップホップやブラック・ミュージックのカッコ良さを持つものがあればいいなと思うんです
――STUTSさんの作品もそういった特徴を持っていると思います。自分の作品のなかで〈日本人らしさ〉を感じる部分はありますか?
「どうだろう……やっぱり昔から日本の音楽を聴いて育ってきたので、メロディーには〈日本人らしさ〉が反映されてると思います。僕の家では幼少の頃から山下達郎さんとか荒井(松任谷)由実さんの曲が流れていたので、自分の作品のメロウネスな部分は、そこからの影響があるかもしれないですね」
――今は音楽の受容のされ方も含めてシーンの転換期にあると思いますが、そのなかでSTUTSさん自身はどんな存在でありたいと思ってますか?
「具体的なヴィジョンはあまりないというか、カッチリと決めて限定させたくないところはあるんですけど、単純に他の人のやってないことを出来たらとは思います。でも、わかりにくいことはしたくなくて。僕は比較的わかりやすいものが好きなので、自分の気持ち良いものを作るのが大前提で、自分のこだわりは貫き通しながらもいろんな人に届くような音楽を作っていきたいです。
それと、これはずっと前から思ってたことなんですけど、日本でメジャーとなっている音楽にもっとヒップホップやブラック・ミュージックのカッコ良さを持つものがあればいいなと思うんです。別にそのためにがんばってるわけではないんですけど、自分が曲を作っていくなかで、少しでもそういう世の中になっていったらとは思いますね」
STUTS' choice